最前線

 大陸歴1658年3月13日・帝国公国国境セベルー川付近


 帝国の北部の最大の都市、プリブレジヌイの先の草原に帝国軍の第二、第三、第六旅団の合わせて三万二千の兵士が陣を張っていた。先に第六旅団がここに到着しており。遅れて昨日、首都から第二、第三旅団が到着し、第六旅団の先方に陣を展開した。

 この先、半日も進軍すれば、ブラミア帝国とテレ・ダ・ズール公国の国境線であるセベルー川がある。

 偵察からの情報によると、公国の軍は川の反対側に展開しているという。その数は約二万五千。


 第二旅団長のソローキン、第三旅団長のキーシン、第六旅団長のペシェハノフの三人は指令室としているテントで会議を行なっていた。総司令官はソローキンだ。

 

 帝国は歴史的に強大な軍事力を持っていた。しかし、約六十年は大規模な戦争は起こさず、軍事力を背景に隣国に圧力をかけ、外交交渉で優位に立つ、という施策をとってきた。しかし、四年前、魔術師アーランドソンにより帝国が乗っ取られる“チューリン事件”があった。以来、帝国を乗っ取ったアーランドソンは帝国軍の軍事力をさらに拡大し、三年前、共和国に侵攻した。その“ブラウロット戦争”で、強大な軍事力を背景に力押しの戦い方をしたのが、若く血気盛んな指揮官のソローキンとキーシンだ。彼らの旅団の犠牲は多かったが、戦争で一番の戦功をあげた。逆にルツコイや他の司令官は戦略重視で、直接的な戦闘を最小限にしつつ勝利する、そういうタイプだったので、結果的にさほど功績を上げなかった。


 戦功をあげたソローキンとキーシンが主流派として、“ブラウロット戦争”以降、軍の主導権を握っている。アーランドソンがいなくなった後もそれは続き、軍が強く政治にも影響を与えることが多い帝国は、ソローキンとキーシンの意思が国内政策に反映されることも多かった。

 ペシェハノフは長らく帝国北部に展開する旅団を率いてきた。“ブラウロット戦争”では、北部の旅団を動かすことがなかったので、その戦争には参加しなかった。

 この三人の中では唯一の非主流派である。


 今回の作戦で、総司令官として指揮をとる、ソローキンは会議でも血気盛んだ。

「帝国に侵攻しようとしたことを後悔させてやる」。

 プリブレジヌイの周辺地図を指しながら力強く言った。

 それに同意するようにキーシンが続ける。

「数もこちらの方が上だ、もし侵攻してきても撃退は簡単だろう。敵が渡河の素振りを見せたらすぐにでも攻撃を開始しよう」。

 キーシンもソローキンと同様に戦争好きなタイプだ。

 ペシェハノフはこの二人とは、以前、首都の城内で数回見た程度であったが、彼らの噂はよく耳に入っていた。実際に会ってみると、噂通りのところもあるが、ただ、キーシンはソローキンに比べると、年長ということもあって、少し落ち着いた感じもすると感じた。


 ペシェハノフは今回の戦闘では正面から参加しないと決めていた。いずれにせよキーシンとソローキンの旅団が先頭に立って戦うだろうと思ったからだ。彼らが自分達の前に陣を張ったことには、自分達にとってむしろ好ましいと感じていた。

「敵の数は二万五千。敵の武装で特徴的なのはカタパルトを持っていることだ」。

 ペシェハノフは諜報部からの報告書を手にして言った。

「カタパルトは巨大な岩などを載せて、遠くの敵に目がけて放り投げる武器だ。主に攻城に使われる」。

「カタパルトか。聞いたことはあるな」。とソローキンは答えた。

「現在の敵軍の位置であれば、それがここまで届くことはないが、実際の戦闘になった際は気を付けるに越したことはない」。

「弱点はあるのか?」

 次はキーシンが尋ねた。

「これは、あくまでも遠い距離に居る敵や城攻めの時に利用するもので、至近距離の敵には、ほとんど役に立たない。それに、カタパルト自体は巨大で動かすことが容易ではないので、機動性にも劣る」。

「なるほど、敵ではないな」。

 ソローキンは言うとニヤリと笑った。

「偵察隊を国境付近に配置しているので、もし敵に動きがあれば、すぐにでも対応できる」。

 ペシェハノフはそう言うと、公国軍の歴史的に知られている戦術をいくつか紹介した。ソローキンは、あまりそういう話には興味が無い様だった。

「わかった。敵が動くまでは全軍待機の命令だ」。

 最後にソローキンは適当に会話を切り、会議は散会となった。

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