第6話 シュテファーニエの依頼Ⅲ

 キサラがシュテファーニエに連れてこられた先は、城下にある服屋であった。だが、並んでいる品々から見ても庶民が買うようなものではなく、パーティドレスなどをはじめとした高級品ばかりが陳列されていた。

 その中にシュテファーニエは堂々と入っていき、それを見た店員たちが深々と頭を下げた。どうやら、彼女はこのお店では顔が知られているようである。


 キサラが少し戸惑いつつ店内を見渡しながらついていくと、奥の部屋へと通される。そこは応接室のような場所であり、大理石のテーブルとクッション性がいい長椅子が対面で置かれていた。

 シュテファーニエは慣れた動作でそのソファに腰かけるのだが、キサラは場に馴染めずに、ソファの横で立ち尽くすこととなる。

 そうしていると、大柄な女性が中に入ってくる。顔や体にところどころ傷があるように見え、普通の店員には見えない。一番特徴的なのは下半身が節足になっていることなのだろう。上半身を見ると、胸というよりは胸筋なので女性のようには見えないが、種族的に見ればアラクネの類なのだろう。多種族が混在するのが現在のブリューナス王国であるため、別段おかしなことではない。

 そんなアラクネの店員はキサラを一瞥しつつ、シュテファーニエの目の前に立ち、深々と頭を下げた。そして、ドスの利いた低音の声を響かせながら言葉を紡ぐ。


 「いらっしゃいませ。シュテファーニエちゃん。今日はどんなドレスを買いに来たのかしら?」

 「最近流行のものを頼みたい。デザインはそちらに任せる。納期が間に合わなければ既存のものを手直しして合わせても構わん」

 「ダメよ。シュテファーニエちゃんみたいなかわいい子は、きちんとした装いを纏ってこそ、宝石の如く輝くんだから!!」

 「すまないマスター。今回は私のドレスではない。後ろにいる黒髪の彼女のドレスだ」

 「————————姫様……店長に説明するのなら、わたしにも説明していただけないでしょうか」


 キサラは状況が飛び過ぎて飲み込むことができず、会話に割って入るように口をはさんだ。それを見て、アラクネの店員は少し疑問に思いつつも、キサラを嘗め回すように凝視し始める。


 「あ……そういえばそうだったな。マスターがいるが……まぁ、構わんだろう」

 「あら、内緒話? じゃあ聞かないフリをしといてあげるわ。その間に彼女の採寸を行いたいのだけれど構わないかしら」

 「あぁ、構わない。——————って私が言うことでもないがね。じゃあ、キサラ……脱いでくれないか?」

 「——————え? 拒否致します」

 「そうそう、シュテファーニエちゃんの言う通り、スリーサイズがわからないと適切なデザインを……今なんて?」

 「拒否すると言ったのです」

 「なぜ……」

 「理由をお話しなければならない内容なのでしょうか?」


 キサラが拒否するのにはそれなりの理由がある。それは、キサラの背中には酷い火傷の痕である。一緒に死線を潜り抜けてきたアリッサやフローラは知っているのだが、彼女がこの地に飛ばされてて来た日より前の戦乱に起因している。だからこそ、キサラは背中が開けた衣服を着ることはないし、生地の薄いものを着ることもない。


 「ふむ……まぁ、乙女には癒えない事情があるというものだ。キサラが拒否するのならば致し方ない……。マスター……あれを頼めるか?」

 「ご理解いただきありがとうございます。ひめさ、ひゃぁぁあああああ!?」


 キサラからいつも聞かないような驚愕のソプラノボイスが聞こえてくる。よく見れば、体をくねらせて何かに耐えているようにも見えた。

 急に全身をくすぐられたような感触がしたキサラは当然の反応を示したのだが、奥歯を嚙みながら状況を確認すると、アラクネの店長から何やら細い糸のようなものが伸びているようであった。

