第738話「異世界産ニンニクは魔物の実」


 しかしマックスヴェルのつぶやきは多く、目がとろんとしている。


 安全部屋に辿り着いたことで、気が抜けてしまい緊張感も無くなったので相当眠いのだろう。



 しかし強烈な臭いが鼻に届く……ニンニクの強い香りだ。


 ユイナはジェムズマインで食材を買い集めた時に、念の為に薬草屋にに立ち寄ったのだが、その時に珍しく入荷したと言う気付け薬の素材を買ってきた。



 僕がそれを鑑定すると『異世界版ニンニク』だったのだ。


 異世界の名称は『ねむり草』と言う魔物の付ける実で『鼻つま実』と言うらしい……つける実が魔物の名前とは真逆の効果なのが非常に面白い。



 魔物的に言えば雑魚で、雑草の類だと言う。


 村人が畑作業の時にたまに眠らされるが、攻撃方法が無いので被害が無い。



 他の魔物がいる森の中で出会わなければ、ほぼ無害だ。


 その異世界ニンニクを使ったスタミナ料理が、マックスヴェルの嗅覚に届くとまるでエクソシストのように首を真後ろに向ける。



「なんだ!?この匂いは?………『くんかくんか』……非常に胃袋に働きかけるこの強烈な匂いは!!………」



「多分ユイナさんが作ってる夕食でしょう。食材を提供すれば分けてくれる筈ですよ?僕達が用意した食材から提供すると自分たちの遠征食材がなくなっちゃうので……」



「そうか!!おい騎士団長ラグラッパ騎士団の備蓄から人数分の食材をユイナ嬢へ提供せよ!!必要な物は今すぐ全てだ!」



 ユイナ特製のフォレストウルフのニンニクステーキは凄い威力だった。


 食材を持ち込む冒険者達が続出して、若干パニック状態でもある。



「分かったから!じゃあ、パンを提供する人はそれをスライスして。干し肉を出す人はミサに渡して下処理に手伝い。チーズを出す人はカナミと一緒にコナ状にして!野菜はアーチと一緒に皮剥きを……って……はぁ………お風呂いつ入れんのよ!!ヒロ………まだ?お風呂は?」



 ユイナの怒り口調を聞いたソーラーとマックスヴェルは、そそくさとテントの設営を手伝う。


 中に風呂があることを知っているし、早く仕上げなければ機嫌がもっと悪くなりそうだからだ。



「お……終わったぞ、設営が!!なぁ?マックスヴェル!」


「ああ!テントの設営は完了だ!」



 その様子をチラッと見てユイナは『ヒロお湯の準備お願い!すこし熱めでね?』と少し機嫌が直っていた。


 僕は『はーい』と言って機嫌を損ねないようにテントに入り準備をする。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「くおぉぉ………うめぇぇぇぇ!!エールがあればなぁ!!」



 エクシアが大はしゃぎで肉を頬張る。




「あーちゃん?私たち先にお風呂行くよ?」



「みんちょーひってらっはい………ムグムグ………ぷっはー!うま〜い!こんな分厚いニンニクステーキお店で買ったら3000円はするよ?もっと高いかも!?もう一枚食べちゃおー!!」



