第19話 世界一“カッコいい”のために


 リリアナを置いて前に進んだキサラは、途中の道でアリッサとイツキの二人とは別方向に走り出す。それは、二人のようにアタッカーとして耐えうる装備をキサラが持ち合わせていないこともあるが、一番の要因は、先日のサラドレアとの戦闘の傷が未だに癒え切っていないことである。

 外傷の類は塞がっているが、未だに神経痛や、疲労が抜けきっていない。これらの症状は、魔術で緊急的に練度の低い治療したが故に、起きている現象でもあるが、それ以上に、先日の無茶が響いていた。

 まるでアリッサが持つ“暴走”に似た現象であり、今の状態を引き起こした何らかの底力。それの正体をキサラは何となく理解してはいるが、会得までには至っていない。たとえ使えたとしても、再びそうなってしまったとき、自身を止められるのかという疑念が生真面目なキサラにとっての最後の枷となって使うことを許さない。


 だが、そんな万全ではない状態のキサラにもやれることはある。それは、残る二人が存分に戦えるだけの舞台を整えることである。それは、抗魔術結界の構築……つまりは、今現在、帝都を護るために展開している魔術結界を改造し、相手に影響を及ぼす魔術を全て無効化する結界を構築することにある。


 魔術式は既に構築完了しているため、後は、城の中枢にある結界維持装置に撃ち込むだけである。

 そんな簡単な仕事であるのだが、キサラは走りながら不安にも似た奇妙な違和感を覚えていた。


 それは、城を守護するための巡回兵が一切いないことである。それだけではない、使用人の一人も中にはいない。まるでもぬけの殻となっている城ではあるのだが、その最上に皇帝テオドラムがいることだけは、圧倒的な死の気配からわかっていた。

 そんな奇妙な違和感を覚えながらも、進むしかないキサラはひたすらにレッドカーペットの上を走り続ける。


 刹那————————


 走り続けていたキサラの行く手を阻むように、前方の天井が唐突に崩落する。キサラは走っていた足で体に急ブレーキをかけ、用意した予備のショートソードを抜き放ち、即座に構えた。

 すると、直後に稲妻が道一杯に降り注ぎ、轟音と閃光を伴ってカーペットを焼き尽くしていった。キサラは慌ててバックステップしながら距離を取りつつ、稲妻を避けて何が起きたのかと崩落した瓦礫の方を注視した。


 燃え盛る炎の中……揺らめきながら炎のカーテンをかき分けるようにゆっくりと顔を出したのは、一本のハルバードを持つ漆黒の軽装鎧姿の少女……。アメジストのような紫色の瞳を濁らせ、鮮やかなプラチナブロンドの髪を頭の上で出したツインテールを持つその姿は、平民ではなく貴族であることはすぐにわかる。しかし、憎しみに歪んだその表情と、噛みしめて血が滲んだ唇は、彼女の低めの身長とは相容れず、まるで鏡を見ているような不快感を憶えてしまう。


 「こんな時に、戦闘は避けたいですが……」

 「お前だな、キサラ・ヒトトセ……。お前が師匠を————————」

 「存じていません……。申し訳ないですが、名乗っていただけますか」

 「なら覚えておけ。私の名はリージェ・ガリツィア。お前を殺す者だ!!」


 リージェと名乗った少女は、体格に似合わないハルバードを構え、まるで弩のように床を蹴り上げ加速する。すると雷の槍が形成され、キサラとの距離を一気に詰めていく。キサラは大慌てで大きく跳躍して、その突進を回避すると、続く、追撃に備えて再び相手のことを視界にいれようとする。

 しかし、気が付いたときにはすでにキサラの横にリージェが移動しており、胴体を薙ぎ払うようにハルバードが振るわれていた。キサラは身を捻るようにしてそれをショートソードで弾き、続く突きの応酬を見事に叩き落していく。

 だが、有利なように見えて、キサラは徐々に押されつつあった。


 それは、キサラが万全ではないこともあるのだが、一番の原因は、非魔力戦闘を強制されている点である。魔力を必要以上に使えば、隠匿のマントの効果よりも、皇帝テオドラムの探知が勝り、こちらに“即死”が飛んでくる。それだけは何としても避けなければならなかった。


 「死ね死ね死ね死ね!!」


 だからこそ、リージェの鬼のような猛襲をひたすらに避け続けるしかない。だが、そうして避け続けることもやがては限界を迎え、キサラの脇腹に、リージェの蹴りが炸裂し、キサラの体はボールのように弾き飛ばされ、紫電で焼かれると共に地面を転がることとなった。

 冷たい床に倒れたキサラの意識はまだ薄らいでいないが、体は稲妻による火傷により、所々から煙を上げ、肌が引っ張られるような激痛を伴っていた。


 「弱い……こんなやつに、師匠は負けたというのか……この程度のやつにサラドレア様は————————ッ!!」


 ハルバードがキサラの頭を割るように振り下ろされる。だが、直後に壁が撃ち壊れる音と共に金属がこすれ合うような甲高い音が鳴り響き、誰かがリージェの振り下ろしたハルバードを受け止めていた。


 「おいおい!! コイツは愉快なことになってるじゃぁねぇか!!」


 キサラは動きにくい体で立ち上がりながら誰が自身の危機を救ったのかと、その背中を確認する。すると、そこには、刺々した赤い髪に、獲物を穿つサメのようなこげ茶の鋭い瞳を持つ男が立っていた。

 その男が持つ両手の戦斧は、小刻みに震え、体躯を支えるはずの足も武者震いのように震えている。それでも、男は一歩も譲ることなく、その場で笑い続けていた。そんな男を見て、リージェは驚きながらも警戒して一度距離を取り直してしまった。