 一瞬、武器や魔術を行使しようかとも考えたキサラなのだが、それよりも速く糸が引っ込んだため、敢え無く振りかぶった拳を降ろすことになった。


 「な、何をするんですか!!」

 「あらごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」

 「キサラ……今のはマスター流の採寸だ。これならば衣服を脱がずとも終わる。というか、今終わった」

 「それならばいいですが、次は告知してから行ってください」

 「告知をしたら面白いものが見れないだろう?」


 悪魔のような笑みを浮かべているシュテファーニエに対して、一瞬だけ睨むキサラなのだが、立場的な問題上もあり、露骨にため息を吐く程度で矛を収めた。


 「まぁ、いい。それじゃあマスター……デザインの方を頼みたい。どれぐらいで出来る?」

 「そうねぇ……15分ほど待って頂戴。3パターン程サンプルを描いてくるから」

 「わかった。その間にこちらも済ませておくさ」


 そう言いながらアラクネの店長が出ていったのを見計らって、シュテファーニエは盗聴防止用の魔道具を起動させた。その瞬間に頭の中にシュテファーニエの声が響くようになるのだが、彼女はあえて、しゃべらずに無言で対面に腰かけることを促した。

 それを見て、「命令だ」という圧力を感じつつ、キサラはもう一度露骨にため息をした後に、シュテファーニエの目の前のソファへと腰かけた。


 「さて、先ほどの話の続きなのだが……。まずはキミの影に潜んでいるそれを出してはくれないか?」

 「気づいていたのですか?」

 「あぁ、最初からね……キミの気配は二つあったから……組合へも届け出をしているのだろう?」

 「——————済ませています。出ておいで、タマゴロウ」


 キサラがその名前を呼ぶと、キサラの足元から白銀の毛皮を持つ小さなオオカミが顔を出す。それは出てくると同時にキサラの胸元に飛び込んで、遊んでほしそうに顔を舐め始めた。


 「随分と個性的な名前を持つ子だ。それにしても、魔獣をテイムするとは珍しいな」

 「偶然です。たまたま見つけて保護したにすぎません」


 キサラが飼っている小さなオオカミはモンスターではない。正確には魔獣といって、モンスターとは別枠のものである。成り立ちは、人間と同じように、モンスターを撃破してレベルを上げた野生生物。だから、モンスターのように無差別に暴れることはない……が、しかし、野生生物であるが故に人を襲うことはよくある。

 もちろん、モンスターが生まれるような環境下で育ったため、魔獣というのは珍しい。何故なら、長らく汚染マナ環境に滞在するが故に、ほとんどがモンスターになってしまうからである。キサラのタマゴロウの親も、その例に漏れなかった……。


 「そうか……うちにもいるが、こんなに素直で可愛くはないな……」


 そう言いながらシュテファーニエは手を広げてタマゴロウを迎えようとした。それに反応して、タマゴロウは先ほどと同じようにシュテファーニエに飛び掛かり、腕の中で遊び始める。


 「姫様にもいるのですか?」

 「あぁ、とはいっても、魔獣というよりは……いや、この話は蛇足になるから今は割愛しよう。それよりも、何故、ドレスが必要なのか、という点についてだ」

 「護衛としてパーティ会場に配置するつもりでしたら客でなくともよいのでは?」

 「あぁ、何だ……そこまでわかっているのか。なら、話は早い」


 そう言いながら、半笑いを浮かべ、シュテファーニエは話を続ける。


 「もうすぐ開かれる武闘大会の前に建国パーティが王城内で催される。そこで犯行が起こると私は睨んでいてね……。確かに、護衛としてスタッフに扮するのは得策だ。————が、しかし、動きにくい部分も存在する」

 「姫様が用意した護衛が、我々以外にも既にいる、ということですか?」

 「正解だとも……。彼らと敵対もしくは怪しまれるのは厄介な事極まりない。正体を明かせば楽なのだが、それそれで、情報漏洩のリスクが高まる。ならばいっそ、私の友人だということにした方が体裁も整えやすいというわけだ」


