【番外編】亀の独白②

 正直、わたくしは、愛などくだらぬ感情だと思うのです。

 愛とは美しきものでしょうか? 愛とは賛美すべきものでしょうか? いいえ、いいえ。愛こそは、まことに浅ましく忌まわしきもの。性欲と自尊心と承認欲求が渾然一体となり、身体の内側からドロドロと溢れ出す、人間のもっとも醜きエゴなのでございます。そう考えて数十年が過ぎました。


 何故なら、わたくしは、愛に敗北した身でございます。誰ぞを愛し、子をなして、そしてそれらを失いました。ですからわたくしは、この身が果てるその瞬間まで、愛を肯定するわけにはいかぬのです。愛を否定し、嘲笑を続けることで、自我を保っているとも言えましょう。偉そうに教壇に立っているわたくしは、1枚2枚外側の皮をむけば、そんな憐れな存在なのでございます。皮肉で、無様で、荒唐無稽な話です。


 ですが、わたくしは、この感情を誰かに否定して欲しいのです。この絶望は間違いで、愛とは素晴らしきものであったと、最期の瞬間に笑いたいのでございます。何処の誰でも構いませんから、わたくしに真実の愛を見せ、愛なきわたくしを否定して、背中を踏んで欲しいのです。その屈辱は、きっと甘美なことでしょう。すべてを失ったわたくしは、今となっては、そんな方法でしか救われない存在なのでございます。


 皆様は、愛についてどのようにお感じでしょうか。愛とは美しきものでしょうか? 愛とは賛美すべきものでしょうか? そう感じているならば、わたくしの妄言には耳を貸さず、そのまま真っ直ぐ突き進んでいただきたいと思います。そんな皆様の姿を遠くから見て、老いぼれた死に損ないのわたくしは、いつの日かこのように呟くでしょう。

 愛とはやはり、遠い昔に信じた通り、素晴らしきものであったのだなぁと。

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