 「アガネリウス!? あなたが何故ここに!」

 「あぁん!? そんなもん決まってんだろ。カッコ悪いままじゃ終われねぇからだ!!」

 「意味が分からない。けど、裏切り者ならば————————」

 「おい黒髪!! コイツはオレ様に任せやがれ!! お前は先に進め!!」

 「私を無視するなぁぁ!!」


 唐突に参上したアガネリウスは立ち上がったキサラに合図を飛ばす。そして、怒り狂ったリージェの猛攻を防ぎながらもキサラが逃げられるだけの時間を作り出した。キサラはこのチャンスを逃すことなく、無言で頷いて地面を蹴り上げて再び走り出す。


 それを追いかけるようにリージェも走り出すが、アガネリウスが武器を振るってそれを制し、リージェを後ろへは絶対に通さなかった。


 「アガネリウスぅ……」

 「なぁおい!! サラドレアの一番弟子リージェちゃんよぉ!! 今のオレ様はカッコいいかぁ?」

 「知れたことを……師匠を殺した奴に味方する奴なんか……」

 「そうだよなぁ!! まだカッコ悪いよなぁ!! 死ぬことを怖がって逃げちまったオレ様はよぉ!!」


 リージェが振り下ろしたハルバードをアガネリウスは両手の戦斧でもう一度受け止める。しかし、体格やレベル差などがあるにも関わらず、魔力を必要以上に使うことのできないアガネリウスの体は床を突き破り、階下へと衝撃で吹き飛ばされてしまう。


 「師匠を殺した奴を庇うなら、お前も殺す。邪魔をするなぁぁああああああ!!」

 「邪魔する気はねぇよ!! ただオレ様は、失ってしまったオレ様の“カッコいい”を取り戻すためにここにいるんだからよぉ!!」


 下から突き刺すようにハルバード構えて飛び降りたリージェを迎撃するように、アガネリウスは戦斧を振るう。その瞬間、アガネリウスの両手それぞれの戦斧が輝きだし、瓦礫で造られた二匹の巨大な鮫を作り出した。

 それらは、落下中のリージェの体を易々と飲み込み、濁流のように押しつぶした。だが、数秒後に、それらの瓦礫は赤熱したかと思うと弾け飛び、中から泥にまみれたリージェが姿を現す。


 直後————————


 「ガ————————ッ!!」


 唐突にアガネリウスの体が揺らぎ、意識が遠のいていく。それは、決して魔術の反動ではない。魔術を使ったが故に、上層階にいる皇帝テオドラムの探知を受け、“即死”の起源魔術を体に受けたからである。

 避けることのできないその一撃はアガネリウスの体を蝕み、言葉通りに、心肺を停止させた。だからこそ、アガネリウスは何もできずに、そのまま地面に倒れ伏す……はずだった——————


 「そうか、これが“即死”ってやつか……痛くもなく、クソ苦しいだけじゃぁねぇか!!」


 アガネリウスは倒れそうになる足で再び地面を踏みしめて顔を上げる。そして、鋭い犬歯を見せながら笑って見せた。


 「な……陛下の“即死”を受けたはずなのに……」

 「なんだこりぁあ!! 怖くねぇじゃねぇかよおおおおお!!」


 アガネリウスは両手の戦斧を虚空へと振り回し、大地を隆起させて、リージェの体を押しつぶそうとする。リージェはこれを飛び上がりながら回避し、なんとか難を逃れる。しかし、その飛び上がった隙だらけの体を地面に叩きつけるようにいつの間にか接敵していたアガネリウスがリージェに向かって戦斧を振り下ろしていた。

 リージェはハルバードの柄でそれを受け止めるが、空中で支えがない故に、剣山のような土の山に体を激突させ、体を引き裂かれてしまう。


 「ハハハ!!ハハハハハハハハハ!! こわかねぇゾ!! クソ皇帝がよぉ!! テメェのことなんか怖くねぇ!! オレ様が最強だ!! 最強なんだ!! オレ様が最強にカッコいい男だ!!」


 アガネリウスは、隆起した瓦礫の上に着地し、遥か先にいるであろう皇帝を見上げて中指を立てる。そして、大笑いしながら城中にその声を響かせた。



 直後————————



 アガネリウスの体は糸の切れた人形のように揺らぎ、そして隆起した瓦礫から崩れ落ちるように倒れ込む。それは必然の結果……なぜならば……


 アガネリウスの心臓は既に止まっていた————————


 しかしながら、細胞が全て死に、呼吸すらもできなかろうと、アガネリウスは動き続けた。それは、起源魔術に対して耐性があったからではない。彼自身の“頑強”という酷く単純な耐久力によって死の間際に舞踊をしていただけである。

 だからこそ、時間が切れたその時に、瞳から全てを失い、地面に倒れ込んでしまった。


 だが、彼が倒れたその瞬間、帝都を取り囲んでいた結界が変質した。それを感じ取るほど、アガネリウスに体力は残されてはいない。しかし、彼は自身が生み出した瓦礫の中で指一本も動かせない状態で笑っていた。

 そして、もはや光すら映していない瞳で涙を流し、乾いた唇で恨み言を口にする。


 「なぁおい……オレ様は……世界一“カッコいい”か……」


 その問いに誰も答えることはない。

 そして、まるでアガネリウスが行ったほんのわずかな時間稼ぎが無意味であるかのように、瓦礫をかき分けるようにして、血まみれのリージェがよろめきながら立ち上がってしまった。


 リージェは満足げに笑っているアガネリウスに目線を向けることはない。彼女の視界には、魔術結界を変出させたキサラしか映っていない。だからこそ、地面で動かない人形と化しているアガネリウスを無視して、大穴が空いた天井に向けて大きく跳躍した。


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