第18話 第一ラウンド

レジストペインとリジェネをかけて貰い、俺は小手――オーガパワーを嵌める。

これのあるなしで、パワーはかなり違って来るからな。


「さて、呼ぶか」


俺は【収納】から笛を取り出して口にくわえ、適当に吹いた。


「ピー、プー」


それはメロディとはとても呼べない酷い音だった。

だが奴を呼び出すのに何らかの曲を奏でる必要はない。

これで十分だ。


口から離すと笛が輝き出し、光が放たれる。

それは眼前に大きな魔法陣を描き、その中から一匹のゴブリンが姿を現した。


巨体のゴブリン――奴だ。


「ほう……またお前か。てっきり前ので懲りたと思ってたんだがな。中々根性があるじゃねぇか」


その身長は2メートルを超え、肉体はまるで筋肉の塊であるかの様に分厚い。

奴は俺を見下ろし、嬉しそうに口角を上げてニヤリと笑う。


「この前の借り、返させて貰うぞ。ガートゥ」


「おもしれぇ。この短期間でどれ程強くなったか見せて貰おうじゃねぇか」


奴が手にした片刃の大剣を肩に担ぐ形で構える。

その瞬間、まるで突風の様な殺気が俺に叩きつけられた。


やはりこいつはとんでもない化け物だ。

だが、今の俺にはそれに対抗するだけの力がある。


ブーストをはじめ、強化系のスキルを発動させた。

分身もだ。

まだ手を合わせてはいないが、多分なしで勝つのは難しいだろう。


「ほう……分身使うのか。こいつは少しは期待できそうだな」


ガートゥの瞳が楽し気に歪む。

間違いなくこいつは戦闘狂だ。


「じゃあ行くぜ!」


「来い!」


奴が突進と共に、肩に担いだ剣を振り下ろす。

俺はそれを正面から分身と共に受け止めた。


「ぐっ……」


凄まじいパワーだ。

足元が砕け、俺の足がくるぶし辺りまで地面に沈みこむ。


「ほう……俺の一撃を止めるか。いいねぇ!ならもう一発だ!」


奴が剣を振り上げる。

たった一発受けただけで腕が痺れ、背中が軋みを上げていた。

パワーが違い過ぎて、流石にもう一度正面から受ける気にはなれない。


「喰らうかよ!」


俺は素早く身を躱してそれを躱す。

剣は地面に叩きつけられ、巨大なクレーターを生み出した。

その土石や粉塵を避ける様に間合いを取り、そして俺は分身と共に三方から奴を囲む。


パワーで勝る相手に、わざわざ正面から打ち合う必要などない。

スピードによる手数と、戦術で対抗させてもらう。


「バラバラに散るんなら、一匹ずつ潰すまでだ!」


ガートゥが分身の一体に襲い掛かる。

良い判断だ。

本体はともかく、能力が半減している分身では奴の猛攻には耐えられないだろう。


だが初めっから耐えるつもり等ない。

狙われた分身は捨て、その上で奴の背後を取らせて貰う。


肉を切らせって骨を断つ!


