心臓スピーカー
心臓を握り締めて好きですと言ったら梓と交際することになり教室からの帰り道を歩いた。嬉しくて鞄に助走つけて夕焼け遮る橋をすたすたして美味しい空気が吸えた。梓と家が近ければもっと充満した時間になったかもしれないなぁと心残りを残さず食べて家に着く。直接言うのは頭への輸血が甚だしかったけど梓の驚いた顔と真紅の顔が見れて幸せな心持ちになれたので良かった。部屋の中を閲覧しても梓と出掛けた際の土産の品々が棚や机に飾られていて懐かしいかつこれだけ経って関係が進化するとは思っていなかった。梓への意識が衝動的に膨らんだからした告白だけど今までだって一緒だったから特別なことはない、強いて言うなら梓の全部が特別かなと思いながら部屋の中で寝た。
昨日から覗いた明日になって梓と出会うため秋葉原の西口に降りた。梓は好みの型の軸が二本なので予てから通い詰めているのは知っていたし何度か連れ添ったことすらある。大胆不敵な私は旧友につきイレギュラーだから好かれたんだろうと保留して、しかし関係が変わったところで行く宛は該当しない街頭だが厭うことはないと思う。お互いの家とか映画館とかも装飾として優秀だろうけど既に梓と経験済みだし、歩き慣れた秋葉原の方が私達にとって恋人らしいに違いない。何より梓が喜びながら私を誘うのがブックマークしたいほどお気に入りだから、私はこれからをリーディングリストに追加するように梓を待つ。梓は私と遊ぶ際、更新するとデートする際、大概私より遅れてくる。待ち時間含めて愉快なデートの一部なので気には病まない上、梓のルーズな性格も好きだと愛が深まるばかりだ。駅の壁に寄りかかってそんな独白をする。
痴漢防止ポスターに嫁自慢すること十五分四十五秒、「よっ」南中した日にそぐわある挨拶がされた。張り紙が伏線だったら駅員を恨む場面だけど下衆の勘繰りだったらしくそこにはちゃんと梓がいた。「やぁ昨日ぶり」梓の小さい身体から発芽した髪の毛の撥ねっぷりを見納めて言う。梓曰く寝坊ではなく癖毛が原因だそう。その梓の今日のコーデは網に編まれたチェック柄にデニムを仲間入りさせた戯けるくらいあどけない格好。大気圏を抜けたら通じそうなセンスを容姿が補完していて誰かに襲われないか心配になるなら私が襲うべきかと思った。すると急ぎ早にじゃあ行くよ、と行こうとした梓がいたのでその肩をおいおい、とクレーンゲームらしくがっちり握る。何、頭を傾げる梓の胸元に手を献上する。「手握って行こうよ」迷子になるといけないから、というより常に癒着していたいから言うと「おうおう」梓は葡萄狩りほど躊躇いなく摘み、皮に果汁を発汗させる私を果樹園の奥地へと導いた。改札に定期を叩きつける際は二人で一つとは問屋が卸さないので縦に変態して、柱が連立する出口から日向へ出た。お日様の下公然と逢引するのは晴れ晴れしいもので、これが私の彼女だぞと道行く人に暗示をかけつつ梓に倣う。巡礼や賽銭する店はこうして梓が案内するのが慣例だけど何年も同伴していれば自ずと憶えた。駅から近い順に三店舗訪れるのが伝統で後はその時々のイベントや梓の興味で移ろう。ちなみに私も梓に感化されてその類に見識はあるけど梓を主導することはない。何より梓が最高で梓の興奮を尊重したいからねと確認しながら色で比喩する所の橙色に入り藍色を登り緑色を降りた。梓が新刊を手に取っては私に販促し私はその内二、三冊を買うという普段が続いたので早送りしたけど梓のはしゃぎ様が眼を保養したことはここに記す。本体に拘り過ぎて描写を忘れていたリュックサックに漫画と同人誌を監禁した梓は、ほら、と梓から肘を伸ばす。関係を意識してか現れた梓の積極性が貴重で、素直に繋ぐのが勿体なくすらあるけど難なく取った。梓とこうできる現状を意識して動悸がドラム缶のように転がった。
買い物が終わると時刻は二時を回り空には虹が半周する。昨日一覧にした作品を入手し、かつ恋人である今何処へ行こうか、異国情緒溢れる電気屋の前で二人悩むと梓が「久しぶりにメイド喫茶行く?」という案をくれた。鮸膠ないカップルだったら亀裂が炸裂するかもれないが親しみ深い私等にとっては何てことないので「いってらっしゃいませお嬢様」と賛成した。「いや一緒だろ」順当に添削されたら喫茶を内蔵する場所へ二人三脚する。地上だけど地下みたいな階段を踏んで藍色と背比べすることができる建物の中層に顔を出すと、ファンシーな甘い香りがあった。実家の分家のような懐かしさに浸る間なく梓と店内に進撃し、メイドのサービス営業が始まる。土曜だからか席は虫食いで恋人らしき二人組はまずいない。秋葉原の中核が一望できる席で卵料理を頼み、初デートの昼食に適う味を待っていると従者が運んできて愛情がどうたらと言って赤い液体を点滴した。只の食事処として扱っていた私は僭越だなぁと思い、いきなり浮気は許すまじと互いに愛情を上書きして食べた。メイドの隠し味は混ざっているけどそれは愛敬。そして最後まで調理以外の給仕をさせずに腹拵えと談笑をした私と梓は喫茶を退去した。
時間も一煮立ちして良い頃合となり西口から構内へ引き返す。帰ろっか、梓が言うので秋葉原の用事はここまでにしてエスカレーターに搭乗する。出会ってから動脈の延長上にある梓の腕の変わらない温度を繋ぎながら黄色い線を飛んだ。私は梓を優先したく梓は私を優先したいはずなので優先席に座り、壁側の梓へもたれかかる。その際宝物みたいに抱えたリュックが顔に当たって痛かったため、脚で支持するよう指示した。
梓がこの類に嵌った時期は私との顔合わせ以前だと言う。確かに大量の漫画を常に携帯していたり密かに授業中それを読んだりと、梓の行動は昔から一貫している。長年の付き合いだから梓のそれについての愛は腐るほど見てきた。
だが同時に、今の私から見て明らかに、梓は生身の人間を嫌っている。何故なら梓は教室の中でも私以外と一切接さない。似た趣味を持った奴らが話しかけても適当に遇う。それが負の意思か単に面倒だからかは訊かないから知らないけど、事実として梓は人を鬱陶しがる。私は梓のその性格を悟った上でそんな梓すら好きだから玉砕覚悟で昨日交際を申し込み、一か八かの賭けには勝利したが当然のように謎が残る。
梓は何故私という人間を認めるのか。何故数年間一緒にいてくれたのか。梓の一貫性からして答えは分裂しないはず。私が予想するに梓の中には人を分類する基準があるのだと思う。そして私はそれに受かった。さっきのメイド喫茶もきっと同じ経緯だ。メイドと私を同じとする訳ではなくとも他と違うことについては共通していると梓は思っているのだと思われる。ではその差異は何なのか。恋人を盾にして追究できる今、梓のことを深く知るためには梓のボーダーラインを探らねばならない。
だからその前に、私から隠し事を晒そう。
「ねぇ梓」
「ん?」
「今から告白するから、慎重に聞いて」
「……昨日のとは別の?」
頷く私に梓はやんわりと唇を動かす。
「いいよ、言って」
私は唇を湿らせて告げた。
「あのね、私は意識するの。他人の存在を意識することができるの。できるというかしちゃうの。他人が近くにいるとその身体を意識しちゃうの。私が意識すると意識された他人は決まってそわそわしだして、呼吸が乱れるの。視線を感じる、っていう現象があるでしょ?あれの上位互換みたいなものなの。それにね、別に身体を見なくても意識できるの。他人がいるという状況を切っ掛けに私の意識が発動すれば後は意識はずっと続くの。私が抑えようとしたところで私の理性に関わらず意識は続くの。私が言う意識は理性や感情じゃなくて、もっと根本的な意味なの。もちろん私にも理性や感情はあるけど意識はこの世界で私しか持っていないと思うの。この現象は私にしか引き起こせないの。私の意識は簡単に言えば他人をおかしくできるの。生きる上での調子を狂わせることができるの。例えば黙らせたり疲れさせたり咳き込ませたり尿意を催させたり眠くさせたりできるの。これは相手が一人でも集団で通用するの。きっと半径何十メートルかの範囲に及んでいるのか、それか人から人へ伝達しているんだと思うの。超能力って言うと大仰だけどとにかく私にはその力があるの。私がこの能力に目覚めたのは七年前で、成長して頭が良くなるにつれて生まれた副産物がこの意識だと思うの。