幕間Ⅲ


 キサラの最後の故郷での記憶は、燃え盛る家具や壁の中で血まみれになりながら自分を抱きかかえている母親の姿であった。


 それまでの日々は、優しい父の元で剣術を学び、乳母の元で勉学に励むような何の変哲もない日常であった。キサラの故郷であるヤマトの国では、島国ながら、様々な王が小さな地域で乱立し、互いに覇権をかけて争っていた。もちろん、キサラの父もその一人であり、たまに出かけてはしばらく帰ってこないことがあった。

 理由はもちろん知っている。周辺諸国と争っているのである。でも、そんな父を誇りに思っていたし、父の訃報を聞かされた時は、母の胸元で泣き崩れた。兄たちはそれでもあきらめずに立ち上がり、幼いながらも闘っていたとキサラは感じていた。

 そんな出会いと別れを繰り返し、10歳に満たないながらも必死に生きていた。それが『春夏秋冬ひととせ 綺更きさら』のかつての姿でった。

 やがて、破滅の時となり、他国に攻められ、城が陥落する。最後まで徹底抗戦を貫いた結果ではあるが、血しぶきが舞い、戦士や女子供を関係なく殺しまわっているところを見るに、兄たちが徹底抗戦を貫いた理由が何となく幼いながらも理解できた。妹は、既に他国に逃げているが、自分たちはそうはいかない。


 故に、兵士に斬りつけられながらも、逃げのび、隠し扉の先にある書庫で倒れた実母、それに庇われるように泣いていた幼い自分。キサラは悔しさと無力さに苛まれながらも、どうすることも出来なかった。

 そうしていると、心配したのか、母が血まみれの手を自分の頬に当て笑いかける。キサラはその手を掴み必死で泣きわめく。


 「綺更——————っ。愛しい私の娘……。どうか、あなただけでも生き延びて……」


 刹那—————。灼熱にまみれた狭い部屋の中の赤い光が飲み込まれていく。床に描かれた黒い魔方陣が光を灯しだし、キサラを覆い隠す。


 「お母さま—————ッ!!」


 その言葉を聞こえたのか、聞こえなかったのかはわからないが、キサラが最後に目にしたのは、口から赤黒い血を吐きながらも、こちらに優しく微笑む母の姿であった。








まぶしさに思わず目を伏せてしまったキサラであったが、いつの間にかその光が収まっていたため、自然とまぶたが開いていく。

 気づけば、肌を焦がすような炎は存在しない。地面の感触も、心を落ち着かせるような畳ではない。冷たく、自身の体温を奪っていくような石畳であった。上を見上げれば、夜の帳が降りていた空にいつの間にか太陽が昇っている。

 

 キサラは不思議に自身に起きた周囲の環境の変化に驚き、腰を抜かしてしまう。尻餅をついて気づいたのだが、キサラは手に何かを握っていた。だが、『ソレ』を見た瞬間に、胃の中のものが全て逆流し、石畳の上に全てをぶちまけていた。



 キサラは母親の手を握っていた—————


 断面は焼け焦げているのか出血がない。しかし、骨や肉が綺麗に斬り落とされているためなのか、生きているかのように色彩が整っていた。だが、それを認識したことにより、キサラは喪失感と共に驚愕と恐怖、など様々な感情が波のように押し寄せてしまった。それらは生きる気力を奪い、キサラの濡羽色の瞳から色彩を奪っていく。気が付いたときには、華奢な体は石畳の上に倒れ伏していた。吐瀉したことで、喉が焼けるように痛みを発しはじめ、灼熱の中逃げていたことや、吐き出したことで、体の水分が失われ、脳が警鐘を鳴らし始める。しかしながら、何かを飲むために動くことはおろか、指一本動かせる気がしなかった。


—————そんなとき、誰かがこちらに駆け寄ってきた


 その誰かは、必死で何か言葉を耳元で発しているが、キサラには聞き取れなかった。それは聞いたことのない言語であり、文法も、主語も、何もかもがわからなかった。それ以前に、起こった出来事のせいで、キサラの脳が、言葉として認識しようとはしていなかった。

 そうして、わけのわからない言葉を大声で言われ続け、体を揺すられたキサラであったが、強烈な眠気が全身を襲い始めたため、抗いきれずに沈み込むように意識を失っていった——————。


 この日から、『春夏秋冬ひととせ 綺更きさら』は『キサラ』となった——————


 

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