第6話 寤寐思服
アイと夢の中で出会ってから、数ヶ月が経った。
あの何もない野原に二人きりで、お喋りしたり、あてもなく歩いたり、時には、何も喋らずにぼけっとしてたりと。
僕はそんなアイと接していると、同世代の女子たちが、ひどく幼く見え、恋愛対象からどんどんと離れていくことを感じている。
いや、同世代だけではなく、榊原とグラビアを見たりしても、以前のような、ドキドキした感じはなく、見ていると言うより、ただ、眺めているだけの感覚だけになった。
彼女ができるまで…
そう約束をしたが、僕は彼女へ惹かれ、想いが深まっていく度に、それは、ずっと続くと、その時は思っていた。
数ヶ月も経つと、僕は隣の席の清水ともだいぶ仲良くなり、僕と榊原、清水の三人でよくつるむようになっていた。
清水は、イケメンで、シャープな黒縁のメガネが、その整った顔によく似合っており、頭もよく、成績も学年トップクラス。そのせいか、クラス以外の女子生徒からも、人気があった。
しかし、どこぞのラノベやアニメと違い、清水は万能なイケメンではなかった。運動神経が壊滅的に悪かった。
走れば、足がもつれ転ぶ。バスケやバレーでは、顔面にボールが激突。サッカーでは、ボールを蹴ろうとすれば空振り。
清水は、ラノベやアニメとは違い、現実はそう甘くないという事を、僕と榊原に教えてくれた。
それでも、清水は女子にモテた。転校してきて、数ヶ月の間に、僕の知っている範囲でも告白を五回はされている。
しかし、清水はそれを全て断っており、ついたあだ名は、難攻不落の王子さま。
そんな清水と、僕ら二人が仲が良いことを、不思議に思う生徒は大勢いるだろう。運動神経はまあまあ良いが、成績は中の下、下品でうるさい男子生徒。
今も、三人で昼飯を食べている。
榊原が一生懸命、身振り手振りで、どうでも良い話しを熱心に語り、清水が楽しそうに笑っている。僕は、そんな二人を、おかずを黙々と口に運びながら、眺めている。
そんな僕が気になるのか、清水はチラチラと様子を伺っていた。いつもよりも、口数が少ないと思っているんだろう。
僕が弁当を食べ終わり、片付けを済ませた時、同じ委員の女子から、荷物を運ぶのを手伝って欲しいと話し掛けられた。
僕は、二人に行ってくると言うと、教壇に積まれている荷物を持ち、教室を後にした。
荷物を運びながら、彼女と取り留めのない話しをしながら、指定された場所へと荷物を届けた。
僕と彼女は、荷物を届けると、その場で別れ、僕は自販機の方へ向かった。自販機で、炭酸の乳酸菌飲料を購入し、その場で蓋をあけ、一口だけ飲んだ。
喉がしゅわっとした。
その後、周りを気にせず、げふっとゲップをすると、口元を拭い、教室の方へ歩き始めた。
教室へ戻ると、僕のジュースを目ざとく見つけた榊原が、少し飲ませろと僕の手からペットボトルを奪い取ると、半分近く一気に飲んだ。
「ちょっと待て」
僕は慌てて、榊原からジュースを取り返すと、榊原は、げふっげふっと、さっきの僕の出したゲップと比べものにならない音量で、教室中に響き渡らした。
教室にいた女子から、軽蔑の眼差しと、非難の嵐が、榊原に集中した。そんなことは、慣れっ子だよと言うような顔をした榊原は、僕と清水の方へ向き、うへへっと笑っている。
僕は、取り返したジュースを一口飲むと、清水から、よかったら、俺にも一口くれないかと言われたので、僕が清水へジュースを手渡すと、清水は、なぜか少しペットボトルを眺め、一口飲んだ。
すると、清水が、知り合った頃から今までの間に、見たこともない微妙な表情をしていた。
「忘れてた。俺は炭酸が苦手だった」
そんな清水を見て、僕と榊原は、何やってんだと大きな声で笑った。
そう言えば、アイは炭酸飲料を飲んだことがあるんだろうか。
ずっと、あの野原にいるのなら、飲んだことはないんだろう。もし、初めて炭酸飲料を飲んだら、清水のような微妙な表情をするのかな。
僕は、アイが微妙な表情になったところを想像すると、思わずにやっと笑ってしまった。
そんな僕を見ていた榊原は、
「おい、清水。圭がにやにやしてエロいこと考えてるぞ」
そう言うと、清水も僕をみて、考えていたねと榊原に答えた。僕が二人に違うよと一言答えると、二人は顔を見合わせ笑った。
つい、僕はアイのことを考えてしまう。アイならどう思うだろう、アイなら何て言うだろう、アイなら…
もし、今夜、夢の中で会えたなら、炭酸飲料のことを話そうと思った。
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