目覚めた頃は私が意識すると皆私から無言で離れていって、皆は私が意識したことによってそうなっているんだって気付いていないし気付けないらしいから私も私で私のせいか確信できなくて、だけど私が意識するとそうなるから何となく辛かったんだけど、今は経験を積んでとっくに分かっているの。私が意識すれば他人が乱れるのは絶対なの。絶対だと分かれば不安にならないし謝罪の気持ちもないの。むしろ意識することで他人を操れるからそれが愉快で爽快なの。だからね、私の意識に適うものはないと思うの。実際私が会ったことのあるどんな立派な大人でも、私が意識すればその人は気怠そうにするの。私の意識が他人の精々知覚程度の認識に勝つの。どんなに高度なアイデアを組み立てる天才でも意欲が削がれれば終わりでしょ?私にはそれができるの。あらゆる人間の心模様を悪天候にする、私はある意味最強なの。だから私にとって人類なんて、皆下らないに違いないの。意識したら、皆沈むもの。」
電車の締まる噪音が孤独を際立たす。
「だけどね梓は違ったの。違うの。私が意識しても梓は変わり映えしないの。私が梓の身体を常人だったら壊れるほど意識しても、秋は息一つ乱調せずに接してくれているの。初めて会った日からそれが変わっていないの。何故なのかは脇に置いて、私はそれに感動したの。私の意識が通じない梓に魅力を覚えたの。私以下の多勢の他人の中で梓は例外で特別だったの。だから私は梓と友達でいられたの。でも私は意識を止められなくて梓のことを意識しちゃうから、ついこの前梓と恋人になりたいと発想したの。恋人になれば恋人らしい距離で意識できるもの。だから告白したの、という告白なの。これが私の真相で深層なの。」
「……ふーん、そうだったんだ」
徹頭徹尾私に注視していた梓はここで漸く視線を逸らす。
「今まで隠していてごめんね」
そして梓の胴体に膝行る私を上から見つめる。
「こうやって意識して梓の体内の心臓を聴いて不整脈じゃないか確かめたくて、今聴いたら綺麗な拍動をしているから、梓は思った通り素敵なの。私も梓の生きる命を意識するのが私らしくて素的なの。梓といると意識が無害だと錯覚するくらいに。」
赤黒い服に耳が擦れる近さに私の胸は勢いを増す。だけど梓は害悪を貰い受けない安定した鼓動を聴かせる。
「梓は私の意識に迷惑したことなかった?」
「全然ないなぁ」
「教室の雰囲気が重くなる現象も私のせいなんだけど」
「周り見てないから分かんない」
単調に反応する梓に感化されてストッパーを外す。
「ねぇ梓。梓を意識していてちゃだめ?」
友達程度だったら頼めない頼み事が口から出た。意識の話を露出したのはこれが初だから必然だろうけど。
「別にいいよ」
梓は悩む間と素振りなく墨を付けた。私の意識が嘘だと思わせるようにあっさり言った。その表面的な優しさが冷たくて安らぐ。ありがと、梓の胸骨に訴える。
息を吸飲したら、本題を漏洩する。
「梓って人間嫌いでしょ?直接かはどうであれ趣味はそれと関係あるよね?」
「…………まぁ」
「実は私も人間嫌いだよ」
「脈絡を考えればそれは想像できるけど」
「梓のその性格と私との波が合うから私の意識は効かないのかもね」
効かないことで個人的になる話を前座にして、年季の深入りが示唆しない領域を侵す。
「じゃあ何で私の好意を認めたの?」
大股で侵入すると、梓は稀なことに瞼を痙攣させて声を行き詰まらせた。その様子に憂慮した私は梓に取捨を持ちかける。
「ならメイドと私、どっちが好き?」
「お前」
即答。
「漫画のキャラと私、どっちが好き?」
「、お前」
これはやや即答。
「本当に私のこと、好き?」
心臓の音を聴きながら本命を尋ねる。別に本当は何と比べて好きかどうかは鍵じゃない。尋問の調子を整えただけだ。
すると梓はいつもの平坦な心拍数で、けれど何処か赤い顔で言った。
「好きだよ」
その後はぁと溜息を譲り、恥ずかしくて言い辛いんだけど、と頬を掻きながら真下に呟いた。
「お前と一緒にいると心臓が癒されるから」
そう言って照れ隠しのように私の頭を抱きかかえた。嬉しさに包まれて、私は梓の胸に顔を埋めた。
誰もいない電車の席、梓の拍動だけが聴こえた。
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