第2話 日曜






で....僕はドロップアウトしたんだけど、彼女には時々逢ってた。

こんな感じに↓。





日曜の通勤電車は、どこかうら寂しい。

「通勤」するものがさほど居る訳でもないから、通勤電車ではないかも知れないが。

土曜の夜のざわめきが、そこかしこに名残を残している。何やら派手なちらしの

ような紙屑、ドリンクの空き瓶、スナック菓子の袋、網棚の新聞・・・。

それらは電車の動きに従ってアンサンブルを奏でている。

統計学的なミュージック・コンクレートの様でもある。非機能的現代音楽。

「ジョン・ケージ、クセナキス、シェーンベルグ・・・?」

それら作品が単なる統計なら、これら物体にもし座標を与えれば、それは

非機能的ハーモニィだ。

駅の階段を降りると、都市が、まるでステージのようにひろがる。

そう、都市は劇場であると同時に、ライヴ・ステージでもある。ひとりひとりが

楽器であり、音素であり、ハーモニィの一部である・・・。

そんなとりとめもない想像をしていると、突然、音楽が始まった。

ドラムスのフィル・イン、マリンバのイントロ、アルト・サックスの柔らかな

テーマ。

「イーライ・コニコフ?デイヴ・サミュエルズ!ジェイ・ベッケンシュタイン!!」

無機的なミュージック・コンクレートが、いきなりラテン・ポップだ。

白いテーブルクロスに、シャンパンをひっくり返したようでもある。

乾いていた僕の心は、見る見るうるおいを取り戻す。都市の雑踏ですら、まるで

カーニヴァルのように思えてくる。

「夢だ、気恥ずかしい夢だ。」そう思いつつも、カーニヴァルは止まらない。

シャンパンにすこし酔ってしまったようだ。もともと、アルコホルは苦手だ。

全身が震える。映像にソフト・フォーカス・フィルターがかかる。

街全体が、ひとつの映画のように意味をもって見えてくる。優しく、温かく、柔らかに。

「おはよう」

突然の声に現実にタイム・リープ。光学的実像は、僕にいつも衝撃を与える。

彼女である。その姿は、以前とまるで変わらない。少なくとも僕にはそう見える。

小麦色のピッコロ・フルートの奏でるサンバに、アンサンブルする。こうして

何気ない会話をしていると、時空の隔たりを忘れてしまう。

始まりがあって、終わりがあり、そしていままたこうして流れる。

酔が回っていたのだろうか。否、それはただの幻想なのだ。

しかし、脈が早まり、体温は高まる。

柔らかな笑顔。屈託のない、一点の曇りもないような輝き。

尊い、貴重だ。と思う。それも幻想だろうが。

優しく包んでしまいたい衝動にかられる。

あの頃のように。

「モーニング・ダンス」が、サックスのアドリブでエンディングに入る。

メジャー・テンションが流れるようなメロディーを奏でる。やはりライヴはいい。

「モーニング・ダンス、か。朝のダンス・・・。」3年前を想いだす。

あの当時のようにひたむきな感情ではなく、静かな安らぎを僕は感じていた。

「アイランド・イン・ザ・スカイ」が、メジャー・テンションでバックアップする。

こんな時間が永遠に続いてほしい。そう思う。

キム・ストーンのチョッパー・ベースが、ブレイクする。サックスがリードをとる。

マリンバが、大河のようなベース・メロディを奏でる。チェット・カタロと

ジェラルド・ヴェレツが、鋭いリズム・バッキングする。テンションののった

サックスがそれに絡む。山河が野に辿る様に、やがて、穏やかなブレイク。

そして、メイン・テーマ。

そんなふうに生きたい。そう強く願う。だがいまは祭りの最中なのだ。

祭り。そう、カーニヴァル。

シンコペーション・トゥー・スリー。なぜか微笑みがこぼれる。

あの夏の日のように、彼女は微笑む。

こんな想いを大事にしよう。