 シュテファーニエはタマゴロウを床へと降ろし、腰のポーチから何やら遊び道具のようなものを取り出して床に放り投げた。当然ながら、彼女の膝の上で遊んでいたタマゴロウはそちらの方へ走っていき、その場で遊び始める。


 「詳しい内容はお話できますか?」

 「残念ながらこれ以上は掴んでいない。だから、臨機応変に動けるようにしなければならない、というわけだ」


 ここまでの説明を聞き終え、キサラはわざとらしく考えるそぶりを見せつつ、再び口火を切った。


 「狙われるのが2人の王子だということでしたが、その二人にくっついていればいいのですか?」

 「簡単に言えばそうだが、婚約者がいるレオナルドお兄様も、そうではないロードアイアお兄様も令嬢たちに囲まれていて動きづらくなる。その中に暗殺者が混じっている可能性も否定はできないが……」

 「……やはり、わかりません。二人のうちどちらかを殺すメリットがないように思えます」

 「それは確かにそうだが……この国も一枚岩というわけではないからな。王族に従う派閥もあれば、そうではない派閥もある、というわけだ」

 「忠義の欠片もないような連中ですね」

 「まぁ、そういうな……。たしかに彼らは反旗を翻すことを狙ってこそいるが、どちらも国を思ってのことだ」

 「君主の首を狙うのは言語道断だと思うのですが?」

 「それもそうだが……まぁ、元より力を正義としてきた我が国の悪い部分でもあるため、おいそれと直せはしないのだよ」


 寂しそうに俯くシュテファーニエの姿は普段とは似使わないほどに、冷ややかであった。恐らく彼女も、モンスターが出没するような荒地ではない、貴族の間の戦場で戦い続けてきたが故の風格なのだろう。


 「それにしてもなぜ彼らは王子を狙うのでしょうか……。首を挿げ替えたいのならばそれこそ、王の首を狙えばすぐに革命を起こせるというのに……」

 「あぁ……それは単純だ……。だって、我がブリューナス王家はゴリゴリの肉体系だからだ」

 「父上もさることながら母上は戦時中のネームド……暗殺しようにも本人が強すぎる。逆に言えば、まだ成長過程のお兄様たちならば努力すれば届きうる、ということだ」

 「そのあたりは当事者でないため既知ではありませんでした」

 「まぁ、そういうことだ。だから、王位継承権の第三位以降の公爵家に首を挿げ替えるための策略と言っても過言ではない……のだろうな」

 「随分と歯切れが悪いですね」

 「まだ確実にそうであるとは断言できないからな。今の段階では、完全に私の妄想だ。何の軍隊も動かすこともできない」

 「だから、わたしたち……なのですね」

 「あぁ、その通りだとも……」


 その言葉と共に、おもちゃで遊んでいたタマゴロウが、遊び飽きて、再びキサラもひざ元に戻ってくる。キサラはそれを抱き留めて、背中を撫で始めた。


 「込み入った事情の話はこれで終わりだ。ここからは少しビジネスの話をしようじゃないか……」

 「ビジネス……ですか?」

 「先ほどの戦闘を見て思ったが、キミとの交友関係をこの件限りにしてしまうのは実にもったいないと思ってね」

 「ならば、わたしの所属するギルドに話を通してください。今後はそちらで対応いたします」

 「わかったとも、ではそのギルドマスターを紹介してもらえないだろうか……」

 「————————わたしです」

 「————————なるほど……そうか……そうなのか……」

 「何か問題でも?」

 「いや、何でもない。ギルド名を伺おう……組合経由で依頼を出す」

 「『月のゆりかご』です。少人数のため、対応できる依頼に限りがあるのでご容赦ください」

 「構わないさ……。さて、ギルドマスターの了承も得られたことだし、私からキサラにプレゼントを渡そう。もちろん、買い与えるドレスとは別物だ」

 「そのような衣類は、着る機会がございません。終了時に返却いたします」

 「まぁ、そういうな……不必要ならば売却しても構わないから……。おっと話が、逸れたな……。渡すのはこれだ……」


 そう言いながらシュテファーニエは自分のバッグから何かを取り出し、キサラの目の前に置いた。キサラがそれを見ると、光を全て吸収してしまうのかと思うほど黒くカラーリングされた拳銃であった。

