第2話 ゴブリン・ヒーロー
「え?これ?ゴブリン……か?」
目の前に現れたゴブリンは明らかに異質だった。
本来ゴブリンは子供の背丈程しかない、痩せた緑色の魔物だ。
だが目の前のそれの背丈は軽く2メートルを超えていた。
更にその体つきも、長い時を修練に費やしたかの様な太く分厚い筋肉に全身が覆われている。
ハッキリいって、別の生き物にしか見えない。
ドンッ!
「うぉっ!?」
地響きの様な鈍い音が響く。
それは目の前の巨体のゴブリンが、手にした片刃の大剣の切っ先を地面に叩きつけた音だった。
その切っ先は硬いダンジョンの岩盤を貫き、見事に3割ほどめり込んでいる。
「マジか……冗談だろ」
ダンジョンはとんでもなく頑丈にできている。
もし俺が剣で地面を切りつけたなら、逆に剣が折れてしまう程に。
恐らくダンジョンを傷つけようとすれば、レアレベルでもそう簡単な事ではないはずだ。
にもかかわらず、そんな場所に深々と大剣を突き刺すゴブリンの馬鹿げたパワーを見て、俺は思わず及び腰になってしまう。
「問おう!貴様が我がマスターか!」
地面に刺さった剣の柄に両掌をかぶせ、仁王立ちしたままゴブリンが口を開いた。
声は野太く、腹に響くような声だ。
ゴブリンは真っすぐに俺を見据えている。
その視線は俺を射抜くかの様に鋭い。
とても友好的な者のする眼差しには程遠かった。
……とんでもなくやばい感じがする。
「い、いや……」
この場には俺とリリアしかいない。
状況的に考えて、どちらかが奴のマスターである事は疑い様がないだろう。
だが相手から感じるプレッシャーの様な物に俺は怖気づき、後ずさりながら思わず言葉を濁した。
「そうですよぉ。この方が貴方のマスターですからぁ、ひれ伏してくださいねぇ」
何言ってんだこいつ!?
明らかに刺激してはいけないであろう相手。
そんな空気を一切読まず、リリアは容赦なく相手を煽る。
……マジ勘弁しろよ。
こいつが暴れ出したら洒落になんねぇぞ。
「なーにビビってるんですかぁ?相手は笛で呼び出された下僕ですよ。マスターなんですから、もっと尊大にしてて下さい」
「あ……ああ、そうか」
リリアに言われて思い出す。
召喚アイテムで呼び出している以上、奴がこちらに服従するという事を。
その余りのインパクトに、ついその事が頭から吹っ飛んでしまっていた。
俺とした事が、まだまだだな。
冷静な判断力は冒険者には必要不可欠な物だ。
その至らなさに、自分の未熟さを痛感させられる。
こんな不甲斐ないままでは、レアと合流しても足を引っ張りかねない。
気を引き締めていかないと。
「我が名はガートゥ!ゴブリンの英雄!ガートゥだ!」
ゴブリン改め、ガートゥはニヤリと不敵に笑い名乗る。
魔物であるためか、その笑顔は爽やかさなどとは完全に無縁だった。
どう見ても俺の命を狙っている様にしか見えない。
しかし、ゴブリンの英雄ってなんだ?
「俺はアドルだ」
「アドルか……いいだろう。貴様が俺の主に相応しいか試させて貰う!」
ガートゥが地面から大剣を引き抜き、片手でその切っ先を俺に向けて構える。
それは只の構えではなく、本物の殺気の籠った物だった。
「ふぁっ!?」
突然の殺気に、思わず変な声を上げてしまった。
目の前の魔物は俺とやる気満々の様に見える。
え?俺の下僕だよね?
「お、おい……試すって……」
「頑張ってくださーい!」
遠くから声が聞こえる。
振り返ってみると、リリアは遠く離れた場所まで退避していた。
一体いつの間に……つうかご主人様ほったらかしにして一人で逃げんじゃねぇよ。
「行くぜ!」
ガートゥが片手で大剣を高々と振り上げる。
その瞬間奴からさらに凄まじい殺気か放たれ、俺の背筋に悪寒が走った。
……受けたら死ぬ!
「ブースト!」
俺は迷わず【超幸運】のスキル、幸運消費ブーストを使用する。
「くっ!」
瞬間的に全能力が大幅に上昇し、目の前に迫る大剣を後ろに飛んで辛うじて躱す。
先程まで俺のいた場所に振り下ろされた大剣は地面を豪快に砕き、轟音と共に小さなクレーターを生み出した。
うん…………無理!
「おい!試すだけじゃないのか!?」
「弱い奴は俺の主に相応しくないからな。その時は死んで貰う」
やばい!
完全に俺を殺す気だ!
何とかしないと……
だが戦おうにも、そもそものパワーが違いすぎる。
スピードでかく乱するにも、相手の速さはスキルを使った此方と同等かそれ以上のように感じた。
真面にやったんじゃ勝負にもならない。
頼みの綱は――
「リリア!」
「マスター!30秒ほど時間を稼いでくださーい!それを閉じ込めるには、強力な魔法が必要ですからぁ!」
いつもなら一瞬で詠唱を終わらせる彼女だが、流石に目の前の化け物を止める魔法ともなると長い詠唱が必要な様だ。
しかしこの化け物相手に30秒粘れとか、無茶を言ってくれる。
だがまあ、やるしかないか……こんな所で死ぬわけにはいかないからな。
「
スタミナの消耗が激しいが、粘るのが30秒なら問題ない。
俺はスキルで身体能力をさらに高めた。
とにかく間合いを――
「行くぜ!オラァ!」
宣言と同時にガートゥが高速で踏み込み、大剣を横に薙いだ。
俺はそれを後ろに飛んで躱す。
「――っ!?」
が――攻撃を躱した筈の俺の体が吹き飛ばされてしまう。
攻撃が当たったわけではない。
奴の大剣から放たれる、強烈な剣圧に吹き飛ばされたのだ。
その剣速は先程よりも明らかに上がっていた。
どうやら最初の一撃は様子見だった様だ。
もし最初にこの攻撃が飛んできていたら、きっと躱せなかっただろう。
自分が真っ二つになる姿を想像して寒気が走る。
「くっ……」
態勢を立て直して地面に着地すると、もう既に奴は目の前まで迫っていた。
俺は【収納】から常備していたクラッシュボムを取り出し、奴の顔面に投げつける。
「あぁん!?」
だがクラッシュボムの爆発に奴は怯みもしない。
少しぐらい隙を作れるかと思ったのだが、全く無駄足だった様だ。
「オラァ!!」
「ダッシュ!」
【ダッシュ】を使い、奴の脇を抜ける様に走ってその斬撃を躱す。
背後で地面の爆発する様な音が響き、その衝撃に態勢を崩しそうにになるが、俺は何とか堪えて走る。
とにかく距離を取らねば。
だが離れすぎるのも不味い。
何故なら、ターゲットがリリアに移ってしまうかもしれないからだ。
「――っ!?追ってこない!?」
こちらの思惑とは裏腹に、相手の追って来る足音が聞こえなかった。
リリアに向かったのなら不味い。
そう思いながら足を止め振り返ると、その場から動かず此方に向けて手をかざすガートゥの姿が見えた。
リリアに向かった訳ではないので一安心だが――
「なんだ?何をする気だ?」
ガートゥが何か小さく呟く。
次の瞬間、奴の足元が輝いた。
……魔法陣だ。
「魔法を使うのかよ!?」
どう見ても相手は脳筋パワータイプにしかみえない。
だがそんな思い込みを嘲笑うかの様に、奴の足元から巨大な植物の
蔦の太さは直径1メートルを軽く超え、最早蔦というよりも幹に近い物だ。
その三本がぐにゃりとうねったかと思うと、信じられない速度で此方へと突っ込んで来る。
「ざっけんな!」
走って逃げてもすぐに追いつかれる。
そして追いつかれれば、背を向けて走る俺には成す術がない。
そう判断した俺は、それを何とか躱そうと引き付けてから横っ飛びする。
だがそのうち一本が横にぶれて俺に迫った。
このままでは弾き飛ばされてしまう。
俺はそれを咄嗟に剣で受け止める。
が――
「ぐぁぁっ!?」
受けた剣は容易くへし折れ、蔦が俺の体を鞭の様に打つ。
その衝撃で胸に付けていたプレートメイルが抉れて弾け飛び、俺の体は大きく吹き飛んでダンジョンの壁面へと叩きつけられてしまった。
「ぐっ……がはっ……」
背中を打った衝撃で呼吸が出来ない。
息が詰まり蹲りそうになるが、ここで止まれば待っているのは死だ。
その証拠に、魔法の蔦は軌道を変えて吹っ飛んだ俺へと突っ込んで来た。
とにかく……躱さないと。
だが、体が俺の意思に答えてくれない。
さっきの一撃のダメージは、思っている以上に深刻な様だ。
「く……そ……」
必死に足掻くが、逃げる所か一歩も動けない。
「こんな……所で……」
絶体絶命だ
リリアの魔法に期待したいが、恐らくまだ20秒も経っていないだろう。
魔法の蔦が高速で目の前に迫る。
この攻撃を受ければ……俺は間違いなく死ぬ。
「嫌だ……」
こんな所で死にたくない。
俺はフィーナを助けなければならないんだ。
なのに……試しに吹いた笛のせいで死ぬなんて……そんなの……あんまりだ。
だが、後悔しても後の祭りだった。
ごめん……フィーナ……
俺は死を覚悟する。
悔しいが……俺の人生は……
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