第5話 デモンストレーション

「ふむ……」


俺達は、教会の僧兵達が訓練につかう場所へと連れて来られていた。

かなり大きな長方形の建物で、造りはしっかりとしている。

足元には砂が敷き詰められており、その中央には大きな魔法陣が浮かび上がっていた。


この召喚陣は魔物を呼び出す物だろう。

フィーナの手紙に、訓練場にそういった物があると書いてあったからな。


何故魔物を呼び出すのか?


それは呼び出した魔物と戦う事で、ダンジョンに行く事なくレベルを上げる事が出来るからだ。

この方法で教会の人間は自分達のレベルを上げている。

但し呼び出せる魔物は中層レベルが限界らしいので、高レベルまで上げるのは厳しい様だが。


「デモンストレーションってのは、魔物とするのか?」


セイヤは無報酬で俺達を手伝ってくれる事になっている。

ベリーを保護し、更には邪神の眷属を討伐する為だ。

だが彼女をパーティーに迎え入るには、教会上層部に俺達の力を示す必要があった。


そのデモンストレーションのため、俺達はここにいる訳だが。


「それはないと思いますよ。雑魚を蹴散らしたぐらいでこっちの力を認めてくれるとは到底思えませんから」


まあ確かに。

中層レベルの魔物を蹴散らす位、少し腕が立てばそう難しくはないからな。

その程度で邪神の眷属を倒しうるだけの力を見せたとは、到底言えないだろう。


「来ましたよぉ」


この建物の出入り口は二か所ある。

俺達が入って来たのとは反対側の扉が開き、大量の僧兵がなだれ込んで来る。

彼らは大きく広がり、その後に紫色のローブを身に着けた一団が入って来た。


その最後尾には――


「おやおや、おデブさんですねぇ。生きてて恥ずかしくないんでしょうか?」


「だらしないべ。もしドワーフだったら一族追放物だべな」


金色のローブを纏った、恰幅の良過ぎる人物にリリア達が眉を顰める。

二人揃って言いたい放題だ。


まあ距離があるから聞こえていないだろうが――


「聞こえる所では、絶対口にするなよ」


彼女達がディスった相手は、この教会のトップだった。

流石にそんな相手の悪口を堂々とされたら、笑えない事態にになりかねない。


「私の名はガレン。教会の長を務める物だ」


一団は訓練場の中央付近まで来た所で停止し、代表であるデブが率先して口を開いた。

結構な距離があるのだが、その声はハッキリと俺達の所まで届く。

恐らく、何らかの魔法が施されているのだろう。


「君達の力をここで見極めさせて貰おう」


それだけ告げると、一団は横にある階段から2階部分の観覧席の様な場所に行ってしまった。

どうやら宣言のみで此方とやり取りする気はない様だ。


ま、いいけど。


少々横柄な態度ではあったが、別に彼らと世間話する気もないので良しとしよう。

リリアの失礼な発言も心配せずに済むし。


少ししてセイヤが姿を現す。

白である事には変わりないのだが、その服装はローブから動きやすい物へと変わっていた。


「中央に!」


観覧室から大きな声が飛ぶ。

中央に行けと言うが、一体どうするつもりだろうか?

まあ無視するわけにもいかないので、俺達は中央――魔法陣のあたりへと進む。


「アドルさんには、私と一対一の手合わせをして頂きます」


「へ?」


思わず変な声を返してしまった。

セイヤが強いだろう事はなんとなく雰囲気で分かってはいたが、まさか彼女が手合わせする事になるとは夢にも思っていなかったからだ。


「遠慮せず、全力でかかって来てくださいね。では」


そう言うと彼女は中央から下がる。


彼女は全力を出せと言ったが、俺のレベルは160だ。

しかも魔法職は一対一に向かないクラスである。

流石に手加減した方がいいだろう。


「マスター。ブーストはちゃんと使ってくださいよ?」


「なんでだよ?」


どう考えても使う必要はないんだが。

まあリリアの事だから、セイヤをボコボコにして格の違いを見せつけろって事なのだろうが……


「言っておきますけど……セイヤのレベルは300を超えてますからね」


「はぁ!?」


「ブーストなしだと、一方的に吹っ飛ばされておしまいですよ」


「いやいやいや、いくら何でもそんな話が――」


レベル300等ありえない。

何をどうしたらそんなレベルになると言うのか?