 銃身を切り詰めたリボルバー……サイズは手に収まるだけでなく、小ささゆえに色々なところに隠せそうな気さえする。だが、それを見てキサラは怪訝な顔を浮かべる。


 「なぜこれを?」

 「キサラ……先の戦闘で、魔術を行使する際に出力をセーブしてはいなかったかい?」

 「それは……」

 「リリアルガルドで急激にレベルを伸ばした三人組がいると聞いたことがある。かなりの危険任務をこなすような限界を超えたレベリングとリリアルガルド特有の立地故の産物だとは思うのだが、キミのことだろう?」

 「仰る通りです」

 「キミの仲間もそう感じているように急激にレベルを上げると、装備がついてこない。キミが未だに耐久性だけで魔術的補助が付いていない軽装備を身に着けているのと同じように……」

 「そうですね……探せばありますし、借金をすれば武器や防具の新調は可能です」

 「——————が、しかし……そうしないのは訳がある」


 冒険者の武器は兵士と同じように、自分の命を預けるものだ。おいそれと適当には決められない。単純に使い勝手やメンテナンス性、そして強さに限らず、信頼性というのも高く評価される。大事な場面で誤作動や刃こぼれを起こすなど許されないのである。


 「なに……そういう言う考えは私にもわかるというわけだ。金さえあれば、色々試せるとは思うが、今の君のレベルに合う武器は少々高価だ。おいそれと使うことはできない。だから、今の武器を壊さないように丁寧に使っているのだろうが……。その悪い癖が先の戦闘でも出ていた」

 「木の剣でそこまで見抜けるものなのですか?」

 「武術のことはさっぱりだが、武器の扱い方を見る目はある。これでも油と汗にまみれながら加工することもある」

 「それで、この銃ですか?」

 「あぁ……キミが新しい相棒を見つけるまでの間の繋ぎだ」


 シュテファーニエに促されるまま、キサラはリボルバーを手に取ってみる。確かに今まで使っていた教鞭タイプの魔術杖とは違うのだが、扱えないというレベルではなさそうであった。


 「本来であれば実弾を入れるのだが、それは魔力弾を使用するタイプだ。本当の弾頭は発射されないし、火打石での着火もない。起動方法は撃鉄を起こすことで、それ以降はダブルアクション……つまり、引き金を引くだけでいい。弾の代わりに込めるのは5発の魔石だ。それぞれに独立した魔術式を書き込めるようになっている。中級魔術までなら一発で行使可能だ」

 「それ以上の魔術を使用する場合は?」

 「グリップ部分に内蔵した魔石に一つ分は書き込める容量を残している。それでも足りなければ、連続する弾の魔石に記述すれば、連結して発動するようにはしている。その場合は引き金を連続して引けば発動させられる」

 「それ以外の即興詠唱は可能ですか?」

 「問題ない。銃口内の補助魔石はAランク以上のものを使用しているから、そのまま魔術杖としても使用ができる。だが、それ故にコイツで殴ったりしたら簡単に壊れるから気を付けた方がいい。もちろん、落とした程度で壊れるように作ってはいないが、叩きつければ壊れる」

 「そんなことするのはわたしの友人ぐらいです」

 「それはよかった……。気に入らない点があれば改良は受け付けるとも……。キミのギルドが私と良い交友関係を持っている限りだがね」

 「わかりました……。ご厚意、感謝いたします」


 その後、キサラはリボルバーと修理品や付属品、装備用のホルダーなどを受け取り、一通りの説明を受けた。その間に、アラクネの店長のスケッチなどは終わった様であり、キサラはタマゴロウという白銀の小さなオオカミを慌てて自分の影にしまい込むことなった。


 そうして、その後はつつがなくドレスの選定などが行われて時間が再び流れることになった。


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