第103話 怨念の霊廟 6

 見えない霧の様にウレイアの意識の『手』が床を撫でながら広がって行く。もし同族であれば、体の一部に触れるだけでも区別は出来る。


 そして教会に同族がいるとすれば、それはテーミスである可能性が一番高いのだ。


「もしかして、もう始めてますか?」


「ええ」


 トリィアが気付かないのであれば、まずテーミスに気付かれることも無いだろう。 


 ウレイアの『手』は礼拝堂を抜け、廊下を拡がり、次々と地図をつなげて行きながら、大聖堂も抜け出し他の建物にも流れ込んでいった。


「部屋数が多いわね………んっ!」


「何か見つかりましたか?」


 地下へ続く階段がある。ウレイアはためらうこと無く、地下へと滑り込んだ。


 廊下の左右には幾つかの部屋が大小造られていて、倉庫、書庫、奥には石櫃が祀られている部屋もあるが、教会では珍しいものでは無い。


 基本的には人が出入りするような場所では無いようだ。


 ただウレイアは拷問部屋が見つからなかったことに少なからず安堵した。


「ふう…何も無いわね」


 広い敷地も思ったほど建物は建て込んではおらず、敷地内の奥の方へ行けば、住居棟も数多く建てられているが、テーミスか、またはその痕跡と分かるモノを見つけることが出来ない。


 そしてそのまま、擁壁を越えて、裏道に出てしまった。ウレイアが顔を上げると


「どうですか?」


「ふう、あなたも好きに視ていいわよ」


 トリィアは緊張が抜けると同時に残念そうな顔を見せた。


「では一体どこに?」


 これもエルセーの言葉から予想はしていたが。


「今は外出しているのかも知れないけれど、もっと街を丁寧に探るようかしら?面倒だけど……でもそこまでは既にエルセーが済ましていると思うけれど……」


「はぁー、アハハ、なんか…力が抜けちゃいました」


 トリィアの手を握ると、小刻みに震えている。きっとここに来てからの強気な言葉も、強い緊張から虚勢を張るしかなかったのだろう。そして


「?!、え、お姉様の手も……?」


 もっともトリィアとは理由が違う。


 ウレイアはトリィアの手を強く握り直すと、囁くように語った。


「少し、昔話をしてあげる……この教団はね、更に遠く西にあるベラデリックと言う国で生まれたと聞いているわ……」


「それまでの社会は…宗教や神などの崇める対象というのは、王族などの権力者が決めていたものだけど…開祖は頭が良くて人心を掌握することに長けていたのでしょうね……この教団は貧困層を取り込んですぐに王権を揺るがすほどの影響力を持つと、遂には国教となって権力と後ろ盾を得たのよ」


 すぐにトリィアが疑問を投げ返してくる。


「国と不和は無かったということでしょうか?そうなるとよく聞くのはクーデターですけど…教団は王族を倒し、国を奪うようなことはしなかったのですか?」


「そこが頭の良いところなんだけど、国は奪い奪われることがあるけれど宗教を奪うことは出来ないでしょう?そうやって領土では無く、他の国の民でも心を奪うことで教団は権力を強めていったのよ、教団と共生関係となったベラデリックもね……」


 さすがにウレイアは教団の事をよく調べ上げていた。しかしそんなトリビアをわざわざウレイアが語るのは何か理由がある筈だ。トリィアは聞くべき事が語られるのを待った。


「そんな時に教団とカタストレは出会ったのでしょう……」


 と、やはりこれまでは前振りであったようだ。


「私はねトリィア…カタストレにされたことは当然なことだとも思うけれど、もしかしたら彼女は苦痛を訴え泣き叫んでいた只の子供だったんじゃないかと思っているの」


「?」


「おそらくは孤児で貧しく無教養だったはずのカタストレにこんな事は想像できなかったと思う。きっと使える材料だと彼女に目を付けた教団は、カタストレを聖女とかつぎ上げ、私達を忌まわしき名で呼び絶対的な人間の敵を作りあげた」


「!」


「思惑通りにその後の教会が最も勢力を拡大するきっかけになった、『魔女狩り』よ。信者以外も巻き込み、人の敵、悪魔を討つ正義をプロパガンダに派手な宣伝に打って出た」


「目論見は大成功、教団は多くの新たな信者と名声…更なる権力と莫大な富を手に入れた。でも、確かにたくさんの同族が殺されたでしょうけれど、大量に虐殺された者の殆どは…ただの人間達、人々を熱狂させるための生贄よ」


「……この度が過ぎた絢爛な教会はね…虐殺された累々たる死者のおびただしい数の骨を積み上げ、血で塗り固めて築かれた、悪趣味で禍々しい魔窟なのよ……」


 トリィアが改めて教会を見渡すと、信者が祈りを捧げている。その姿も今となっては虐殺された亡者たちへの鎮魂の祈りに見えて仕方がなかった。


「まあ、普通に考えれば大勢の人たちが理不尽に殺されたことに怒りを覚えるのかもしれない…けれど、私が許せないのはね……」


 ウレイアは握った手に自然と力を込めていた。


「その死者の列の中に…私の父と母が、そして私も並ばされたことよ」


「!!っ、お姉様…!」


「私にとって教会という魔窟はね、両親の魂が囚われた霊廟。そしてここにいる間は、私もその列に並んだ亡者のひとりになる……」


 平静を装っていたのはウレイアも同じだった、トリィアはその手を強く握り返すと


「おねえさま…お姉様!、もう出ましょう?そんな思いをしてまでここにいる意味なんかありませんよっ!」


「そうね、見るものも見たし、出ましょうか……」


 トリィアはウレイアを気遣いながら寄り添うように教会を出た。


 そしてため息まじりにウレイアがつぶやいた。


「どこかの王族を根絶やしにすることなんかわけも無いことだけど……さっきも言った通り、これほど根付いた宗教を滅ぼすことは本当に……難しいわね」


「それは…ケール様から始まって、もしかしたらオネイロ様、エルセー様、そしてお姉様と続く私達の悲願なのですね?」


 その問いにウレイアは笑って答える。


「まさかっ…私の個人的な感情よ」


「いえ、秘めた理由は違っても、目的は同じだと思います。何よりそれが、私達が名乗りをあげられる世界を創るための条件のひとつだと思います」


「トリィア……でもね、あなたまでそんなことを背負う必要はないのよ。あなたは、あなたのしたいこと見つけなさい…ね?」


「はい、お姉様の望みを私は叶えたいです」


「いえ…だからそうではなくて……」


 ウレイアはこの娘を自分の復讐に巻き込んで、トリィアの人生の1分たりとも犠牲にさせたくは無い。


「でも、そんな大業を為せるとしたら、私にはお姉様以外の人が思い浮かばないんですよねー?」


「!、……まったく、ずっと指を咥えているだけの私に、無茶を言ってくれるわね?」


「慎重だけど、腹黒くて狡猾で大胆、そしてかっこいい。そんな人じゃなければ、こんな『化け物』を相手取るなんてできませんよ?まあ、わたしもちょっとはお手伝いしますけど?」


「言ってくれるわねっ……?」


 トリィアの頭をぽんと叩いて髪を撫でる。


「それじゃあいつか、そんな姿を見せてあげられるように、精々頑張るわ」


 ウレイアは辺りを見回すと、街を探索するために適当な路地を選んで入りこんだ。

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