捜査5日目~カフェ“ミーラブリーザ”

 クリーガーは、折角の休みに死体と遭遇するとは、ついてないと思っていた。おかげで、気分も少々悪くなった。

 ザービンコワはそんなクリーガーの様子を見て、心配そうに尋ねた。

「大丈夫?」

「あまり死体に慣れていなくて」。

「兵士なのに?」

「戦争が起きるまで、遺体を見ることはさほどなかったんですよ」。

 ザービンコワは医師だから、クリーガーよりよっぽど多くの死体を見てきたのだろう。平然としている。


 クリーガーとザービンコワは港での騒ぎを後にして、港からしばらく歩き、目的のカフェ “ミーラブリーザ” に到着した。二人は気分を取り直して休暇を楽しまないと、と考えていた。

 クリーガーたまにこのカフェに来ていた。戦争が終わってからは今日が初めてで、以前ここに来たのは、一年以上も前のことだった。

 このカフェはズーデハーフェンシュタットではちょっと名の知れたカフェで、いつも客でいっぱいだ。この店の奥には、個室になっている席があり、追加料金にはなるが、そこでゆっくり話をしたい時などに使うことがあった。

「良い雰囲気ですね」。

 ザービンコワは窓の外を見て言った。店の奥の個室には窓がありカフェの裏の小さな庭が見えるという。そこにある花壇の緑は秋になると花を咲かせていたはずだ。

「ここにはよく来るの?」

「たまにです」。

「誰と来るのかしら?」

 ザービンコワはいたずらっぽく笑って言った。

「それは秘密です」。

 クリーガーはそういって微笑む。

 二人はウエイトレスに飲み物を注文する。


「あなたは、ご家族は?」

「いません。私一人です。両親は私が子供の頃亡くなりました」。

「そう。ごめんなさい」。

「いえ、お気になさらず。ですので、両親が亡くなってからは孤児院に居て、師と出会うまでそこにいました」。

「師?」

「“深蒼の騎士”の師です。彼に剣を教えてもらって、軍に入りました」。

「そう言えば、“深蒼の騎士”は師弟制度なのですね」。

「そうです、伝統的にそういう制度になっています」。

「今、傭兵部隊に居る“深蒼の騎士”は、あなただけ?」

「はい」。

「なぜ、“深蒼の騎士”になろうと思ったの?」

「当時、孤児院の生活が退屈で、なにか変化が欲しかったというのが本音でしょうか」。


 ウエイトレスが飲み物を運んで、二人の前にカップを置いた。

 ザービンコワはそれに一口飲んでから言った。

「ところで、あなたはナイフに毒を塗っていると言ったわよね」。

「ええ」。

「あなたは毒に詳しいの?」。

「知っているのは、自分の使っているクラーレという種類のものだけです」。

「クラーレはどこで入手しているの?」

「港に薬品を扱っている商人の店があって、そこで。さっきも近くを通りましたよ」。

「そう」。


 クリーガーは少し黙り込んで、飲み物を少し飲んでから、口を開いた。

「ザービンコワさん、今日、私を誘ったのは、私に好意があるから?、それとも、毒について聞きたいからですか?」

 ザービンコワは、クリーガーをじっと見つめて言った。

「両方かしら」。

「私がヴェールテ家の二人を毒殺した犯人だと思っていませんか? そして、先ほどの女性も」。

「そんなこと、思っていないわ」。

「なら良いんですが」。

 嫌な空気になってしまったが、クリーガーは口を開いた。

「私の使っている毒は、傷口から体内に入ると高い確率で死にます。しかし、飲んでも無害です」。

「それは、知っているわ。だから、あなたが犯人とは思っていないわ。もし毒に詳しいのなら、今回の連続殺人の犯人の目途が付くのでは、と思ったのよ」。

「他の毒には詳しくはありません」。

「ごめんなさい。戦闘以外で死んだ遺体以外を見ることは、最近あまりないので、ちょっと気になってしまって」。

 先ほどの海で上がった女性の遺体もそうだが、たしか副市長エストゥス・ヴェールテが城内で死んだとき、最初に遺体を診た医者は彼女だったそうだ。

「休暇が終わったら、私も捜査に加わろうと思っています」。

「だれか犯人の目星は立っているの?」

「いえ。マイヤーとクラクスに二人に話を少し聞いているだけなので、今は見当もつきません」。

「そう」。


 ザービンコワは姿勢を直して、話題を変えた。

「仕事の話はこれぐらいにして、あなたの話を聞かせてよ」。

「いいですよ」。

「あなたは、帝国の人間には抵抗はないの?」

 私が共和国を滅ぼした帝国に対して何のわだかまりがないように見えるのが不思議なのだろう。それも当然のことだ。普通の共和国出身の者であれば怒りや憎しみを持って当然だ。旧共和国軍首都防衛隊の五千人いた兵士の中で傭兵に参加したものが、わずか百数十名だったということからもわかる。ただ、私が帝国に対し従順を装っているのは表面上のことだ。


 私は落ち着いた調子で話した。

「あるなら、今、あなたと話していません」。

「そうね。なぜ、わざわざ傭兵部隊に参加したの?」

「共和国軍が解体になって、剣を取り上げられると聞いたのです。剣あってこその“深蒼の騎士”なので」。

「でも、他の“深蒼の騎士”は誰も傭兵部隊に参加してないと聞いたけど」。

「他の人達は、共和国が滅んだ時、“深蒼の騎士”の存続より、国と一緒に滅んだ方が良いと考えたのでしょう。考え方の相違です」。

「あなたは、まだ“深蒼の騎士”のつもりなの?」

「もちろんそうです。弟子を取ることも、ルツコイ司令官から許可を得ております」。

「クラクスとタウゼントシュタインね」。

「あの二人もズーデハーフェンシュタットの出身なの?」

「タウゼントシュタインはそうですが、クラクスはモルデンの出身です」。

「二人とも軍人だった?」

「クラクスは義勇兵、タウゼントシュタインは学生でした」。

「義勇兵と学生? 素人じゃない。それなのに良く傭兵部隊に入ろうとしたわね」。

「タウゼントシュタインの叔父が“深蒼の騎士” だったそうなのですが、開戦後すぐに戦死したそうです。それで、自分も“深蒼の騎士” になりたいと思ったと。クラクスの方はモルデンでは思ったような戦い方ができなかったことが心残りで、強さを求めて弟子に」。

「クラクスはモルデンに居たのね。あそこでの戦いはひどいものだったと聞いたわ。よく生き延びることができたわね」。

「詳しくは知りませんが、命からがら脱出したとだけ聞いています」。


 クリーガーはふと思い出した。そう言えば、ヴェールテ家の人々もモルデンから脱出したと言っていたな。クラクスによると、あそこから脱出するのは相当難しく、ヴェールテ家の人々はどういう経緯で脱出できたのであろうか。休暇明けにでも、オットーにその時の状況を詳しく聞いてみようと思った。


 その後、クリーガーとザービンコワは他愛も無い会話を楽しみつつ紅茶を飲み、街を散策して、夕方ごろには城に戻って行った。

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