第32話 同族 3

 同じ悪党ならば、やはり生き残るのは頭の使い方を知っている者で、そこから外れてもよいのは余程の強運の持ち主か、他に特技を持っている者だ。


 夜の闇に紛れて仕事をする輩で少しでも頭が回る者ならば、新月か、もしくは雲の厚い夜か、とにかく月の明かりにも気を使ってしかるべきである。


 ところが、まさしくその夜は満月だった。ロウソクなどよりも明るく、楽に本が読めるほどの月明かりの中で、どこかの町の通りを動き回る人影があった。


 その無知な動きには既視感を感じるが、その影の正体はやはりエルシーである。ウレイアの街で、彼女の手を煩わしたあの小娘、芸も無く夜に徘徊するのが余程好きだったと見える。


 夜の散歩ついでに適当な家に潜り込んでのんびりと物色しては、金品を拝借しているようだ。


 そんな事を気の済むまで何件か繰り返すと、慌てる様子も無く町を後にするのだが、彼女らしいのは人目をはばかることも無く街道を悠然と去って行くところだ。


 らしいと言っても褒めてはいない。当然周辺の監視は怠らずにいたとしても、遠目で自分の存在を知られる可能性を捨てているようでは彼女も先が知れると言うものだ。目が届く範囲全てをカバーできるほどの力があるとも思えないし、おそらく顔を見られなければ問題はない程度にしか思っていないのだろう。


 町から少し離れて踏みならされた道に下草が目立ち始めた辺りでエルシーは急に足を止めた。言わぬことではない、傍の木の陰から男が2人姿を現した。


 実は彼女は50メートルほど手前で一度足を止めていた。そこから察するにエルシーが監視していたのは精々半径50メートルだったということになる。ともあれ気づいて止まりかけたその時に男2人を始末する決断をしたのかも知れない。


「よぉ」


 男の1人が気安く声を掛けてきたがエルシーの表情からすると返事を返す気はなさそうである。


「まあ安心しろ、別にどうこうするつもりはねえよ。それにガキだ、女だなんて言うつもりもねえ……声を掛けたくなっちまったのはなぁ、まあ遠まきに見ていたんだが…大したもんだっ、まるで幽霊みたいじゃねえか?」


 後ろで周りをうかがっているのはその様子からすると手下のようだ。体格から見ても用心棒のようなものだろうか?


「お前達、2人だけか?」


 突然のエルシーの問い掛けに声を掛けた男は驚いたようだが、後ろの男は癇に障ったらしい。


「あぁ?だったら何なんだ。俺達だけなら怖くもねえってか?口の利き方を教えてやろうか?小娘が……っ」


「こむすめっ?」


 手下らしき男が肩を怒らせて一歩前に踏み出した瞬間、急に自分の胸を掴んで苦しみだした。顔色がみるみる赤くなり吹き出した玉のような汗が頰から顎を伝って地面にシミを作っている。


 兄貴分は唖然とするばかりだったが、何かに心当たりがあったのか、即座に木の陰に身を隠すと娘を凝視した。


 身を隠す事に意味があるかは問題では無い、長い生業の末に身に染み付いた反射行動にすぎなかったが、未熟なこの娘に対しては幸いにして効果があるだろう。


「お前、もしかして『魔女』ってやつかっ?」


 言われた事に動揺したのか手下の顔色が少し良くなった。エルシーが兄貴分を睨みつけると冷や汗をかきながら慌てて顔を引っ込めた。


「あたしが魔女……?」


「まぁ、どっちでもいいんだが…すまねえな、そいつを許してやってくれねえかな?そいつはガキの頃、奴隷商から一緒に逃げてからってもの、ずっと一緒にやってきたんだ」


「奴隷?」


 エルシーが手下の心臓を離したと思われた瞬間、手下はその場で崩れおちた。どうやら死んではいないらしい……ただ苦しそうに大きく息をしている。


「あ、ありがとうよ、まったく驚いたぜ…」


 兄貴分がエルシーの様子を伺いながらゆっくりと姿を見せた。


「奴隷だったの?」


「ん?あ、ああ。売られる前に逃げることができたんだ。なんだ、気になるのか?」


「別に…」


 この男、エルシーを観察しながら小賢しく探りを入れているようだ。


「そいつの礼儀知らずは謝る。さっきも言ったようにお前を敵にまわす気は無いんだ」


 男は言葉を選びながら話を続ける。


「このまま、俺達を逃がしてくれるだけでもありがたいんだが…なあ、どうだろう、俺達の仲間にならないか?」


「なかま?」


 エルシーの顔に困惑が見て取れる。


「いや、一緒に仕事をしてくれるだけでいいんだ。手下共を食わしてやらなきゃいけないってのもあるが、俺は復讐したいんだっ、この世界ってやつにな。だから…手を貸してくれねぇか?もちろんあんたが納得出来るだけの報酬も可能な限り用意する」


「ふくしゅう?」


「ああ、復讐だ。お前は違うのか?」


 不自然だが唐突にいくつかのキーワードを散りばめて彼女が反応する言葉を探っていく。


「興味ない」


 エルシーは2人を放って歩き出した。


「分かったっ、じゃあこうしよう!これから一週間、この時間この場所に見張りを置いておく。気が変わったらここへ来てくれ。お前、名前は?」


「言うわけないでしょ。追って来るなら殺す……」


 エルシーはそのまま振り返ることも無く去っていった。


「追えるかよ、魔女姫」






 もうすぐ日が落ちる何処かで、エルシーはそんなことを1人で思い出していた。そうこれは過去の話。彼女が子供をさらうようになるきっかけになった話である。


 エルシーは膝を抱えていた左手で首を撫でた。そこにはウレイアがプレゼントした石が埋まっている。


「あの人に会いたい……」


 目をつむるとエルシーが祈るようにつぶやいた。






「今日も夕陽が綺麗ですね?お姉様」


「そうね……」


 同じ夕陽の中、ウレイアとトリーは屋敷の周りの確認と対策を兼ねて、昼からのんびりと散策をしていた。


 かつての同族達が森林や山に隠れ住んでいたのは人から距離を置こうとしただけでは無かったのかもしれない。こういう場所には安らぎを感じるし、人間が自然の中に精霊や妖精を夢想してしまったのも無理からぬことだろう。


 なにより自分を苛つかせるような人間もいない。彼女達の多くは一様に感受性が強くストレスやあらゆるプレッシャーに対して敏感であった。


 そしてここは攻撃に対しても対処がしやすい。この屋敷も一見護るには難いように見えるが、反面攻め手が身を潜める場所も無いし行動の選択肢は数えるほどしか無いだろう。


 侯爵家がここを領地としたのは偶然では無いということだ。山を背にしてボーデヨールに対しては開けた斜面、もしかしたらマリエスタ家は王家に対して代々確執を抱えていたのかもしれない。


(だとすれば……)


 ウレイアは屋敷の裏手にそびえる山を見上げた。


「おや?また何か思いつかれたのですか?お姉様っ」


(この子は、私に対する観察力を他に向けてくれればいいのだけれど…)


 抜け目なく自分の機微を拾うトリーにウレイアはひとつ息を吐いた。


「ふふ、何でもないわ。もう戻りましょう」


「またっもう!…いつもいつもずるいですっ。何なのですか?教えて下さいっお姉様!」


 不満を残したまま屋敷に戻ったトリーは、ディナーの後エルセーに言った。


 『明日は出かけたい!』


 そんなトリーのわがままをエルセーは自信満々に請け負った。

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