第4話・開戦

 大陸歴1655年3月5日・早朝


 エッケナーは本陣に戻るとすぐに次の命令を出した。

 兵を進め草原に油を巻き、火矢を放ち火を点けるのだ。


 エッケナーは出撃の直前、兵士達に向け最後の演説を行う。馬上から整列する兵士たちを見つめてから、大声で呼びかける。


「諸君! この戦いの勝敗が共和国の命運を決める。ここでの敗北は共和国の滅亡を意味する。我々は命を懸けて敵をここで阻止する。確かに敵の数は多い、しかし、敵は戦略に乏しく、ただ何も考えず突撃してくるだけだ。昨夜の夜襲の成功から敵は我々の策略にすでに嵌っている。勝機は我々にある。ここで我々は必ず勝利する。諸君の力と忠誠を見せてくれ!」

 エッケナーはそう言うと、剣を抜いて天に向けて振りかざし叫んだ。

「共和国に栄光あれ!」

 それに合わせ、全士官、全兵士も剣を抜いて鬨の声を上げた。

 兵士の士気は高い。エッケナーは満足そうに頷くと馬をゆっくりを前進させた。それに合わせて、メルテンスとヴァイスゲルバーの旅団も前進を始めた。共和国軍全軍が帝国軍の陣地へ向けて動き出す。


 火をかけるための部隊が先に進み、油を撒いた。そして、その部隊が下がるのを見ると魔術師が火の玉を、弓兵が火矢を放つ。草原はすぐに炎の海となった。

 早朝のこの時間は風向きが海の方から陸側にある帝国軍の陣の方に向かう。炎と煙が帝国軍の進軍を遮ってくれる。そして、そのまま煙に紛れて敵陣に攻撃を開始する。


 共和国軍の “深蒼の騎士団”、魔術師と弓兵が炎のこちら側から帝国軍の陣地へ近づき、遠巻きに攻撃を開始した。それに応える様に帝国軍からも魔術師と弓矢による反撃があるが、お互いに少々距離があり、決定的な被害を与えることは難しい状況だ。


 炎と煙の向こう側のいる帝国軍の大きな動きはまだないようだ。

 炎がゆっくりと帝国軍の陣の方へ動くに合わせて共和国軍も移動し陣に近づく。

 両軍とも大きな被害を与えることができないまま、二時間ほど経つと風が止まった。朝凪だ。火の勢いも徐々に衰えてきた。


 帝国軍の方も火の勢いが衰えたところを見て、陣から出撃を開始した。これは想定の範囲内だ。共和国軍は、深蒼の騎士団を前面に配置したまま、すぐさま突撃を開始した。


 共和国の全旅団一万八千と帝国軍前面に配置されていた二つの旅団の二万四千が衝突した。

 連続の夜襲による疲れのせいか、ヴァイスゲルバーが夜襲を掛けた東側の帝国軍の動きが幾分か鈍かった。それが要因となり共和国軍は数は少ないながらも草原の真ん中で、ほぼ互角の状態で両軍は膠着状態となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る