捜査11日目~クリスティアーネ・ヴェールテ

「ところで」、クリーガーは本題に入る。「今日、私はあなたにお伺いしたいことがいくつかあって来ました」。


 クリーガーはカップをテーブルの上に置いた。

「お兄さん二人が殺されたことについてですが、何か心当たりはありませんか?」

「ないわね」。

 クリスティアーネはあっさりと答えた。事件はズーデハーフェンシュタットで起こったことだ、この街にずっといれば何かおかしなことがあっても知る由もないだろう。それに、もし事件に関わっていても本当のことを言うはずもない。

「もし、これまでにヴェールテ家で旧貴族や仕事の関係でトラブルなどがあったら、教えていただけますでしょうか」。

「仲の悪い旧貴族やライバル会社はそれなりにいるわ。でも、殺されるほどのトラブルは知らないわね」。

「そうですか」。クリーガー質問を続ける。「込み入った質問をしても宜しいでしょうか?」

「いいわよ」。

 クリスティアーネはそういうと、自分のカップの飲み物を一口飲んだ。

「失礼ですが、相続の件でもめていたと聞きました」。

「遺言書に不満を持っていたのは、ハーラルトとエストゥスだけよ。私はこの会社を継ぐだけで十分だと思っているわ。兄たちは遺言状の無効を裁判所に訴えるようなことを言ってたけど、私は訴える予定は無いわ」。

「ハーラルトさんか亡くなって、ズーデハーフェンシュタットの会社はだれが引き継ぐことになるのでしょうか?」

「法的にはハーラルトの子供たちでしょう。でも、幼いから会社経営は無理でしょうけど」。

「執事はクリスティアーネさんが、あの会社を経営するのでは、とおっしゃってました」。

「やれと言われればやるわよ。でも、それはないと思うわ。さっきも言ったように法的には私には会社を継ぐ権利はないから」。

「では、会社は幼い子供たちの後見人が管理することになりますね」。

「でしょうね。後見人が誰になるかは、私は興味はないけど」。

 クリスティアーネが財産分与に不満がないのは本当のようだ。すると彼女は兄達の殺害には、おそらく関係ないのだろう。


 クリーガーは話題を変える。こういうタイプの人は質問を遠回しに聞くと、イライラされることがあるので、クリーガーはできるだけ単刀直入に質問する。

「ところで、クリスティアーネさんは政界にはツテはあるんですか?」

「あるわ。この街の高官とも会うことはあるし、いろいろ融通してもらっているわ。例えば、あなた、さっき、剣がどうこう言っていたけど、彼らに金をつかませればなんとでもなるのよ」。

 金だって? クリスティアーネが平然と言うので、クリーガーは思わず尋ねた。

「それは賄賂ということですか?」

「そうね。旧共和国のころも賄賂でなんとかなることがあったし、帝国軍も一般兵や下級士官程度なら金で何とかできるみたい。でも、司令官や上級士官は堅物が多い様ね」。

 このように堂々と賄賂を使うと言うとは。しかし、賄賂をうまく使うことで、会社がうまく経営できている。それが秘訣なのかもしれないとクリーガーは感じた。

「ハーラルトさんの会社でも賄賂を送るというようなことはあったのでしょうか?」

「父の頃から、そういうことはあったわ」。

 そうなのか。クリーガーは少し考えを巡らせた。おそらく賄賂を送るのはヴェールテ家だけではなく、旧貴族が習慣的に行っているのであろう。それで旧貴族が政界に強い影響力を持ち、賄賂を取り締まる法律を作らせない。それで彼らはやりたい放題ということか。

 クリーガーは肩を落とした。


 クリーガーはヴェールテ家の執事のベットリッヒから預かっていたものがあったのを思い出した。横に置いてあった袋を開けて中からワインの瓶を三本取り出して、テーブルの上に置いた。

「忘れるところでした、執事のベットリッヒさんから預かりものです」。

「これね。話は聞いているわ」。

 クリスティアーネは瓶を一本手に取って貼ってあるラベルを見た。

「兄が輸入しようとしていたワイン。これもなかなかいい商品になると思うわ」。

 クリスティアーネは立ち上がって出して隣の部屋にいる秘書に話しかけた。

「グラス二つと、コルク抜きを持ってきて」。

 クリスティアーネはそういうと再びソファに戻って座る。

「あなたも試飲するでしょ?」

「いえ、私は任務中ですので」。

「あなたも堅物なのね。そういえばズーデハーフェンシュタットの司令官も結構な堅物だと兄が言っていたわ。さすが彼の部下ね」。


 クリスティアーネはあきれた、と手を広げる素振りをした。しばらく待つと秘書がグラス二つとコルク抜きを持ってきた。クリーガーはそのコルク抜きを手に取った。女性の力では開けるのは難しいだろう。

「私が開けます」。

 クリーガーはコルク抜きを捻じ込み力任せでコルクを抜いた。思ったほど、力は要らなかった。そして、一つのグラスにワインを注ぐ。

 クリスティアーネはグラスを手に取り、ワインの香りを嗅ぐ。そして、少し口に含んだ。

「香りは良いけど、少し苦いわね」。

 私はその様子を見つめていた。聞きたいことは聞けたし、頼まれた物も渡せた。そろそろ退散しよう。クリーガーは立ち上がり敬礼する。

「では、私はこれで失礼します」。

「いつまでこの街にいるの?」

「明日朝までです」。

「じゃあ、用心棒の件、考えておいて」。

「わかりました」。

 クリーガーはその場はそう答えたが、用心棒になる気はなかった。

 クリスティアーネは軽く手を振ってさよならの挨拶をした。


 クリーガーは隣室の秘書にも敬礼して挨拶し、ヴェールテ貿易の建物を後にし、再び宿屋に向かった。

 時間はまだ昼前、明日の朝までは、街をぶらつくか部屋でゆっくりするとしよう。

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