第28話 薬師マジョルカ

 スナ達とのお茶会から一週間。

 ちびトレントの巣の卵は未だ孵らない。


 冒険者ギルド シホロ東ダンジョン出張所で伝言板を確認したが、スナからの伝言は無かった。

 ついでに手持ちのダンジョン素材の中から依頼が出ていた物を納品し、シホロ町へ転移した。


 ◇◇◇


『マジョルカ薬局』

 解睡眠薬『眠り姫にキス』を作った薬師の店だ。


「……」

 店先に、信楽焼しがらきやきのタヌキが。

 異世界でこんなの買う人いるかな?と思っていたが、ここにいた。

 領都ニカで並べた商品がシホロ町にあるとは。


 店の場所はシホロ町中心部からは外れている。外壁はショッキングピンクの花模様。

(この色の塗料あるんだ。…怪しいお薬専門じゃないよね?)

 ドアの横に、冒険者ギルド提携薬局のプレートがある。良かった。


「いらっしゃいませ」

 店内は独特な匂いがする。


(この女性がマジョルカさんか)

 年齢は50~60代? 中肉中背、白髪混じりの黒髪をお団子にまとめている。

 そして、見覚えがあるセーターを着ていた。

 こんなの着る人いるかな?と思いつつ並べた猪鹿蝶の商品だ。マルチカラーの毛糸で編まれていて目がチカチカする。


「こんにちは。シホロ東ダンジョンに潜る冒険者向けの薬を一式揃えたいんですが」


 店はドアを開けたらすぐにカウンター。カウンターの後ろには、小さな引き出しがたくさんある薬箪笥と、瓶が整然と並んだ薬棚。

 外壁と店主の服装に反して、店内はすっきりしている。

 壁は白く、飾りは一切無く、木製のカウンターと箪笥と棚、客用ベンチがあるのみ。

 店舗スペースは狭いが、カウンターの奥の作業スペースは広そうだ。


「ダンジョンのどの辺りでしょう?」

「22階層から30階層に対応できる物をお願いします。数は、使用頻度が高い物は10個、他はお任せで」

「アイテムバッグはお持ちですか? 薬には使用期限がございます」

「持ってます」

 

 薬を揃えていく店主を眺める。

(普通だ)

 もっとトリッキーな薬師を想像していた。服は普通じゃないけど。って猪鹿蝶うちの商品か。


 カウンターで店主から薬の説明を受ける。

 回復用、各種状態異常用のポーション・錠剤、傷薬、鎮痛剤、風邪薬など。

 鑑定すると、どれも品質が(優)だ。

 高品質だからか、値段は相場の1.5倍ほど。冒険者割引で一割安くなる。冒険者ギルド提携薬局は、冒険者ギルドから素材を仕入れる際に優遇されるようだ。


 どんな商品名が並ぶかちょっと期待していたのだが、異色なのは『眠り姫にキス』だけだった。


「その薬は息子が名を付けまして。ラベルも息子のデザインで」

 私が解睡眠薬を見ている事に気付いた店主が、嬉しそうに話し出した。

 

(息子のセンスだったのか)

 息子は領都ニカで支店を出しているらしい。


 会計後、店主がサービスでお茶を出してくれた。

 店内のベンチに座って、ジャックオランタンの形のカップで薬草茶を飲みながら、延々息子自慢を聞かされる。


 猪鹿蝶のお得意様ですからね。スキル《聞き流す》を使ってお相手しますとも。

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