サンバのリズムをキープしよう。




で、そんな感じだったんだけど...そのうち僕はサックス吹きで

なんとか食っていけるようになった。だけど、その頃、「きっかけ」が起きたんだ。

今にして思うと、なんでもない事だったんだな。



雑然とした裏通りをセルマーと共に歩く。

夏の終わりの風はどことなく寂しげなようで、時々残り香のように熱気を感じると

奇妙なノスタルジィを感じたりもする。

2ストロークのマシンがフルスロットルで交差点を立ち上がってゆくのが見える。

マリワナ煙草のようなエキゾーストが渦を巻いてあたりに漂う。

カストロールの香りに、ガレージに残してきたマシンを想う。

今頃奴は地下のガレージで傾いた陽に照らされて鈍い光を放ってるに違いない。

そいつは呆れるほど完璧で、狂暴で、しかしアンヴィヴァレントな部分を持ち、

信じられないことに一切の感情を持たないのだ。

それゆえに愛せるのだ。

machine。冷たい響きが心地よい。

古臭い木の扉を開け、地下へと向かう階段を下る。

湿ったコンクリートの匂いに雑然と音が渦巻く。ds,elb,kb,eg...

古いピアノの前にDaveがいた。軽く微笑みかける。相変わらず穏やかだ。

神経質そうにLeeがES-335の調弦をしている。オートでやらないのが彼流だ。

そこの所にあのサウンドの秘密があるようだ。

今日のdsはHarvey。相変わらず寝ぼけている。

Aveはebのそばで居眠りしている。

「まだ時間あるからブルースでもやろうよ」Leeが少年のように言う。

あれで、たしか27の筈。僕と同じなんだけど。

アルトを持つ。金属の冷たさが快い。

マウスピースを咥える。

Harveyがcount。1,2,3,4...Leeがele-acoでリードをとり、AveがBacking。

一先ずは渡そう。教科書的なブルース・スケールが流れる。

彼の素直なad-libが流暢に流れて行く。

明るい、優しいサウンドは彼そのものだ。

1コーラスの後、出番だ。

(見てろよ)

いきなりテンションでハードに吹く。Daveが目配せするが、Bluce format

なので困る事はない。

音色に細心の注意を配る。錆びた、鋭い音に吹けているだろうか。

きちんと”乗れて”いるだろうか。

Harveyがfill in。Hi-fatのトレモロ。

ここで、普段ならacpだ。DaveがChord-backingからad-libへと移ろうとする。

そこへ強引にaitoを割り込ませる

(もう少しやらせてよ)(OK)無言のCommunication。

ソロを取りながら、またマシンの事を考えていた。

アルミニウムの鈍く光るボディ。

アウトリガー・サスペンション。

濃緑のフェンダー。

いつしか幻想は音と一体となり、奇妙なエクスタシーをもたらす。

飛翔感。浮遊感。

ドラッグレス・ドラッグ。

この瞬間のために生きている。そう感じる。後の時間は全て待ち時間だ。

僕にとって、音こそが酒であり、性であり、麻薬だ。

いつしか指先は楽器となり、楽器は体の一部となる。

バンドは僕の家族だ。ここにいればいつも暖かい。

ふと我に帰り、カデンツァをいれる。Three-rhythmがすぐに答える。

やはり、Sessionはいい。

Band-break。Harveyのゆったりとしたソロが始まり、流れのようにAveが絡む。

Daveがそれを追う。一呼吸して、Leeと僕がTwin-Read。

少し気恥ずかしい様なうれしいような奇妙な感覚で、Ending。

やはり、Jazzはいい。




で、Downしてた僕はどうにか持ち直した、けど、また,,,,


[Down at Dawn]


てなわけだ(笑)

その事件は、こんな風に起こった。



どうにも寝付けないでいる。

神経が昂ぶり、とりとめも無い妄想が頭をよぎる。

1年に何度か、そんな日があるものだ。

ベッドサイドに、ピルスナーが汗をかいている。ゴールドの飾り縁が

月明かりに輝いている。

仕方ない。

ジーンズをはき、地下ガレージへの階段を下る。黒い手擦が、所々赤錆ている。

触れた手に鉄の匂いがする。子供の頃遊んだトロッコをふと想う。

蒸気機関車。すすき野原、風の匂い、陽のひかり....。

感傷が駆け抜ける。空耳の汽笛が聞こえる。

階段を降りきる。地下ガレージの埃っぽさと蒸し暑さが鼻につく。

ガレージのオーヴァドアを開ける。夜風が心地よい。

水銀灯がクロムメッキに映え、プラネタリウムの様だ。

外れかけていたボディーカヴァーを取り、トノ・カヴァのスナップを外す。

アルミニウムのボンネットが鈍く光っている。

メーター・リングが輝いている。

指で触れると、軽金属特有の感触がさらりと残り、軽妙だ。

Roll-over barを支点にし、鞍馬のように体をコクピットへ滑らせる。

間違ってもコンソールに体重をかけてはいけない。

Steeringを撫でる。柔らかな革の感触。Alminiumの冷たさ。

スロットル・ペダルを探り当て、深く、二度踏み込む。

加速ポンプが作動し、Twin-choke Waber 40Φが Premium-fuelを送り込む。

starterを捻る。5秒。10秒....。

気温がやや高いようだ。軽くThrottoleを踏み込み、反応を見る。

ためらいながら、Ford 711Mが身震いを始め、目覚めの儀式だ。

すぐに右足でWarm-upをさせる。Smith chronographが小刻みに揺れる。

1200rpmをkeep。やや安定が悪い。Air-mixtureにやや問題があるようだ。

Air-jet? #205?....Coolant-Temperature=75。

面倒だ。このままゆこう。throttoleを戻す。

ChronographがDigitallyに針を下げる。600rpm。

オイルが焼け、甘い匂いがする。sexyだ。

また、Head-coverからoil-leak? 流石は Made in U.K.!

Shift-knobを左右にゆする。Direct-to-controlの節度感がいい。

Clutchを切る。左上のLow-gearにset。

アイドル付近で静かにクラッチを入れ、地上へのスロープを昇る。

1-4-2-3。爆発のPulseが伝わり、全身を震わせる。

道に出、街路樹のエルムの下に止め、Garageを閉める。

蒼白い煙がSide-Exhaustから漂っている。

再び乗り込み、1500rpmでClutchを瞬間的に繋ぐ。

Ferodeが擦れる。throttoleをやや開きぎみにし、回転の上がりに合わせ、

Wide-open。Torque-reactionで傾く。3500rpmあたりのパンチは最高だ。

暴力的なサウンドは、マリガンのバリトンサックスの様だ。

濃緑のフェンダーが小刻みに上下する。Supension-Armに街路灯が乱反射し、美しい。

Secondに上げる。Mike-the-pipeがHumming。

更に回転を上げると、High-Lift-camが”乗る”。

甲高い響きが官能を撫でる。

舗道を歩く猥雑な女達が見える。薄明かりに照らされ、西洋の幽霊のようだ。

そいつらの脇を駆け抜ける。女たちはExhaust-soundに顔を顰める。

そんな顔すると綺麗な化粧が台無しだよ。

流れ去る気流の中にエストロジェンを感じ、Yukariをふと思い出す。

あいつは今、どうしているのだろう。

もう10年にもなるが、ちゃんとobasanしてるのだろうか。

いかれた頭で、Shakeしてるか?

       rollしてるか?


どこかから、金木犀が香る。「?」夏なのに。

異常気象のせいか。

異常。異常。異常。abbey-normal。out of natural。

この街には異常があふれている。

壊れかけた地球はいつまで回る?

歪んだ欲望を溢れさせながら。



柿木坂を下り、南を目指す。South by southwest。

「・・・」稚拙な連想に自嘲を漏らす。


Blue-blackの朝が溶けだす。

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