披露宴
【50年前】
大陸歴1660年5月10日・ブラミア帝国・首都アリーグラード
オレガ・ジベリゴワは、数年ぶりに城へとやって来た。
今日は、結婚披露宴に招待され、それに参加するためだ。城門で衛兵に招待状を見せると、すんなりと通してくれた。
以前、オレガは召使いとして一年近くここで働いていたので、城内の配置は『勝手知ったる』だ。広くて複雑な城内を迷うことなく進み、目的地の大広間にやって来た。
披露宴の開始の時間ちょうどぐらいにこの場に到着したのであるが、大広間は既に人々が大勢集まっており、かなりの混雑となっていた。
披露宴の来賓は、貴族、軍の士官や関係者、親衛隊隊員なども集まっている。新郎新婦の交友関係の広さに驚く。参加者は、いずれも礼服をまとっている。オレガも自分が持っている一番良い服を来てこの場に来た。もう、城内の関係者ではないオレガは、本来であれば城の中には入れないが、今日は披露宴の招待状をもらっていたので、特別にここに来ることができている。
この混雑の中で目的の新郎新婦の二人を探し出すのは少々苦労しそうだ。しかし、披露宴はまだまだ始まったばかりだ。あわてず、ゆっくり探すとしよう。
オレガは、少々空腹だったので部屋の隅にある食事や飲み物が提供されている場所に向かった。そこには、召使い達のおなじみの顔ぶれが並んでいた。オレガ自身も三年前まではここで召使いをやっていたので、彼女たちのほとんどが元同僚だ。
オレガは、召使い長のアレクサンドラに声を掛けた。
「こんにちは」。
オレガの声を聞いて、アレクサンドラの表情が明るくなった。
「まあ、オレガじゃない。久しぶりだね」。
「今日は盛況ですね」。
オレガは、改めてあたりを見回した。
「新郎新婦のお二人はどこでしょう?」
「さっきまで、近くに居たんだけど…、ちょっとわからないわ」。
「そうですか。これだけのたくさんの参加者とは。お二人の人望の賜物ですね」。
「そうね」。アレクサンドラは微笑んだ。「披露宴は始まったばかりだから、ゆっくり探してみたら?」
「そうですよね。そうします」。
「そういえば、またお城に戻ってくればいいのに」。
アレクサンドラはオレガに再び召使いになれと言うことだ。
「考えておきますね」。
オレガは、お茶を濁した。召使いの仕事が嫌なわけではない。しかし、昔と同じ状況に戻るのは、師の弟子のであった三年間が無駄になってしまうように感じているからだ。師は召使いに戻ったとしても、弟子のままにしてくれるだろうが。
それを聞いてアレクサンドラはその話題を打ち切った。
「そう。それより、なにかお食べ」。
そういうと、皿とフォークを指しだしてオレガに手渡した。そして、並んでいる料理を指さした。
城のシェフの料理は格別だ。オレガは思わず舌なめずりした。適当な料理を取り分けて自分の皿に盛って、水の入ったグラスを受け取った。
料理をほおばりながら、あたりの様子を見渡した。やはり、人が多くて目的の人物を見つけることができない。
小柄なオレガにはこの人込みをかき分けるのは一苦労だ。しばらくその場に留まって様子を見ることにした。
人影の間から、そう遠くない壁際で、談笑している顔見知りの二人を見つけた。
あれは、帝国軍第五旅団で総司令官のボリス・ルツコイと第一旅団長エリザベータ・スミルノワだ。二人ともブラミア帝国の貴族階級の出身だという。
ボリス・ルツコイは、背は低いが、がっしりとした体格。四角い顔つきと口髭が特徴的だ。帝国軍の上級士官は大抵貴族の出身だという。ルツコイは師であるクリーガーと仲が良かったので、オレガ自身もズーデハーフェンシュタットで何度となく会って話をしたことがある。ルツコイは軍人っぽくなく、気さくな性格で誰からも好かれている。その一方、戦闘では狡猾さを発揮するタイプだ。以前、彼が指揮する旅団と一緒に模擬戦を行ったが、二度とも彼の旅団が勝利に終わった。
エリザベータ・スミルノワは茶色い髪を肩の長さにそろえ、細い目で緑色の瞳をしている。彼女も戦闘では冷静沈着なタイプで、“霧の魔女”と呼ばれ、いつもは冷たい感じがする人だが、今日はめでたい席ということもあってか珍しく笑顔だ。オレガは彼女とは話をしたことはなかった。
オレガは二人に近づいてフォークをもったまま敬礼した。
「ルツコイ司令官。お久しぶりです」。
「おお!、オレガか。久しぶりだなあ」。
ルツコイは、満面の笑顔で話しかけてきた。
「最近はどうしているだい?」
「仕事をしながら、変わらず師の下で剣技を磨いています」。