冗談でも無理がある。


「そんな訳があるんです。私が彼女をパーティーに加えるのを大賛成したのも、そのためですよぉ」


成程……それでか。

リリアはセイヤからパーティー加入の話を持ち掛けられた時、一も二もなく賛成している。


普段なら「パーティーに入りたいんですかぁ?額から煙が出るくらい豪快に土下座するなら考えてあげてもいいですよぉ」とか、皮肉の一つや二つ出てきそうな状況だったにもかかわらずだ。


少し違和感を感じていたのだが、その謎が解けた。


「あ、それとぉ。聖女さんは称号スキル【闘士】も持ってるんで、近接戦も出来るみたいなのでそっちも気を付けてくださーい」


それだけ言うと、彼女はテッラと共に後ろに下がる。


称号スキル二つに超高レベルと来たか……どうやら冗談抜きで、セイヤには全力でかかる必要がある様だ。


ブーストや肉体強化を発動させる。


「準備はいいようですね。では、私も――」


俺が一歩前に出ると、セイヤは懐から銀色に輝く手のひらサイズの小さな像を取り出した。

かたどっているのは女神だろう。

素材まではわからないが、見た事のない金属だ。


彼女はそれを額に当て。

軽く祈った後、頭上に翳した。


するとセイヤの手にした像が輝き、その光が彼女を包み込んだ。


「――っ!?」


光が収まり、中から姿を現したセイヤは、白銀に輝く鎧を身に着けていた。


「ふふ。これは聖衣サンクチュアリと呼ばれる教会の秘宝です」


「武器はいいのか?」


「ご心配なく。私にとっては魔法と――この肉体こそが最大の武器。アドルさんは私に遠慮せず、武器をお使いください」


リリアはセイヤが近接戦も出来ると言っていた。

闘士という称号は良く知らないが、どうやら素手で戦うタイプの様だ。


俺はストックからアドラーを引き抜き、構えた。


「では、まいります」


セイヤの足元が爆発し、俺との距離を一瞬で詰める。

とんでもない脚力だ。


「はぁっ!」


セイヤの突きを剣の腹で受けた。

普通なら拳を痛める所だろうが、そんな心配など無用と言わんばかりに彼女は拳を振り抜く。


「くっ!」


……とんでもないパワーだ。


体が大きく後方に吹き飛ばされ、剣を握る腕が痺れた。

間違いなくパワーは相手の方が上だ。

真正面から受けるのは止めておいた方がいいだろう。


「はっ!」


「ちぃ!」


再び間合いを詰められる。

俺は正面から真面に受けない様、彼女の攻撃を捌く。


……マジで強いな。


相手の攻撃を受流しつつ、此方も攻撃に転じる。

そのやり取りでハッキリと気づいた。

相手は本気を出していない事に。


ブーストした俺とセイヤでは、レベル的に大きな差はない。

つまりそれは、俺が地力で相手に劣っている事を指し示していた。


これが称号スキルの差。

持つ物と持たざる者――戦うための資質の差を痛感させられる。


とは言え――手がない訳ではない


俺には強力なスキルがある。

俺だけの力【幸運】によって手に入れた力が。


「――っ!?」


俺の一撃――正確には俺の分身が放った一撃がセイヤを掠め、彼女は大きく後ろに飛び退る。

一対一で敵わないなら、二対一でやらせてもらうだけだ。


「分身――素晴らしいスキルですね」


分身は一体だけにしておく。

もう一体出せば、動きが雑になってそこを突かれそうだ。


「では、此方も本気で行かせてもらいます」


再び突っ込んできたセイヤを、分身をサポートにおいて迎え撃つ。


明らかに先程までとは動きが違う。

だが分身との連携なら、十分受けきる事が出来る。


「派手なスキルを使うので、余り大きく動かないでくださいね」


セイヤの本気の拳を分身と俺の剣で受け止める。

その瞬間、彼女は小声で俺にだけ聞こえる声でそう呟いた。


「では、いきます」


彼女はその状態から大きく後ろに飛んで間合いを開き、地を蹴って建物の天井付近まで飛び上がった。

その体はまるで重力の楔を断ち切ったかの様に、空中で制止する。


「受けなさい!飛翔流星脚シューティングスター!」


彼女の足が白銀に輝き、その足を力強く突き出した。

到底蹴りが届く距離ではない。

だが彼女の蹴りは、銀の闘気となって俺を襲う。


「くっ!」


それを俺はギリギリで躱す。

だがその攻撃は一撃で終わらない。

寧ろ、それは数の暴力ともいえる攻撃だった。


彼女は空中で目にもとまらぬ速さで蹴りを乱れ打つ。

その一撃一撃が強力な闘気の塊となり、まるで流星の様に周囲に降り注いだ。


俺はその攻撃を――――ひょいひょいと軽く躱す。


そういやこれ、デモンストレーションだったな。

そんな事を思いだす。


彼女の攻撃は外側程密度が高く。

内側になる程その攻撃頻度は低かった。


ワザとだろう。

お陰で躱すのは簡単だった。


「おおっ!」


セイヤの攻撃が終わり、地上に着地する。

流星脚によって巻き上がった砂埃が収まり、無傷の俺と分身の姿が現れた事で観覧席からどよめきが上がった。


彼らから見れば、凄まじい攻撃を俺が無傷で捌いたように見えたのだろう。


「大した防御能力です。では、その攻撃能力はどうでしょうか!」


彼女が前方に両手を広げると、瞬時に強大な光の壁が姿を現した。

とんでもなく強力な結界だ。

それは魔法に精通していない俺にも一目でわかる。


「無詠唱!?いや、違うか」


セイヤは魔法を一切詠唱していなかった。

だがこれだけの魔法を無詠唱で行う事など出来るはずがない。

恐らく先程の攻撃――飛翔流星脚シューティングスターを放ちながら詠唱していたのだろう。


あんな強力な攻撃スキルを使いながら魔法詠唱するなんて、化け物かよ。


「さあ!私の結界を打ち破って見せてください!」


セイヤは俺の能力をチェックしている。

当然要求しているのはあれだろう。


俺は更にもう一体分身を増やす。


「いいだろう!行くぞ!」


結界に突っ込み、剣を突き出す。

と同時に――


「マジック!フルバースト!」


セイヤの結界と、俺の一撃がぶつかる。

だが貫けない。

まあこれは予想できていた。


一発でダメなら――


「「マジック!フルバースト!」」


分身二体が俺を挟み込む様にスキルを放つ。

三つの膨大なエネルギーが一つに纏まり、そして轟音と共に結界を突き破った。


あ、やべ。

やり過ぎたかも。


セイヤが偉い事になるかもと思ったが、彼女は既に退避済みだった。

それを見てほっと胸をなでおろした。


ま、破られる事が前提で張ったのだから当たり前か。


とは言え、俺の攻撃が消えてなくなった訳ではない。

結界を破ったエネルギーは轟音を立て、建物の壁に大穴を開けて消えていった。


「やっべ……」


勢い的に横の建物も怪しい。

俺は咄嗟に鑑定魔法で自分の経験値を確認する。


「増えてない……良かった」


実は、経験値は人間を殺しても増える。

確認した経験値は増えていなかったので、今の攻撃で人死には出ていない様だとほっと胸をなでおろす。


「見事だ」


デブ――教主からの声が場に響いた。

俺の攻撃の破壊跡を見て冷静なところを見ると、事前に人を避難させていたのだと気づく。


ま、そりゃそうか。

強力な結界をぶち抜く攻撃させてる訳だしな。


こうして力を認められた俺達は、パーティーメンバーにセイヤを加える事となる。

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