第67話 エキドナ 3

 グッと壁に背中を押付けて辺りを見回すもやはり人の姿は無い。


(今のも勘違いか?いやあ…隣に人が居るのかと思ったぜ?)


 パーソンズは質素な石積みの壁を疑う。まさかとは思うが監視用の穴や隙間が壁に空けてあるかもしれない。何にせよ得体の知れない亡霊にでも弄ばれているようで、どうも気持ちが悪い。


(教会だけに幽霊でも飼っているのか、な?)


 不穏な空気に逆に力を抜くように鼻でゆったりと呼吸を繰り返していると、不意に淡く甘い香気が漂った。


「何してるんだ?お前…」


「っ!!」


 瞬間的に心臓が精一杯の脈動を打って身体が緊急回避の状態になった瞬間っ、声から逃げるように腰を落とし摺り足で下がりつつ、半身に構えると同時に両手が腰の剣を目指して走るが、残念ながらそこに剣は無く右手は空を握ったっ!


 この動作をパーソンズは僅か瞬き程の刹那にやって見せた。


「ほおーいいね、いいね!大したもんだよ、お前っ」


 ようやく反射行動から解放されて初めて相手を確認してみると、


(女?どこから出てきたんだ?本当に幽霊なのか?)


 まるで美少年のような端正な顔立ちに短い髪、女にしては背が高く、手脚もすらりと長い。歳は20くらいか?


「いやいや、こんな可愛い幽霊がいるわけ無いだろ?よく見ろよ」


(心を読まれた?いや違うか……想像しただけで今の俺の顔は笑えるわ)


「いや、失礼」


 苦い笑いがこみ上げた。それに、あまりに意表を突かれたことで、もし今腰に剣を下げていたら反射的にこの女を斬りつけていたかもしれない。何よりそのことにパーソンズは安堵した。


 安堵は見せても意識からは外さず隙を見せないパーソンズに女はニヤリとした。


「さっきオレが見ていたことに気が付いただろ?」


「さっき……?俺を見ていたのか?」


 何を確認されているのか、パーソンズには分からない。まあ心当たりはあっても誰もいなかったのも確かだった。


「面白いヤツが来たと思って見にきたんだけど、お前相当な剣士だろ?それに異常なほど感がいいな」


「いやぁ、まあ、どうだろうな?」


「『相棒』は置いてきたみたいだけど、丸腰ってわけでもないんだろ?」


 パーソンズは腰の短剣に神経を集中した。またにやりと女が笑う。


「何ならオレの『相棒』と遊んでみるか?」


(んん…?)


 女の背後で何かが動いたと身構えると、左肩の後ろから鎌首をもたげたのは大きなヘビの頭だった。


(おいおい…いつから教会は見世物小屋になったんですかー?)


「まあまあ、待てよ、俺は盗賊でもなんでもないんだから。まあ、あれだ…見学みたいなもんだ」


「見学ぅ?」


 それでも首筋でも撫でてやろうかと女が首をちらりと見やると、それに反応するかの様にパーソンズはぴくっと体をひねる仕草をした。


「本当に凄いなお前!今のは完全にかわせるタイミングだったぞっ?剣士は何人も見てきたけど、お前程のヤツは初めてだ。マスタークラスかっ?」


「そんなの知るかっ?。確かに昔から感だけは良いと言われたがな。それよりその、ゆらゆらしてるお前のヘビはなんとかならないのか?」


「ああ、気になるか?なら引っ込めるか……」


 パーソンズを睨んでいたヘビは逆再生のように女の陰に姿を消した。


 よく見ればなるほど、腰に巻いた太いロープのようなものはヘビの胴体だったのか。


「オレの名はエキドナ。お前は?」


「お、おれか?あー……」


「あ、やっぱりいいや。今のオレは呪われているからな、お前にとばっちりが行ったらかわいそうだ」


 呪い?さっぱり言っていることが分からない。そもそも正体が胡散臭すぎる。


「お前は…人だろうが人では無いような、何者なんだ?手妻師とか芸人か何かか?」


「なんだ、今度は大道芸人に見えるのか?まったく失礼だぞーこんなレディーを相手に」


「まあ確かに美人だが、『お前』てのはどうなんだ?」


 普段そんなことは気にするような男でも無いが、ここはひとつ叱ってやろうと思った。


「んー?女のくせにか?それともお前より若く見えるからか?だとすればお前の方が余程失礼だぞ。オレ様は少なくともお前より3倍は長く生きているからな」


「?、は?」


 と、困惑していると、いきなりエキドナにキレられる。


「女に歳を聞くとは何事かっ?」


「え?いやいやいや、聞いてないし…!、もしかしてお前はっ、初めましての『魔女』なのか?」


「あー、それはちょっとぉ、答えてやれないなぁ。今は呪われてるからなあ……」


 また呪いか?魔女だと思えばさっきよりも説得力はあるが、パーソンズが抱く魔女のイメージとはあまりにもかけ離れていた。


 と言うかここは教会じゃないの?と思った。


「まあ、何をしに来たかは知らないが、帰った方がいいぞ。別に珍しい物もないしな」


「おいおい、お前はどうなんだっ?て、もう突っ込むのも面倒くせえや」


「はっはっは、本当に面白いヤツだな。気に入ったっ、お前とはまた逢えるといいな?今度は夜までたっぷりと遊んでやるよ、にっしっし」


「お、おう?」


 さばさばと、そして無邪気に笑うエキドナの笑顔にパーソンズはすっかり毒気を抜かれてしまった。


 やる気も削がれたが、何か適当に確信に触れたような気持ちで、パーソンズはさっさと教会を抜け出した。

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