グロースアーテッヒ川の戦い
第1話・共和国軍本陣
大陸歴1655年3月3日
初春。
大陸の南に位置するブラウグルン共和国。
共和国の首都ズーデハーフェンシュタットは、海から近いため比較的温暖な気候となっている。
あたりの草原には、まだ少し涼しげで穏やかな風が吹く。この付近は平たんで見通しの良い草原となっている。
しかし、今は穏やかなこの草原も、明後日には戦場となるだろう。
早朝、グロースアーテッヒ川の首都の対岸に共和国軍が集結しつつあった。
共和国軍の総司令官ウォルフガング・エッケナーの耳には、数日前、帝国軍の大軍がモルデンを出発し、首都であるズーデハーフェンシュタットに向かっているという情報が入っていた。
このように、事前に偵察部隊から帝国軍がモルデンを出発する兆候を捉えていた共和国軍は、すでに、首都にいた第一旅団八千を海軍の船を何隻も使って首都の傍を流れるグロースアーテッヒ川の対岸へ渡河し、軍を集結させていた。
次に首都から北東に位置する港町オストハーフェンシュタット所属の第二旅団は、ほとんどすべての兵五千を移動させ、あと半日で合流予定だ。
本来であれば共和国の南部で展開している第三旅団五千も首都まで北上し、第一旅団同様に渡河させ、帝国軍を待ち構えていた。
共和国軍の総数は一万八千。
偵察からの情報によると、対する帝国軍は共和国軍の約二倍半の四万五千にも上るという。
ここでの敗北は共和国の崩壊を意味する。決死の覚悟で帝国軍を跳ね除けなければならない。兵力では共和国軍は圧倒的不利な状況にグロースアーテッヒ川を背後に陣を張り、文字通り “背水の陣” で臨む。
半日経って、第二旅団が到着。
その後すぐに、共和国軍の第一旅団・総司令官ウォルフガング・エッケナー、第二旅団・旅団長エメリッヒ・メルテンス、第三旅団・旅団長アーベル・ヴァイスゲルバーの三人はじめ上級士官が集まり、作戦会議を開いていた。
「帝国軍は重装騎士団を先頭に一気に仕掛けてくるだろう。まずはこれを阻止する方策を考えなければならない」。総司令官エッケナーは自らの案を開陳する。「重装騎士団は厚い鎧と盾で、弓だけではなかなか足止めすることは難しい。そうなると、離れた位置からの魔術師による攻撃が最も効果的だ。まず、火矢や火炎魔術で草原に火をつける。早朝の時間帯であれば燃え盛る炎は海から内陸へ吹く。ということは炎と煙は、帝国軍の方へ向かうということだ。それでしばらくは足止めが可能だろう。重装騎士団の機動力を削いだ後、全軍で一斉に攻撃を仕掛ける」。
作戦会議の途中、ヴァイスゲルバーが提案した。
「敵の陣形が整う前に攻撃を仕掛けては? 数で劣る我々には、奇襲攻撃しかないと思います。夜襲を仕掛けるのはどうでしょうか」。
「夜襲か」
エッケナーは反芻する。
「いいだろう」
「帝国軍が見えたら陣形が整う前、つまり、その日の夜に攻撃を仕掛けたいと思います」
「わかった、君には夜襲の部隊の指揮をお願いする」
「わかりました」
夜襲を行う部隊は各旅団から精鋭の“深蒼の騎士”を含む騎兵三百ずつ三部隊の計九百が選抜された。
それぞれの部隊が一晩で一度ずつ攻撃し、三度にわたって夜襲を仕掛けることになる。
帝国軍は夜襲が三度にわたってなされるとは予想しないであろうとの推測での作戦だ。うまく行けば大きな被害を与えることができるだろう。
ヴァイスゲルバーは夜襲の指揮を取るため三つの部隊を率いて、本陣から少し東側の後ろに離れて帝国軍から目視で分かりにくい位置へと移動した。
そして、夜が明けたら、先ほどの草原に火をつけるという作戦で行こうということになった。
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