第22話 四天王
爆発の様な轟音が響く。
それはファーガス王国が誇る堅牢な砦・シードルの巨大な正門が吹き飛ぶ音だった。
「ば……化け物!」
それは只一人の人間によって行われた破壊。
男の名はグルグ。
帝国四天王と呼ばれる
その身の丈は3メートル近くあり、肉体は筋肉という名の鎧によって膨れ上がっていた。
人の形をしていなければ、多くの物はきっと彼を魔物と勘違いしていただろう。
それ程までに彼の肉体は巨大だった。
「ぐぅぅぅぅ……」
正門の向こうに見える砦の内部、そこに並ぶ王国兵にグルグは低い唸り声をあげた。
彼のその瞳には光彩がなく、口の端から涎が滴り落ちる。
その様子からも分かる様に、彼には人としての意識がなかった。
生まれ持ってのユニークスキルである【
戦闘能力を極限まで高め、ただ敵を破壊するだけの戦闘マシーン。
それは倫理的には許されざる姿だった。
だが彼の支配者たる主は、それを笑って実行する。
この世にある全ては自分の為に存在していると本気で思い込み、神の如く振る舞う彼にとって、倫理観という物などムシケラ達の戯言でしかないのだ。
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
「う、うてぇ!」
雄叫びと同時に、グルグがファーガス兵達に突っ込んだ。
彼を止めるべく矢が、魔法が、まるで雨あられの様に降り注ぐ。
だが彼の強靭な肉体はそれら全てをはじき返す。
「この化け物めぇ!何としても奴を止めろ!」
目前に迫ったグルグに兵士達が切りかかる。
だが彼らは次の瞬間には、その太い腕の一撃や体当たりによってその肉体が粉砕され吹き飛んだ。
文字通りミンチ状態だ。
「ひぃぃぃ」
グルグによって王国兵はなぎ倒され、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる。
更に遅れて大量の帝国兵が砦内部へとなだれ込んで来た。
彼らもまた、皇帝のスキルによって恐怖心を取り除かれた恐れしらずの狂戦士だ。
自身の身など顧みる事無く、狂った様に敵に向かって突撃する。
そこから30分とかからず、シードル砦は陥落する事となる。
王国側の被害は千を超え、生き残った者達もその大半が身柄を拘束されてしまっていた。
大敗とはまさにこの事だろう。
「ふん。詰まらんな」
血まみれの砦広場を見て、黒馬に乗った男がつまらなさそうに吐き捨てる。
男の全身は漆黒の鎧で覆われており、その胸元には、エターナル帝国において皇帝だけが刻む事の出来る太陽の文様が大きく描かれていた。
彼の名はエターナル。
帝国の支配者であり、自らを神に選ばれし存在と公言してやまない傲慢なる暴君だ。
「ふふ。まあグルグが暴れたのでは、仕方ない事です」
皇帝の背後に付き従う女性が笑う。
女の名はレイゼ。
赤いマントを身に纏い、その下にはキワドイ水着の様な衣類だけを身に着ける肉感的な美貌の持ち主だ。
彼女は皇帝の恋人であり、その圧倒的魔法力から帝国四天王の一人に数えられていた。
通り名は爆炎の魔女であり、特に炎の魔法を好んで扱っている。
「心配しなくても、お楽しみはもうじきやってきますよぉ」
レイゼの乗る赤馬、その横に巨大な獣が並ぶ。
聖獣ベリオン。
皇帝が使役するペットであり、獣でありながら帝国四天王の一角を担う存在である。
そしてその巨体の上には、10代前半と思しき少女がチョコンと乙女座りしていた。
声を発したのは彼女だ。
「ほう、それは期待出来るのか?ティア」
ティアと呼ばれた少女もまた、帝国四天王の一人だ
彼女は皇帝が突如連れて来た人物であり、その出生や経歴等は一切謎に包まれていた。
にも拘らず、ティアには皇帝に次ぐ強権が与えられており、それをいい事に彼女は気に入らない者達に難癖をつけてはその手にかけている。
その理不尽極まりない行動から、周囲からは
「そこそこは楽しめるかと。まあ陛下の敵ではないでしょうけど」
「ふ、まあ当然だな。この世界の主人公である俺に、勝てる存在などいる訳がないのだからな」
皇帝は上機嫌に笑う。
その言葉に濁りはなく、彼は心のそこからそうあると本気で信じていた。
そして実際、それを口にするだけの実力を彼は兼ね備えていた。
「陛下!砦の制圧が完了しました!」
一人の将校と思しき男が、皇帝の前にやって来て膝を着く。
「捕らえた捕虜は
「捕虜共か。まあこの国を落とせば、全員我が
「全員処刑しちゃいましょう」
皇帝の言葉を遮り、ティアが物騒な事を口にする。
普通なら死罪物だが。
彼女にはそれすらも許されていた。
「捕らえておくのも手間ですし、見せしめ代わりに全員の首を跳ねちゃいましょう」
「相変わらず容赦がないな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
ティアは聖獣ベリオンの上で立ち上がり、左手で顔抑え、右手を天に掲げる謎のポーズを取る。
その行動に何か意味があるのかどうかは、彼女以外知りえない事だった。
「聞こえたな?捕虜は全て斬首だ」
「は……あ、はい」
斬首。
そう命じられた将校の顔色は優れない。
捕虜は数百名にも及んでいる。
その全ての首を無慈悲に切れと言われば、その反応も当然の事だった。
「なんです?何か不服でもあるんですかぁ?」
ティアはそんな将校のちょっとした反応も見逃さない。
「い、いえ!そのような事は!」
「そうですか?気を付けて下さいねぇ。陛下へ謀反は、一族郎党死刑になる訳ですからぁ」
彼女は可愛らしいその顔を、醜悪に歪めて嫌らしく笑う。
その瞳には明確な悪意が込められ、追い詰められていく人間を見るのが楽しくて仕方がないと言わんばかりだった。
「わ……私の陛下への忠誠は揺るぎない物であります!即刻、陛下の御命令を実行してまいります!」
そう告げると、将校は逃げる様に駆けていく。
1秒でも早く命令を実行し、その忠誠を示すために。
それが無駄な事だと――既に手遅れだとも知らずに。
「ふふふ。処刑リストに一名追加ですよぉ」
「相変わらず、容赦がないわね」
ティアの言葉に、レイゼが嫌そうな顔を向ける。
彼女も別段慈悲深い人間ではなかったが、配下の者達を次から次へと消していくティアには、流石に嫌気がさしていたのだ。
「ゴミに情けをかける無駄な機能なんて、超越品である私には搭載されていませんから」
彼女はポーズを変える。
同僚からの嫌悪すらも、まるで楽しむかの様に。
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