第232話「王都への遠征と意外な人物の付き添い」

翌日は出る前に宿の親父さんが食事を用意していてくれた。


 これは特権でも何でもない……この宿の通常サービスだ。



「ホラよ!今日も変わらない大した事のない飯だが持ってってくれ。この宿から場所を移さなかった礼だ」



 そう言って昼食用のサンドイッチを用意してくれた。


 今日から数日帰らないのを知っているので、気を利かせてくれていた。



「ちゃんと五体満足帰ってこいよ!ちゃんと部屋は掃除して綺麗にして待ってるからな!」


 宿屋の主人の人柄の良さに胸が熱くなる。


 僕は飴ちゃんを鷲掴みにしてお爺さんが座るカウンターの前に置く。


「おじさん!僕が帰ってくるまで一日1個食べて下さい。食べ終わる頃には帰って来れると良いのですが……」



 そう言って宿を出てから既に6時間は経過していた。




 出発時の状況は?と言えば、ギルドに集まってから大所帯でジェムズマインの街を出発した。


 凄い人数が見送りに来ていた……非番の職員は勿論、冒険者もランクに関係なく集まりギルドの外には街に住む住人も集まる位だ。


 伯爵が『秘薬』を王都へ無事運び込めばこの街はさらに発展するだろう。



 住人の期待は大きかった……秘薬をもたらす『ダンジョン』が存在すれば間違いなく『国王』からの街への期待は大きくなる……となれば国王はこの街に投資する。


 投資されれば当然だが街は発展して、多くの冒険者が滞在する。


 そうなれば物資が必要になり、商人の取引が増える……結果、街の住人に与えられる仕事も増える。


 それだけに無事『秘薬』を王都へ運び入れて欲しい。


 そしてこの街に新しい希望をもたらすだろう。と言う住民の期待が大きかったので、自然と皆が集まるのは仕方がない事だ。



 襲いくるであろうヤクタ男爵への罠を用意して意気揚々と街を出発する伯爵に、帝国での有力貴族になるべくひた進むヤクタ男爵。


 その全員が予測していない事態が待っているとは気がつくはずも無い。


 前日に太陽のエルフの戦士達を追い出した事、月のエルフが気配を殺し機会を伺っていた事、大地のエルフが他二種族を牽制していた事……人間だけでなく他種族も引っくるめて各々の目的が複雑に絡まっているなど誰も知らない為に想像さえしなかった。


 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


 僕達が出てから7時間強時間が過ぎたあたりで、伯爵本隊に動きがあった。


 当然大人数での移動は目立つので、野良の魔物が襲いかかってくるのだ。



 今馬車を走らせている所は、舗装されてない道などではない。


 ジェムズマインから王都までの道は板石で舗装され石畳にはなっていたが、年季が入っていて所々が割れたり雑草が生えたりでとても走り易い道などでは無かった。


 平野部ではあるが、魔物が普通に生息している地区なので、点在している周囲の樹々は伐採されて見渡しがとても良くなっているのだ。



 こっちから見渡しが出来るのであれば、当然魔物に見つけられる。


 王都までは野良魔物との頻繁に戦闘が起きるわけだが、主に遭遇するのは何故か商団を親の敵の様に襲うゴブリンなどだ。



 それに比べて、森に生息するフォレスト・ウルフなどは逆に出てこない。


 寧ろ面倒なのは魔物ではなく人間だったりもして、襲い来るのは野盗の類だ。



 因みに襲ってきたのはゴブリンだったが、僕の鑑定前にチャックとカブラが遠くから弓で仕留めていた。


 チャックとカブラは息が合うらしく、ほぼ魔物が二人が弓で倒す。


 カブラは視覚拡張があるので、僕の探知範囲の外でも簡単に見渡せるらしい。


 そのカブラがチャックと討伐部位を漁りに行く様だ。



「ちょっと魔石取ってくる!もしかしたら以前に商団襲ってる個体なら何か持ってるかもしれないしね!行くよチャック!」


「カブラ姉さんは人使いがエクシア姉さんばりに荒いぜ!リーダー行ってくるぞ〜索敵確認よろしくな!」



 素早い動きでゴブリンの遺体まで駆け寄り魔石を抜いている様が見える。


 本来なら穴を開けて埋めるのだが、それをやっているといつまで経っても王都には着かない。


 魔物の死骸は魔物を寄せる効果もあるので焼き払ったほうがいいのだが、森林部ではない為にとてもじゃ無いが燃やし切る燃料が足らない。




 ゴブリンの魔石を集めに行った事を機に、男爵から野営準備の指示が降りる。


 流石に街から7時間移動しているのだ全員が疲れてくる頃だ。


 それ以前に夕暮れから夜に向けての移動は危険を伴う。


 魔物以前に僕らには『予定』があるのでそれにも備えなければならない。



 ちなみにこの移動する7時間の間に僕だけが『銅級心得』の講義がされた。


 理由は他のメンバーに比べて2講座分足らないからだ。



 僕に抗議した後に足並みを揃えてこの旅程中に『銅級冒険者講習』を終える予定らしい。


 因みにその講師は『イーザ』だった。



 ギルマスは誰を行かせるべきか悩んだが答えは割とすんなり出た。


 何故かと言えばミオは銅級窓口総括で、メイフィは初級窓口総括だ。


 銅級からは人員を裂けない……そこで一番手が開いていて、銅級冒険者のルールと注意事項に詳しい人物が彼女だった。



 ミオは眉間に皺を寄せ、『私が行きます!今までの経験があるので銅級窓口補助としてイーザに……』と言いかけたが途中で『銅級受付嬢全員から却下』された。



 そこで『せめてメイフィ』を!と言ったら今度はサブマスターに反対された。


 メイフィは今、初級窓口総括として毎日が勉強だった上に、そもそも銅級窓口で教えられるだけの知識量がない。



 そんな訳でイーザが講師として派遣され、7時間で銅級基礎を教えてくれたが、前もってユイが教えてくれた事と被っていたので再確認程度でしかなかった。



 野営準備の中、今度はイーザが僕の生徒になって筋トレをしている。


 なんと彼女はあの後すぐに冒険者としても登録していた。



 そもそもだが、窓口で受付管理をしていた彼女達は、最低限の身のこなしができるのが前提だ。


 どうしてかと言えば、最低限駆け出し冒険者の集める薬草や魔石の種類を確認する術がなければ窓口はできない。


 その為には銅級に上がれるくらいの知識が必要になり、何時でも銅級冒険者として行動できる判断力がなければならない。



 イーザ自身も同じで、最低限には訓練を受けているが倒せるのは頑張ってゴブリン迄だった。だがそれは主に筋力の問題だ。


 彼女は前衛や中衛、後衛の職業的性を調べて居ない……冒険者になるつもりはなかったからだ。



 しかし今は自分が傷つけた冒険者達のフォローをしたいと願っていたので、今回この遠征は彼女に取っても良い機会だった。


 確実に頼み辛いが、今まで出会った冒険者の中で一番辛辣な言葉を平気で言い、しっかり怒った僕であればちゃんと頼みさえすれば稽古を付けてくれるのでは無いか?と思ったらしい。



 ちなみに僕はそんな酷い人間ではない……稽古をつけてと言われれば普通に面倒は見る。


 泣く子には飴ちゃんを配る位、良い人間だと自負している。


 僕は次の『銅級心得』が始まるまで盾の使い方をレッスンする事になった。


 目の前にテロルやテイラーが居るので物凄く教え辛いが、彼女は意外に筋が良くロズから教えて貰った盾の使い方は、この後の2回目の休憩で完璧にマスターする事になる。

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