「そうか、クリーガーの弟子も君一人になってしまったからね」。
「師は、今は
今のクリーガーは、二年前、遊撃部隊が事実上消滅してからは、ルツコイの下で副旅団長を務め、それと併せて帝国軍の士官を養成するアカデミーで剣技や魔術を教えたりている。クリーガーは今は、そちらの方を忙しくしているようで、オレガ以外の弟子を取ることはしていなかった。
一方、オレガ自身は軍には残らなかった。しかし、クリーガーからはまだまだ学べることは沢山あると考えて、彼の弟子ではあり続けたいと思い、剣の修練は無理を言ってクリーガーの個人的な時間を割いてもらっている。
宴もたけなわ。
突然、広間に居る人々がひざまずいた。そして、静寂。皇帝イリアが入室してきたのだ。来賓一同が皇帝の言葉を待っていた。
オレガもその場にひざまずいて、あたりを見回した。
皇帝とその後ろには親衛隊員が数名。そして、少し離れたところに新郎新婦が立っているのが見えた。
皇帝は、「今日はめでたい日だから無礼講で行きましょう」。と言い、新郎新婦に近づいた。
ひざまずいていた来賓たちが一斉に立ち上がる。また会話によるざわめきが大広間を包んだ。
新郎新婦の居る場所が分かったので急いで、オレガは人ごみをかき分けそちらの方へ向かった。
皇帝イリアは新郎新婦と談笑している。
オレガは、三人のそばまで近づいてフォークをもったまま敬礼した。
「陛下、大変ご無沙汰しております。そして、アクーニナさん、お久しぶりです。そして、師とは数日ぶりですね」。
オレガは、普段あまり見せない笑顔で話しかけた。
「ああ、オレガ。随分久しぶりですね」。
皇帝がオレガに気が付いて答えた。
それに続いて新郎新婦もオレガに向き直った。
「オレガ、久しぶり、元気そうね」。
「やあ、オレガ、来てくれてありがとう」。
新郎ユルゲン・クリーガーと新婦ヴァシリーサ・アクーニナは、それぞれオレガに挨拶をした。
クリーガーはオフホワイトのモーニングコート。アクーニナは純白に金の装飾やベルトが少し軍服の雰囲気を感じさせる彼女らしいウエディングドレスを纏っていた。
「アクーニナさん、とても素敵なウエディングドレスですね」。
「ありがとう。帝国一の仕立て師にお願いしたのよ」。
「本当に素敵です」。
オレガは、まじまじとウエディングドレスを見つめた。
皇帝が話を続ける。
「そうだ、休暇を取ってしばらくは休んで二人水入らずで旅行でも行けばいい」。
「しかし、仕事がありますので」。
クリーガーとアクーニナはほとんど同時に言う。
皇帝がニヤリと笑う。
「これは命令です。ルツコイやベルナツキーにもよく、私の方から良く言っておく」。
皇帝はクリーガーの肩に手を置いて続けた。
「今後も帝国のために存分に働いてもらわないといけませんからね」。
「わかりました」。
クリーガーは苦笑して返事をした。
オレガは自分だけ料理を手にしていることに気が付いた。少々ばつの悪さを感じたのでこういった
「陛下、アクーニナさん、師、何かお食べになりますか?よろしければ私が取って参ります」。
皇帝は答える。
「私はすぐに失礼するから構いません」。
クリーガーは言う。
「私たちは、お願いするよ」
「わかりました」。
オレガは、その場を離れて部屋の壁際の料理が置いてある所へ向かった。
それを見届けると皇帝は、新郎新婦に言った。
「では、失礼するよ。楽しんで」。
「ありがとうございます」。
新郎新婦の二人は同時に答えた。
皇帝が部屋を去り、オレガがユルゲンから離れるのを見て、秘密警察“エヌ・ベー”長官アレクサンドル・スピリゴノフがユルゲンに近づいて耳打ちした。
「クリーガー殿。あなたの弟子のオレガですが、最近は反政府勢力の集まりに参加しているという情報が入っています」。
クリーガーは驚いて目を見開いた。
「それは本当ですか?」
「間違いありません。反政府勢力の中にいる内通者からの情報です。注意するように本人に伝えた方がよろしいかと」。
「わかった」。
「めでたい席で、こんな話をすみません」。
スピリゴノフはそういうと、クリーガーから離れた。
その直後、オレガがクリーガーの許に料理を満載に乗った皿を両手に持ってやって来た。
「どうぞ」。
オレガは笑顔でいい、皿とフォークを新郎新婦に手渡した。
「ありがとう」。
クリーガーとアクーニナは礼を言い、オレガから皿とフォークを受け取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます