第72話「悪質ギルドの悪巧み」

結局逃げたメンバーの事もあり、躊躇いが生まれたゴロツキ共は朝日が登る少し前まで話が纏まらずにいた。


 焦り苛立つメンバーが出した答えは、機会を失う前にそれぞれの目的別で行う事になった。


 男爵領にはゲルゲに従う者だけで決行することになり、他のメンバーも結局自分勝手にする事になったが今度は仲間の引き抜き合いがギルドを出るまで何度も行われていた。



 意思疎通が取れない『ギルド番犬』は、ギルマスの指示を無視して衛兵の言葉通りに現場に戻った2人、貴族の報復を恐れて即この街から逃げる事を選んだ3名、街の男爵別邸を襲いに行く事を選んだ3名、ギルマスの意見に従い高額な見返りを求める4名に細分化される事になった。



 「馬鹿どもが!くそ!もうすぐ夜明けだ時間がないぞ。お前すぐ荷物をまとめてクリスタルレイク男爵領に行くぞ!いいか!お前らとはおしまいだ!死んでも俺たちの事は口に出すなよクズどもが!」



 そう言ってギルマスは3人の部下を引き連れて一路男爵がいるジェムズマインの街から僅に離れたクリスタルレイク領に向かう。



 1人では実行不可能なためゲルゲは説得するために実に6時進近くも無駄な話し合いと乱闘に時間を使っており、既に夜明けを迎えていた…。



 ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇



 そもそも、番犬が男爵に目をつけた理由は単なる偶然からだった。


 腐ってもギルドマスターのゲルゲは街営ギルドから幾つかの依頼を受けてくるのが日課だ。


 本来事務員がやるものだが実力不足のギルドメンバーが出来そうな依頼なので難しい依頼がこなせないのだ。出来の悪いゴロツキのオモリは意外にも大変だった。



 そんな時に偶然見かけたのが例の男爵だった…。



 水聖霊の洞窟がある村まで清めの儀をしに行くのは男爵の御令嬢だが、これにはクリスタルレイク家に恩義のある騎士が同行する事になり…それがテロルだった。



 男爵はかなりの名のあるギルドに前もって護衛依頼を出したのだが、殆どのギルドは依頼を断ってきた。


 上級ギルドになれば人気もある冒険者なのだから、討伐依頼などのより高級な報酬依頼に食いつくのも仕方ない。


 それに比べて護衛の仕事は付いて行くだけの楽な仕事で、その上村は片道3日程度なので上級ギルドである必要がない。


 中級ギルドだとしても受けるかどうかは微妙なのだ。



 男爵がこだわる理由は貴族間の体面と自分の面子もあり、自分の娘を任せる以上あまり程度の低いギルドに護衛依頼などできない事も要因の一つだ。



 ギルド番犬が比較的空いていたのは、C級ギルドである事よりも依頼主から見てこのギルドは悪評が多いからだ。


 所属するギルドメンバーは未熟で金に汚い事で有名なので、それを知っている者であれば彼等に頼むくらいなら個人の冒険者を雇うくらいだ。



 しかし男爵の問題は、清めの儀は日程をあまり変える事が出来ない。



 本来は水の精霊が一番力を持つとされているこの時期に儀式を行う事で、水の加護が得られると言われているからだが。


 多くの貴族は清めの儀より面子のための儀式でしかなく、娘が生まれると間違いなくこの清めの儀を毎年行うのだ。


 我が家の娘は水の精霊から加護があると言い張り良家に嫁がせる意味合いしかない。



 余りにも希望のギルドによる護衛依頼が通らない男爵は、結果的に騎士テロルと自分の手持ちの兵士6名の合計7名の護衛で向かうことにした。


 実力のある冒険者の援助を受けられなかったのだ。



 …しかし男爵は本当に運のない男だった。出発の数日前に高ランクの魔物が鉱山に出没したのだ。



 領主はこの鉱山を魔物の手に渡すには行かなかった。


 すぐさま街営ギルド、個人ギルドに冒険者の討伐隊派遣を指示するが確実に魔物を仕留めるには冒険者だけでは心許ない。


 最重要とされる鉱山なのに魔物が討伐出来ませんでしたでは済まないからだ。



 その為討伐には街に別邸を持つのを許される貴族は勿論、他の貴族達も『少なからず』出兵させる命令が領主から発布された。



 この街が所有する鉱山は国の貴重な収入源だそこが魔物に支配されたとなれば、領主が国王にここの管理責任が問われるのは間違いがない。領主は何が何でも討伐を命じた。



 言葉とは裏腹に『自分の領の警護を最低限に残し、それ以外の兵は討伐に向かう様に』との命令だった。



 当然他の貴族としては文句もあったが、領主より国王の不信を買うのは最も避けねばならない…しかし番犬のギルマスはそれを利用したのだ。自分たちの価値を上げる為に。



 とある噂を冒険者に流した。


 国庫を支える鉱山の魔物を討ち取れば冒険者の格が上がりそうだと……その冒険者を抱えている貴族は褒められて領主の座も、もしや変わる可能性もあると風潮した。



 俄に活気付く冒険者たち、それを聞いた貴族は『領主の座』が変わることは無いのは分かっていたが、違う意味で上手く使える手だと考える。


 自分の主人を貶める輩は他の貴族にすぐさま滅ぼされるだろう。


 しかし見方を変えると違う景色が見えるものだ。


 自分の兵士を多く失うより、冒険者の方が討伐に必要な個々の装備に金もかからず失う兵も少なくなる。


 最終的に兵の失った場合の育成費にも繋がり費用が安いと、そして倒した冒険者を抱えていれば他の貴族より発言力が増すと。



 魔物を利用して、自分より発言権がある貴族をその座から引き摺り落として自分がその座につく為に……ジェムズマインの領主への発言権を増すその為に貴族は我先にと兵を動かしたのだ。


 ピンチはチャンスなのだ。



 ここで頭を抱えたのはウィンディア男爵だ。



 最低限の兵士を自分が治める領土に残し、残りは討伐に向かわせなければならない…ならば男爵は自分の領土を守る兵を割いて、最愛の娘達の警護に充てねばならない。



 しかしその数は3名でもやっとだった。何故ならば自領の民を魔の森外縁部から現れる魔物から守護する必要もあるからだ。



 テロルが娘の警護を前もって約束してくれていなければ、たかだか片道3日と言えども満足な装備で無い。


 兵士だけでは到底たどり着くことはできない…騎士テロルの娘の護衛にしても下手を打てば領主の命に叛いた事になりかねないのだ。兵士より強い騎士が討伐では無く護衛に行っているのだから…



 男爵は彼のことを思い討伐任務へ行くように勧めたが、テロルは護衛の件を頑として譲らなかった。


 恩義のある主人の為に…自分に騎士爵位を授けてくれたクリアレイク家の為に、その娘さんの清めの儀への警護はテロルの希望でも誇りでもあった。



 男爵は方々の冒険者ギルドにギリギリまで直接出向き、冒険者が数名ほど手があかないか聴きに来た。



 出来れば1パーティは欲しいと思っていた…4〜6名で護衛依頼でも可能だと言う冒険者を…この際、有名でない個人の銅級冒険者でも構わないと…。



 街営ギルドで冒険者を必要数を個人単位で雇った場合はアタリもハズレも多い上に、冒険者同士の諍いも心配される。



 しかしメインの守護はテロルと配下が行うので安心し切っていた…これが男爵の油断だった。



 街営ギルドには当然領主の命令がある為、希望する数の冒険者さえも居なかった。しかし、そこにつけ込んだのが番犬のギルドだった…肩を落としてギルドから出てきた男爵に『甘い言葉を囁いた』



 誰でも望みが上手くいかない時は耳を傾けてしまうものだ…。



 番犬のギルドマスターが組合窓口にいた理由は、鉱山討伐隊リーダー権限欲しさである。


 今となっては討伐隊リーダーとしての任務など来るはずもないギルドだが、ギルマスは期待はしていた…過去にはそれなりのギルドだった時期があるからだ…。



 そんな彼らがここで出会ったのは、両者のそんな偶然からだった…。

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