「皆さんいいですか?私たちはお風呂入ってくるので、おかわりは自分でお願いします。ちゃんと野菜も食べてくださいね?あーちゃんもだよ?」



 ユイナはそういうと、安全部屋の中に設営したテントの中に女子3人と入っていく……食いしん坊アーチは先に食事をするようだ。


 他の4人は皆、汗だくの身体をどうにかしたいらしい。



「マックスヴェル!酒はないのかい?」


「持って来れるわけないだろう!……と言いたいが……瓶詰めの果実酒ならあるぞ?飲むか?」



 そう言って、マックスヴェルが出してきたのはワインのようなものだった。


 エクシアは『気がきくじゃないか!』と言いながら瓶を受け取り、ラッパ飲みをする。



「それはお前達にくれてやろう!滅多に手に入らない珍しい果実酒だから………ってもう遅いか……。ラッパ飲みしてるのではな……。がははははは!」



「それで?マックスヴェル、アンタはかなり儲けたのかい?この遠征では?」



 エクシアの言葉に上機嫌で『ああ、勿論だ!これで次期公爵の座も硬い、礼を言う。ファイアフォックスは王国一のギルドだな!』と言う。



 食事と宴会も終わり、見回りを決めてから全員が翌日に備えて就寝をする……




 ◆◇



「ヒロ!起きろ…………大変だ!!テントの前に…………」



 ソーラー公爵の大慌てする声で僕は飛び起きる。



 ボサボサの髪で剣だけ持ってテントから飛び出ると、そこにはこんもり山になった宝物の他に手にマジックバッグを持っち、全身血塗れのマモンが立っていた。



「ユイナを起こせ!!食べられそうな魔物をこのフロア中駆け回って集めてきた。ついでに宝物なんかも集めてきてやったぞ?人間共はこれが欲しいんだろう?食材が買えるとか言ってたからな……だから代わりに食いもんだ!朝飯を作らせろ……昨日の!!アレをまた俺にくれ!!」



 僕はマジックバッグを受け取り中を見ると、ミノタウロスの特上部位やらストーム・イーグルの肉やらロック・パイソンの肉がたんまり入っていた。



「マモン………肉って言っても……これは流石に取って来すぎだ………」



「俺だけじゃねぇよ!ヘカテイアも一緒に行ったんだぜ?まぁ二人分だ。昨日肉がかなり無くなったってぼやいてたからな。ユイナが……」



「ヘカテイアも行ったんですか?一緒に?珍し事もありますね……そのヘカテイアさんは?」



「ヘカテイア?今はあのテントにあるっていうフロってのに入ってるけどな?俺はこの先に滝があったからそこで身体を洗ってくるぜ!じゃあ頼んだぜ?ヒロ」



 そう言って、マモンは背中に魔力で羽を具現化させて飛んでいく………


 ざわつく面々……


 もうこうなったら、マモンの存在を隠せないが、周りは何故かまったく聞こうとはしなかった。


 その理由は、昨晩の安全な眠りが直結していた。



 本来ダンジョンならば魔物に襲われてもおかしく無いのだが、昨夜は魔物1匹近寄って来なかった。


 敵の襲撃が多ければ魔物避けチャームを使ったのだが、マモン達が大活躍してたとは知らなかったのだ。



 そして僕は敵がまったく来なかったので起きる事もなく、疲れの余り熟睡してしまい翌朝寝坊をする始末だった。


 当然連戦とオーバーペースの冒険者達も熟睡して、朝は見張りがマモン達に起こされていたという。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「皆さっさと片付けて!ヒロは悪いけど桶にウォーターで水をはって」



 朝飯をユイナが作り、代わりに全員で片付けをする。


 マモンの持ってきた肉は大盛況で、朝から皆の胃袋を満たしやる気を出させて、士気まであげた。



「皆片付けが終わったら、遠征準備を直ちにするように!マックスヴェル二度寝など考えるなよ?」



「分かっておるわ!これ以上ユイナに怒られたくはないからな!」



 マックスヴェルは寝起きでワガママな性格が出た……


 何かというと、食事をテントの中でしたいと騎士達に駄々をこねて、その結果騎士達と手伝いをしていたアーチが喧嘩になりユイナの逆鱗に触れた。


 ご飯お預けの罰ギリギリまで来た時、マックスヴェルは前日の味を思い出したのか大慌てで謝りに馳せ参じた。


 そのおかげで首の皮一枚でどうにかなったが、大盛りにはならなかった。


 寂しそうにゆっくり食べるマックスヴェルに、『シェフに逆らうと食えねぇんだぞ?お前も俺と同じように学習しろ!』とマモンに言われて頷いていた。


 そしてショックなことに『鼻つま実』の在庫を使い切って無くなってしまった。


 朝食のガーリックステーキがこの遠征で食べれる最後のガーリック味となった。



「さぁ、行くよ!ヒロ地図を見せてくれるかい?」



「ねぇエクシア。ここを真下におりると階段があるわ。言い辛いんだけど……そこに階層主が居たのよね……」


 歯切れの悪いヘカテイアのセリフに僕達は何かがある……と気がついた。

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