色彩の大陸2~隠された策謀
谷島修一
序章
囚人 ユルゲン・クリーガー
大陸歴1658年4月27日・ブラミア帝国・首都アリーグラード
ブラミア帝国の首都アリーグラードの気温も、日々だいぶ暖かくなってきた。首都は大陸のほぼ中央部にあり内陸性の気候であるため、冬は寒く、夏は暑い。もうすぐ五月である。五月ともなれば、ここでも冬の時期が完全に終わる。朝晩はまだ肌寒く感じることもあるが、日中は暑いと感じる日もある。
一方、私の生まれ故郷のズーデハーフェンシュタットは、南方にあるため首都に比べるとだいぶ暖かい。一年中暖かく、冬でも雪が降ることもあまりない。故郷を発って、もう二か月近く経つ。故郷のことを思い起こすことが自然と多くなってきている。
そうなのだ、命令で帝国の北方にある公国との国境線に向かうため、故郷を出発し首都に来たのは、もう二か月前のことだ。いや、たった二か月前というべきだろうか。その頃、三月の首都はまだ肌寒く、冷たい雨が降る日が多かった。
この二か月の間で様々な出来事が起こった。
さらに遡って、三年前の“ブラウロット戦争”でのブランブルン共和国の滅亡と帝国軍の傭兵部隊への参加。そして、一年前にあった“チューリン事件”。この三年と数か月の間で、色んな出来事が起こり、周りの状況が目まぐるしく変化した。私はその激しい変化に、今では少々戸惑いを感じている。
私は衛兵に連れられ城の地下にある牢屋に到着した。そこで着ている服を脱がされ、身体検査をされた後、茶色い少々かび臭い囚人服に着替えさせられた。
そして牢屋に入れられる。扉の錠前を掛ける音があたりに響き渡る。
私は中のベッドに腰かけた。するとすぐに正面の牢から、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。私は立ち上がり扉に近づき、申し訳程度に開いているのぞき窓から声の主を探す。声の方を振り向くと、正面の牢の扉ののぞき窓からのぞいていたのは帝国軍第三旅団長のセルゲイ・キーシンだった。彼は四十歳代中盤ぐらいで、背は高く、少々長めの黒髪を後ろでまとめている。大きく見開いた目が印象的な男だ。
彼がここにいるということは、解放されて首都に戻ってきたようだ。彼は先日、ブラミア帝国とテレ・ダ・ズール公国の国境での待機命令を無視して越境し公国へ侵攻した。そして、公国の首都まで進軍し、そこでの戦闘で公国軍の捕虜になったと聞いていた。彼が牢に入れられているのは命令違反で大量の兵士の犠牲者を出したことの罪だろう。
「クリーガー隊長か?」
キーシンは少々大声で話しかけて来る。
「そうです。キーシン旅団長」。
「なぜ、君が牢に入れられているんだ?」
「反逆罪です」。
「反逆罪?」
キーシンは驚いて少々声を大きくした。
「君が?どういうことだ?」
「私は共和国派に参加し、モルデンを掌握しました」。
「何だと!?」
キーシンはさらに驚き、大きな声になる。
「共和国派とは反乱分子のことか?それは本当か?」
「本当です」。
「帝国を裏切ったのか?」
「そう言うことになります」。
「“帝国の英雄”と呼ばれる君が?、何ということだ」。
キーシンはそう言うと扉から後ろに下がり、力なく牢のベッドに座り込む。キーシンは何か考え込んでいるのか、しばらく沈黙が続いた。キーシンは再び立ち上がり、扉に近づいて私に話しかけた。
「モルデンを掌握したと言ったな。どうやった?」
「偽の命令書を使い、副司令官のブルガコフを騙しました。私がモルデンの司令官になったと」。
「戦闘で奪い取ったわけでないのだな」。
「はい」。
「それで、モルデンは帝国が奪い返したのか?」
「いえ、少なくとも私が捕らえられるまでは、モルデンは共和国派が掌握していました。その後は知りません」。
「君が捕らえられた時は、モルデンはまだ反乱分子が掌握していたということか?」
「そうです」。
「ではなぜ、君が捕らえられている?」
「私一人だけで投降しました」。
「何?どういうことだ?」。
「共和国派を守るため、イワノフと話がしたかったのです」。
「イワノフ?誰のことだ?」
「退役軍人で前の第一旅団長ミハイル・イワノフです」。
「ああ、あのイワノフか?なぜ、イワノフの話が出て来るのだ?」
そうか、キーシンは、公国軍のとの戦闘での作戦を立案したのが、そのイワノフだということをまだ知らないのか。
「今は、彼が軍事顧問をやっているようなのです。先日の北部国境線での作戦は彼の立案です」。
「そうなのか、それは初めて知ったぞ」。
「私もあの戦いの後、首都に帰還してから、そのことを知りました」。
「それで、イワノフと何を話したのだ?」
「私は、イワノフとは一年前に会って話したことがありました。彼は帝国による共和国の占領統治は負担が多いと言って、そのことに疑問を持っているようでした。そこで、共和国の解放をお願いしました」。
それを聞いたキーシンさらに嘲笑するような調子の大声を上げた。
「はっ!そんなことになる訳がない」。
私はそれを気にせず、話を続けた。
「そして陛下とも話はしました…。それでどうなるかはわかりません」。
キーシンは鼻で「ふっ」と笑った。
また、しばらく沈黙が続いた後、キーシンが大きなため息をつくのが聞こえた。そして再び私に話しかけて来た。
「なあ、クリーガー」。
「そのイワノフが立案したという北部での作戦の詳細については何か知っているか?」
「いえ、良く知りません」。
本当は知っている。しかし、私の口からその真実を語るのは、やめておこう。
「そうか」。
キーシンがもう一度大きなため息をつくのが聞こえた。そして、再び後ろに下がりベッドに腰かけたようだった。
私も扉から後ろに下がり、牢の中にある固いベッドに横たわった。
私の罪は反逆罪だ。一方、キーシンの罪は命令違反程度だろう。彼は私よりも罪は軽い。
その後、私のもとにやって来た軍の関係者の話によると、軍法会議は近々開かれるという。ブラミア帝国の司法制度はブラウグルン共和国に比べ遅れていたが、ここ数年でだいぶ良くなったらしい。それは共和国の司法制度を参考に改革を進めたらしいが、実際のところはどうだろうか。しかし、裁判の制度がどうあれ反逆罪が死刑なのは変わりないはずだ。
私は牢の中の固いベッドの上で横になり、汚れた天井を見つめている。
モルデンで私が降伏して以降、三人の弟子たち―オットー・クラクス、ソフィア・タウゼントシュタイン、オリガ・ジベリゴワ―に一か月近く会えていない。私が一人で降伏する時、街の外で展開していた遊撃部隊にはモルデンの街中へ戻るように言ってあった。そしてそれを実行しているはずだ。
彼らはモルデンにいる共和国派とは上手くやっているのだろうか?
しかし、私の降伏後、モルデンが帝国軍の攻撃を受けて遊撃部隊と共和国派が全滅させられたとも限らない。
私は皇帝とイワノフと最後に会った時、共和国派を攻撃しないように、さらには帝国軍が旧共和国の領土から撤退するように提言することができた。その後、皇帝とイワノフがどう判断したのかはわからない。
やはり、弟子たちのことが心配だ。
私はベッドに横たわりながら、弟子たちに思いを馳せる。
地下牢は湿気が多く、少し蒸し暑い。もうすぐ五月なのだと改めて思った。
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