弁護士の遺品
大陸歴1710年6月21日・パルラメンスカヤ人民共和国・首都アリーグラード
イワン・ムラブイェフの屋敷は、クララ・クリーガーの屋敷から、さほど遠くない場所にあった。イリーナとクララは一旦クララの屋敷に集まってから、改めてムラブイェフの屋敷に向かう。
今日、イリーナとクララがムラブイェフの屋敷を訪問した理由は、“英雄”ユルゲン・クリーガーの軍法会議の資料を探すことだ。
目的のムラブイェフの屋敷に到着する。そこは、クララの屋敷ほどではないが、やはり大きかった。庶民のイリーナは大きな屋敷に思わずため息をつく。
イリーナとクララは敷地に入り屋敷の扉をノックする。
「こんにちは」。
扉を開けたのは、背の低い男性だった。
「私がイワン・ムラブイェフです」。
「私が手紙を出した、クララ・クリーガーです。こちらはユルゲン・クリーガーについて、一緒に調べているイリーナ・ガラバルスコワです」。
「今日は、ありがとうございます」。
イリーナは頭を下げた。
「どうぞ、中へ」。
イワンは二人を屋敷の中へ招き入れた。
中に入ると応接室に通された二人はソファに座った。
女性が飲み物を持って部屋に入って来た。イワンは彼女を紹介する。
「彼女は妻のマリアです」。
「いらっしゃい」。
イリーナとクララは飲み物をいただきながら、イワンとしばらく雑談をする。
しばらくして落ち着いたのを見ると、イワンは本題に入った。
「君たちがご所望の遺品は地下室に置いてあるから、案内するよ」。
イワンは二人を連れて屋敷の奥へ進み地下室へ続く扉を開けた。
地下室へ降りるとイワンは天井から吊るされているランプに火をつける。そして、部屋の片隅に積んである箱を指さした。
「あの箱の中に遺品があるよ。爺さんが生前、弁護をしたときの資料が残っている。君たちが捜している物もあるかもしれないね。爺さんは有名人だったし、これらが歴史的資料になるかなと思って、いつか博物館かどこかに寄付でもしようかなと思っていたところなんだよ」。
イリーナは箱に被った埃を払い、ふたを開けた。
その中に資料が大量に保管されていた。
そんな中でも、イリーナとクララが捜しているのは、ユルゲンが裁かれた軍法会議の物、一つだけだ。
資料を探し始めた二人を見ながら、イワンは言った。
「自分も若いころ、法律の勉強をしていたころに一度全部に目を通したことがあったよ。でもユルゲン・クリーガーさんの記録はなかったように思うんだ。まあ、見落としかもしれないから、捜してみて」。
「イワンさんも弁護士なんですか?」
「検事をやっているよ。法律家としては、爺さんほど優秀じゃあないけどね」
そういってイワンは笑って見せた。
イリーナとクララは、一つずつ箱を開ける。
きちんと年ごとに分けられているので、目的の物が入っているであろう箱の目途はすぐについた。その箱の資料を取り出して読んでいく。
セルゲイ・キーシンの軍法会議の弁護資料も出て来た。
彼が裁かれたのは“ソローキン事件”で、ソローキンと一緒に公国へ侵攻した命令違反の罪だ。
“ソローキン事件 ”の時の裁判だから、ユルゲンが軍法会議に掛けられた時期と近いはず。しかし、その前後の資料を探すも、ユルゲンが裁かれた軍法会議の資料が見つかることはなった。
「なんでだろう。ほかの資料は几帳面なほどにそろっているのに、お爺さんの物だけ無いなんて」。
「軍法会議に掛けられたというのは、事実と違うんじゃないかな?」
「そうなのかなぁ」
二人はため息をついた。
二人は念のため、他の箱も開けてすべて調べたが、結局、ユルゲン・クリーガーについて書かれている資料は見つからなかった。
二人はうなだれて、地下室から出た。その様子を見たイワンは声を掛けた。
「目当ての資料は見つからなかったのかい?」
「はい」。
「そうか、それは残念だったね」。
イワンは腕組みをして少し考えてから、口を開いた。
「ひょっとしたら、別の弁護士が弁護したのかもしれないね。そうだとしたら、ここを調べても何も出てこない。ほんとうに爺さんが弁護したんだろうか?」
「私たちが聞いたのは、弁護したのは、やはりパーベル・ムラブイェフさんだと」。
「じゃあ、資料はあると思うけどな」。
イリーナは自分が調べたことについてイワンに話す。
「お爺様が恩赦になったと聞いて、当時の恩赦の対象者リストを捜して調べてみたんですが、彼の名前が無かったんです」。
「ユルゲン・クリーガーが恩赦? そういう話は聞いたことが無いなあ。軍法会議や恩赦の話は、誰から聞いたの?」。
「お爺様の弟子だったソフィア・タウゼントシュタインさんです」。
「そうか…。でも、そういう事実はないからね。さっきも言ったけど、ユルゲンが軍法会議に掛けられたこと自体、聞いたことが無い。“英雄” が軍法会議に掛けられたとしたら大事件だよ。何かの間違いなのでは?」
その言葉に二人は沈黙をしてしまった。そうなのだろうか。
イリーナは諦めたように、顔を上げて礼を言った。
「でも、貴重な資料をありがとうございました」。
「何か、他にお役に立てそうなことがあれば、いつでもどうぞ」。
「ありがとうございました」。
二人は改めて礼を言ってムラブイェフの屋敷を後にした。
軍法会議の事は、ソフィア・タウゼントシュタインの記憶違いなのであろうか?何せ五十年以上も前の話だ、記憶違いがあってもおかしくはない。
釈然としないまま、イリーナとクララは帰路についた。
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