第65話 エキドナ 1
国によって暦の違いはあっても、ほぼ誰もが等しく行う時節の祝い事と言えば、新年だろう。それぞれ心に思うところはあっても、この時期ばかりは1年間生き長らえたことに感謝し、家族や大切な人達と笑い、共に時間を過ごす。
だが実を言えばエルセーは毎年不満に思っていた。
そして12月31日、ネストールと共に迎える新年を前に諦めきれないその不満は毎年ピークに達する。
「オリビエ、今年も良き妻、良きパートナーでいてくれたことに感謝しているよ?」
「あなたもねえ」
「今年も良い一年だった。仕事も上手くいっているし、おかげで今年も町に贈り物が出来た」
マリエスタ家にはケールの時代から続いている伝統があった。
年末には必ずエダーダウンの各家庭に1本のワインと、人数分のパンが王家から贈られていた。住人はそれを新年最初の食事として口にするのだ。
それは、領民への感謝と、我が国の領民は絶対に飢えさせないという王家の覚悟と権威を示したものだと言われている。
「来年は家族が増えてくれるとなにより嬉しいのだが…」
その投げかけられた言葉にエルセーは答えることは出来ない。そして不満の原因はそこにあった。
(ああ、今年こそはあの子達と過ごしたかった……でもこの人が死ぬまでは面倒を見てあげなければいけないしねぇ…殺しちゃおうかしら?)
ウレイアとの関係が改善されたことで毎年の不満が『凄く不満』へと、今にも人死にが出そうなほどにレベルがアップしたようだ。
そして、今年はウレイアの家にも大きな変化があった。
「もうそろそろですかねえ、お姉様?」
「まったくもう、嫌でも0時になるのだから座って落ち着きなさい」
毎年同じやり取りを繰り返してきたが、今年は窓に張り付くトリィアの横に更にセレーネがくっついていた。
「あなたもよ、セレーネ」
「え?あ、うん」
セレーネは素直にソファーに座ったもののそわそわとした様子に変わりはない。あれから何度もウレイアの家に足を運んでいるが、その度にまだ緊張しているようでもある。
これまでは毎年トリィアが好きなものだけを並べて新年を迎えてきたが、今年はセレーネの分も用意したおかげでメニューにも広がりが出ていた。ウレイア自身はワインだけで十分だが……
「気にせず召し上がりなさい、セレーネ。無理しない程度にね」
「無理なんて……ただこんな楽しい新年もあるんだなと思って」
「そう」
ウレイアが弟子入りを許してすぐに、セレーネはここのそばに小さな家を借りた。そこで初めて、まとまったお金をウレイアが分け与えた中から使ったらしい。
(あ、そうそう…)
なにやらウレイアがひらめいて悪い顔をした。
「セレーネ、あなたが今ここにいるのはトリィアのおかげかもしれないわね?」
「姉さんの?」
「あなたの話が出た時には、必ずトリィアがあなたを擁護…かばっていたのよ?隠れ家での時もそうだったでしょ?」
セレーネはかるく上を見上げて、あの時トリィアが自分にしてくれた事、言ってくれた事を思い返した。
視線を天井からトリィアに移すと、窓越しに耳をそばだて、新年0時の鐘の音を待っているトリィアにすすっと近づいて行く。
「姉さん…」
「は?」
トリィアが少し見下ろしたその時、セレーネはトリィアの首に組み付くと見上げたそのまま唇にキスをした。
カラーン…カラーン……と、まるでそれを見計ったように街に新年の鐘が街に響いた。
「ぷ…はあっ?」
「姉さん、ありがとう」
「なっ?な、な、何がっっ?!」
セレーネを引き剥がしてトリィアがわなないた。
「くっ、あっはははは……なあにトリィアっ、セレーネと結婚したの?おめでとう…くすくす」
「お姉様?ええっ?新年にっ新年にお姉様の唇が奪われてしまいましたよっ?」
「んん?私の唇は無事よ?」
「違いますっ!私の唇はお姉様のものじゃないですか、もうっ」
こうして新たな160年目くらいは、2人の弟子の結婚式で始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます