第145話 順子さん

「自由な感じがする」と、洋子ちゃんも千秋も、文子ちゃんも言うし

最近の子も言う。(友里恵ちゃんとか、由香ちゃんね。17歳の時。俺はその時

43歳だったかな)。


その理由は、やっぱり親が自由だったからだと思う。

父は好き勝手に生きてきたから、俺の事を束縛しなかった。


不思議である。兄と母は束縛したのだが・・・・。

まあ、俺は理論武装していたので父でも議論で勝てなかったのは

あるかもしれない。(子供の頃からそうだったので・・・後々、東大教授も

論破してしまい、それで仕事が無くなったりした(^^)。



オートバイは、そんな自由の象徴なのかもしれない。


80年頃はそういうハッピーな人が多かったように思う。

「ブルータス」みたいな雑誌でバイクを特集したりするくらいで。




無線の仲間で、ひとりSRに乗っている奴が居て。

アルミ・タンク、バックステップ。セパハン。コンチ・マフラー。


Uと言う奴だ。



背は小さいが、正直で明るく、ケンカが強い。


私立の、市内でレベルが低ーい方から2番目の高校に行っていたが

中退し、タバコを輸入して卸売りする・・・と言う仕事をしていた。


彼に、時々箱根であったりすると、楽しそうに大きな声で「おーい!!」と、手を振る。



俺も楽しくなる。


国道1号とか、十国とか。



XVを見つけると「おー、すげえー!」と、にこにこして笑う。



でも、俺がタンデムの時は声を掛けない(笑)。

すれ違っても手をあげるだけ。



この当時は「ピースサイン」と言う習慣があって。


ライダー同士はすれ違うときにVサインを出すのが流行ってたので




それをしたり。



ハング・オンしながら右手で出したり、コーナーだと。





XVは、低重心なのでハング・オン(当時はそう言った)が決まる。

前輪19インチだから、慣性が大きいのもあるけれど。


低いエンジン・ミッションを押し出すように足で外に出す感じで

自分が内側に入る。


楽しいコーナーリング。




夜走っても、20cmφの大きなライトは明るくて、楽だった。

新しいオートバイは、いいものだ。


SR400の時もそう思った。



1979年、5月17日。


高校3年になってから、お金が20万円貯まったので

それを頭金にして、残りを10回払いにして買ったのだった。




そんなことを思い出しながら。



XVは62万円と高価で、日本では殆ど売れなかったらしい。


だが、HY戦争が起きて。売れないバイクを叩き売りして・・・。


一時は36万円まで売価が落ちた(笑)。




でもまあ、お金じゃないものね。




それで、1981年の初春は

ヤマハ純正ウィンタージャケット(笑)を着て走っていた。

トリコロールカラーの鮮やかなもの。


実は、千秋の分も買っていたりしたのだけれども

まあ、それは秘密で・・・今でも押入れの奥に仕舞ってある。



それを着て、千秋と一緒に行った場所とかを回ったりもした。



よく行った、JBL L220のあるオーディオ喫茶の

美人の奥さん(山本潤子さんに似ている)。は



「あら、新しいオートバイね・・・シルヴァー。ステキ」と・・・。

表まで見に行ったりして。



ダンナサンは、にっこり。(増尾好秋さんに似ている。髪は短いけど。フランスで

料理の修業をしてきた・・・とか)。


マランツのヴォリュームを絞って、レコードを架け替えたり。



サテン・ドール。だった。



グレイト・ジャズ・トリオの。最初の頃の録音(と言うか、この頃は1期メンバーだった)。


さらさらとしたハイファットの音が爽やか。



おふたりとも、なんとなく・・・千秋のことは言わない。

誰かに聞いて、知っているのだろう。




そういうツーリングも、また、いいものだ。



俺の心の中のどこかに、千秋がずっと居るような、そんな気がしていたから

淋しい、とは思わなくなっていた。





それで思い返すと・・・・・。そういう、喪失の思いは

もっと前にもあって。



俺が4つくらいの時、日吉に住んでいた。


日吉本町の、丘の上で

団地ではなく、戸建の住宅が何軒かある辺り。


丘の向こうに下田小学校があり、CO-OPがあった。



坂道で・・・・。


土の道で。なぜか小柄なスポーツカーが、時々通りすぎる。




近所に、かわいい、やさしいお姉さんが居て。

セーラー服を着ていたから、中学生だと思う。


その人が、お母さんのように俺と遊んでくれていて。


その人の香りをよく覚えている。



抱きしめてくれたり。撫でてくれたり。




嬉しかった、楽しかった。


順子さん、と言う名だと後で知った。


いつも、夕方になると家に戻っていって。


芝の植えてある、綺麗な白い家で

時々、ピアノの音が聞こえてくる。




それが・・・・ある日。



突然。来なくなった。



何が起こったのか、俺にはわからなかったが・・・・。



皆が悲しんでいることは解った。




俺に見せないよう、母は俺を表に出さない日があったが

今思うと、それが最後の別れの日だったのだろうと思う。




ただ、ただ・・・・俺は淋しかった。

そのことをとてもよく覚えている。



それからだろうか、俺はすこし臆病になって

あまり、ひとに懐かなくなった。


好きになったら、いなくなってしまうのではないかと

幼な心に思ったのだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る