第37話 めぐる縁 5
低い山なのか高い丘なのか、樹々のうっそうとしたやや登り勾配が続く道も無い斜面を進み続ける。
エルセーにつまらないからと2人は周辺監視を禁止され、まるで目をつむって歩いているように、それだけでウレイアの足は心もとない動きになってしまう。
「まだですか…?大お姉様」
「ふふ、だらしないのねぇ?」
服を引っ掛けないように歩くだけでも大変なのに、こう足下が悪いのでは文句のひとつも言いたくなるだろう。
すると急に、汗ばんだ肌にひんやりとした空気を感じるようになった。そしてちょっとした異変に気が付く。
「こんな季節にブルーベルが……?」
とっくに花の時期は終わっているはずのブルーベルの花がぽつりポツリと咲いているのだ。
「もうすぐよ」
さらに空気が冷たく…いや清涼が強くなり心地良い香りが漂ったかと思うと、木々のカーテンに囲まれたひらけた場所に出た。
「!、うわーーーすごいですお姉様っ。なんて綺麗なんでしょう?!」
前を歩いていたトリーが声を上げた。
頂上のひらけた大地に一面の青紫色のじゅうたん。季節外れのブルーベルの花が隙間もなく咲いている。ブルーベルはうねる風に乗って、その度に息を合わせて舞うように花を揺らしていた。
「どうかしら?」
「これは、たしかにすごいわね。美しいと言うよりは神々しい………ただの花なのに」
「はい…本当ですねっ!ここに神様が住んでいると言われても信じてしまいそうです」
しかもブルーベルの開花時期はとうに終わっている。この付近だけ明らかに温度が低いのが要因になっているのは分かるのだが、その原因が解らない今は不思議としか言い様がなかった。
「でも本当に見せたいモノはあれよ」
エルセーが指差した先、広場のほぼ中央を良く見ると、人が寝転べる大きさの低い石碑が置かれているようだ。
さらに目を凝らしてみれば、その石碑から花の群生の端まで踏み固められた細い道が出来ている。
花を傷つけることが許されない雰囲気の中で、足を揃えた幅程度の道を花を踏み潰さないよう石碑を目指すと、ときおり吹きつける強い風にあおられて、はっと息をつくように半ばあたりで足が止まった。
風に身体の重さをひきはがされて波のようにうねるブルーベルに押し流されそうになる。
冷たい風に飲み込まれて気持ちの良い香りに包まれると、すうっと心が蕩かされてしまいそうだ。
「お姉様、ここだけ天国のようです…」
「本当ね……」
側まで寄ってみると、その石はどうやら人工的に置かれたものではなく、あつらえたようなひとつだけの自然石だった。
しかし、見ると側面には文字が彫られている、石碑と呼んでも間違いではなさそうだ。その文字の横に立つとエルセーは言った。
「これを読んでごらんなさい」
文字は、読める。近代の文字だ。
『ブルーベルを抱いた聖女、ケール・マリエスタに我々と領民の忠誠は終世の時までそそがれる。王朝歴71年』
「ケール…?ケール・マリエスタ?」
しかしあまりにも曖昧で短い碑文である、そしてそのファーストネームには馴染みがあった。
「ケールと言えば……確か大お姉様のお姉様のオネイロ様?の、お友達もケールと言うお名前でしたよね?まさか…」
ウレイアは考える。自分達にファミリーネームは無いが聞いていた話と町の歴史、さすがに本人の性格までは計りきれないが無理無く符合する。
「本人よ…」
さらりとエルセーが断言した。
「まぁ証拠は残念ながら無いのだけれど、『マリエスタ』と言うのはケールの生前、生き返る前の名前だもの」
!!
「驚いたわ………」
ウレイアは素直に感想を述べた。
カタストレをおそらく葬った後、行方知れずになっていたケールがここで歴史を刻んでいた……のだろうか?
「この国の初代の王は女王、名前、時代、当時の彼女の行動、女王の記録が欠落していること、間違いなくあのケールでしょうねえ?」
「記録が無い?」
どのような国であってもその歴史を記録することは重要な仕事だと言っていい。たとえ他国に滅ぼされたとしても残された者は記録することで後世に伝える義務を果たそうとするものだ。
「マリエスタ家にも2代目からは記録があるのだけどねえ…私が思うに、ケール本人が記録に残す事を禁じたのだと思う。でも尊い主人の名前をどうしても刻み込みたかったのでしょう、それがこの精一杯の碑文……どうかしら?」
「今のところ、異論はありません」
結局は証拠も何も無い推論でしかないのだが、もっとも単純で無理の無い答えだと思われる。
「同属の建てた国があった…しかも私達に縁のあった人物なんてねぇ。どう?レイ、特にあなたには興味がある話でしょう?」
(また、この人はっ…)
「何ですか?何のお話ですか?大お姉様」
「何でも無いのよトリー」
ウレイアはトリーの追求を切り捨てると、町の方へ振り返った。聞いていた話からは想像できないケールの行動には、疑問と共に強く興味を惹かれる。
(ケール、貴女はなぜ国を創ったのですか?私達が世界から弾き出された原因を自分が作ってしまったから?)
(弾き出された私達を向かい入れたかったから?)
(それとも、只の暇つぶしですか?)
そして、結局は創ったものを放ってどこかへ消えたのだろうか?それとも亡くなったのだろうか?
(結局は行方知れずなのですね……)
ウレイアは何気なく石碑に腰をかけた。
「えっ?ちょっと、お姉様…」
焦っているトリーに何故か満足げな顔で笑っているエルセー。ケールはいつもここに座ってこの景色を見ていた、ウレイアはそんな気がした。
そしてウレイアは静かに目を閉じた…
(エルシーが歩いて来たのなら遠くてもせいぜい2、3キロ、方向も見当は付く、扇型に視て行けば……)
ウレイアははじめ、粗く一気に1キロ程を視てみた。おそらく森の中に拠点を置くだろうから俯瞰で見ても見つけられない、でもウレイアは違う。
すぐに見つけた小さい建物は猟師小屋か木こり小屋の類いだろう、探しているのはこんなほったて小屋では無い。すると1キロも行かない所に大きな建物が見つかった。石造りの二階建て、4〜5人で住むには手頃な大きさだ。精度を上げてみる……
ウレイアの意識は水が滲むかのようにあちらこちらの隙間から建物の中に入り込んでいく。
(中から外を見ている男が2人いる。1階にもう2人、奥には子供がまとまって3人、決まりね……2階にも廊下に1人、部屋に1人男がいる。奥の部屋にもう1人、女…エルシー。あら?気が付いたかしら?迷っているわね、ふふ……)
(石積みの建物なのは都合がいい。周りにひと気が無いのも当然。あの馬車は帰りに丁度良いかしら?)
そして、目を開ける。
「お姉様、楽しそうにどちらに行っていたのですか?」
「ん?ええ、暇つぶしよ…ここは良い眺めね、ケール……?」
「はい?」
3人はその眺めをしばらく楽しんだ。エルセーは楽しそうに昔話を語っていたがウレイアはぼんやりと聞き流し内容もろくに覚えていない。
そして帰り道を憂鬱に思いながら立ち上がると、ウレイアは2人の後に続く。
「…レイア…」
ふいに、ウレイアは誰かに呼び止められて振り返った。
もちろんウレイアはケールの顔を知るはずも無い。でもその時ウレイアは、その石に座って穏やかな笑みを浮かべる彼女と目が合った気がしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます