第二章:気になる彼女と、近づく互いの心と/07

 そうした昼食の後、二人は腹ごなしも兼ねて上の展望台へと上がっていた。

 どうやらチケット制らしい展望台に、まずは四六階の受付フロアでチケットを買い求めた後で入り。その後は四七階へと昇り、回廊型の展望台を二人でゆっくりと昇っていく。

 そうして辿り着いた先は、最上階の四八階。休日だというのに珍しく誰も居ない、そんなガランとした展望台で、そこからの景色を遠く眺めながら……レイラは憐とともに、真っ青な髪を風に靡かせていた。

「凄く……綺麗ですね」

「これだけの高さだもの。多分この辺りで一番の景色よ、此処からの眺めは」

「僕、初めて見ました。僕らの住む街って、上から見ると……こんな風に見えるんですね」

「あら、飛行機には乗ったことがあるでしょう? だったら初めてというワケでも無いんじゃないかしら」

「やっぱり、少し違いますよ。飛行機の小さな窓から見るのと、こうしてちゃんとした場所から見るのとでは」

「…………確かに、そうかも知れないわね」

 吹き込む柔な風に二人並んで吹かれながら、レイラと憐は誰も居ない展望台の中、遠くの景色を眺めながら言葉を交わし合う。

 地上二五〇メートルの高さから望む景色は、確かに雄大なものだ。普段暮らしている街が、此処から見るとまるでミニチュアのようで。こんな小さな中に沢山の人々が居ることなんて……想像もつかないぐらいだ。

 この高さから望む景色は、まさに神の視点という奴だろうか。

 憐の言う通り、飛行機から見る景色とはまた違った色をしている。風に吹かれながら、じっと眼下の大地を見つめるこの光景は……きっと、この場所でしか味わえないものだろう。

「僕らが見下ろしている、この街の中に……色んなヒトたちが、暮らしているんですよね」

「そうね。上から見てみると、街はまた違って見えるわ」

「……想像も出来ません。なんだか、自分のちっぽけさが分かってしまいそうです」

「ちっぽけかどうかなんて、考える必要もないわ。貴方は貴方が思い描くままに生きればいい。それに大きいも小さいもないの」

「ふふっ……レイラらしい答えですね」

「私らしい?」

 きょとんとするレイラに「はい」と憐は笑顔で頷き返し、

「レイラは何だか、別の世界のヒトみたいって思うことがあるんです。まるで、僕らとは別の世界から来た……そんな感じがするんです。不思議な……そう、レイラは不思議なヒトです」

 ――――だからこそ、他の誰よりも魅力的で。だからこそ、僕は貴方に一目惚れをしてしまった。

 最後の言葉は口に出さぬまま、憐はクスッと小さく笑う。

「……貴方とは、別の世界」

 そんな彼の傍ら、レイラは表情を崩さぬまま……ポツリ、とひとりごちていた。

 ――――憐とは、別の世界の住人。

 確かに、それは間違いじゃない。レイラ・フェアフィールドは闇の拳銃稼業、スイーパーとして生きる人間だ。憐とは明らかに住む世界が違う。それは……別世界の住人、と言い換えても良いだろう。

 だから、憐の感じたことはある意味で正しいのだ。久城憐とレイラ・フェアフィールドは、何処まで行っても別世界の存在で……本来なら、二人の道は決して交わることがなかったはず。

 それに、この出会いはあくまで仕事上のものだ。彼が師匠の、秋月恭弥の息子であったとしても……本来ならば、憐は自分のような拳銃稼業の人間が関わるべき相手ではない。

 第一、これはあくまで護衛依頼だ。この仕事が終われば、憐とは別れることになる。そうして別れた後は……きっと、二度と出会うことはないだろう。交わらないはずの道だったのだから、一度離れてしまえば……きっと、二度と交わることはない。久城憐と関わることは、永久にないだろう。

 それを思えばこそ、レイラは表情を変えぬまま……しかし、ほんの少しだけ寂しそうな顔で呟いていたのだ。

(だとしても、私は)

 ――――貴方だけは、守り抜いてみせる。

 例え住む世界が違うとしても、例え別れが必然だとしても。貴方だけは、何があっても守り抜いてみせる。

 微かに表情を曇らせながらも、しかしレイラが固めた決意は。スイーパーとしてのプライドだけじゃない、プロとしての矜持だけじゃない。それ以外の……もっと強い感情を秘めていた。レイラ自身ですら未だ気づいていない、久城憐に対しての強い気持ちを。

「――――っ!?」

 そんな決意を、レイラが内心で固め直していた頃だろうか。

 ふとした折、彼女はその鋭い感覚で――常人を遙かに凌駕した鋭敏な感覚で、確かな異変を感じ取っていた。

「ど、どうしたんですか……?」

 クッと顔を強張らせた彼女を見て、憐は心配そうに声をかけるが――――。

「わっ!?」

 レイラは何故か唐突に、そんな彼の身体を強引に自分の方へと抱き寄せていた。

 驚いた憐が声を上げ、突然抱き寄せられたことに混乱しながら……彼女の身体の柔らかさに頬を赤くする。

 だがレイラはそんな憐の反応も無視して、周囲に鋭く気を張り巡らせていた。最大級の警戒心を剥き出しにして、心のスウィッチをバチンと切り替えて。

「えっと、その……レイラ?」

 最初こそ照れて慌てふためいていた憐だったが、しかし見上げたレイラの顔が……警戒する彼女の顔が尋常じゃないぐらいにシリアスな色をしていることに気が付くと、戸惑いながら問いかける。

 すると、レイラはそんな神妙な表情のまま「……私から離れないで」と彼に言う。

「離れないでって、どういう……?」

「いいから、黙って私に付いてきて。そして私から絶対に離れちゃ駄目」

 戸惑う憐に一方的な口調で言いつつ、レイラは神経を尖らせる。自分たちのあずかり知らぬところで動き始めた陰謀に、背後から迫り来る戦いの足音に、真っ向から立ち向かわんとして。

(この感じ……杞憂なら良いけれど)





(第二章『気になる彼女と、近づく互いの心と』了)

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