俺と分身は【ダッシュ】使って一気に間合いを詰める。

奴の剣が分身を捕らえたのと、俺が背後を取ったのはほぼ同時だった。


分身はガートゥの一撃を防ぎきれず、真っ二つに引き裂かれる。


苦痛軽減レジストペインがあるとは言え、それは相当な痛みだった。

だが俺は歯を食い縛り、動きを止める事無く手にした剣を振るう。


「ぐっ!?」


分身の一撃は浅かったが、俺の方は確実に奴の肉を抉り飛ばす。

これはかなり効いたはずだ。


「オラァ!」


奴は振り返りながら、その大剣を横に大きく振って俺を狙う。

よく言えば豪快と言えなくもないが、実際は無理くりな太刀筋だ。


当然そんな物は俺には当たらない。

躱してもう一撃を奴の腕に加えてから、大きく間合いを離した。


……行ける。


パワーは確かに出鱈目だが、スピードはレアに比べれば全然大した事はない。

油断さえしなければ、今の俺なら問題なく勝てる。


「ちっ……潰しても増えやがるか」


俺が分身を補充するのをみて、奴は吐き捨てる。

だが言葉とは裏腹に、奴の表情は嬉しそうだった。


自分が不利だと言うのに戦いを楽しんでいる。

本格的な戦闘狂だな。


「なら本体を狙うだけだ!」


叫ぶと同時に奴は俺に向かって突っ込んで来る。

俺は攻撃を正面からは受けず、のらりくらりと躱す。


回避に専念さえすれば当たる様な事はない。

攻撃は分身任せだ。


「くそっ!うざってぇ!」


分身のパワーでは、この化け物にたいしてダメージは与えられない。

とは言え、背後から一方的な攻撃だ。

さしもの奴も、連続で受け続ければ流石に無視できるものではないだろう。


だが分身を狙えばその瞬間、本体おれからの強烈な一撃が待っている。


「降参したらどうだ」


「へっ!舐めんなよ!」


どうやら降参する気はない様だ。

奴ぐらい力があれば、状況的に詰んでいる事は分かるはず。

強情な奴だ。


それとも、形勢逆転の手があると言うのだろうか?

そんな手段が……あっ!


以前の奴との戦いを思い出す。

奴はあの時――


俺がその事を思い出すのと、ほぼ同時だった。

奴が何かを素早く呟く。


――それは魔法だ。


奴の足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから太い蔦が飛び出した。

俺は何とかそれを剣で切り払うが。

奴の背後にいた分身2体は捌き切れず、真面に直撃を喰らってしまう。


「ぐぅっ!?」


超いてぇ。

レジストペインが無かったら、確実に気絶していただろう。


「隙ありだ!」


痛みで一瞬動きの止まった俺に、ガートゥの剣が俺に迫る。

躱せるタイミングではない。

だが受け止めるのも不可能。


なら――迎え撃つのみだ。


相手も切り札を切って来たのだ。

此方も奥の手を出させて貰う。


「マジック!フルバースト!」


「ぬぅっ!」


此方の方が早い。

俺の渾身の一撃が、剣を振り上げてがら空きになっていた奴の胸元に突き刺さる。

その衝撃は奴を大きく弾き飛ばした。


「死なないとは思ってたけど、何て頑丈な奴だ」


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


ガートゥは吹き飛びこそしたが、倒れない。

肉の抉れた胸元を抑え、俺を睨みつけたまま唸り声をあげる。


「ふっ……はは……やるじゃねぇか」


彼は余裕を見せようとするが、その傷は深い。


「降参しろ。ガートゥ。怪我の治療をしてやる」


俺は降参を勧告する。

仲間にする為に呼び出しているのだ。

このまま戦いを続けて死なれてしまっては、元も子もない。


「おいおい……そりゃ何の冗談だ?本気を出すのはこれからだってのに」


まるで本気を出していなかったかの様な口ぶりだが、強がりだろう。

そもそもそうだったとしても、もう戦える状態ではない


まあスキル【生命力】を持っていれば回復可能だろうが……え?持ってないよね?


――不安という物は的中する物だ。


「ふんっ!」


目の前でガートゥの体がキラキラと輝き、胸元の傷が瞬く間に消えていく。


なんで持ってんだよ。

ざっけんな。


「さて、怪我も治ったしな。本気で行かせてもらう」


そう奴が宣言した途端、その体が緑色に強く輝いた。

一瞬目を閉じそうになるが。俺は目を細めるだけでなんとか堪える。

敵を目の前にして瞼を閉じるなど、自殺行為だ。


「これは――」


眩しい光の中、ガートゥのシルエットが変わっていく。

小さく、細く。


「――っ!?」


光が収まった時。

そこには緑色の肌をした、体を葉の様な物で身を包んだ女性が立っていた。


スタイルは筋肉質でありながら出る所は出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

そして色っぽい顔立ち。

明らかに先程までの化け物然とした姿からの変容に、俺は思わずつぶやいた。


「え?ガートゥって女だったの?」


「じゃあ第二ラウンド開始だ」


ガートゥは俺の言葉には答えず指をボキボキとならし、嬉しそうに笑った。

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