第192話・朝倉隊のひと揉み。


浅井軍 赤尾清綱


「出陣せよ、朝倉軍と合流する!」

「出陣!!」


 やれやれ、朝倉様の援軍を命じられたとは言え難儀な出陣じゃな。浅井家の中では親朝倉派と言われている儂でも今回は気が向かぬ。


 そもそも義景殿は何故こんな少数で出てくるのだ。降雪に尻込みしているのならば来年にすれば良いのだ。少数では南近江は絶対に落とせぬからな。まあ相手が山中では朝倉の全軍でも敵わぬのははっきりしている。


「此度は浅井の戦では無い、後方支援に徹して兵の被害を抑えよ。危うくなったら逃げ戻るのだ」


 これが殿からの厳命だ。我が軍は朝倉方の援軍とは言え山中とは戦わぬ。そこが難しい。連れて来た兵のうち半数はただの農民で、残りの五百は負傷兵だ。こんな状況で戦える訳は無い。もっとも半数は偽装だがの。


全く厄介な出陣よの。




「おう、赤尾殿が来てくれたか。援軍忝し」

「義景様、ご壮健そうで何よりで御座いまする」


 我らは菖蒲嶽城を背に山沿いに布陣している朝倉隊に合流した。こちらが少し高みから一丁半ほどの距離に山中の陣城が良く見えている。


「赤尾殿、よう見えられたな。しかしあの城は異様ですな・・・」

「赤尾殿、暫くであったな。某、あの城を見て頭が真っ白になり申した・・・」


「これは魚住殿、真柄殿。お久しぶりで御座る」

あの陣城を前に、朝倉隊の戦上手のお二人が意気消沈しているようだ。あの縦横六町・切岸と柵だけの広大な城は異様な迫力がある。

単純明快で考える余地も無く、ただ突撃して斜面をよじ登るしか攻め手の無い今までありそうで無かった、誰もが初めて見る形の城だ。


ところが義景様一人は違っていた。

意気消沈どころか妙なやる気が出ているのだ。


これは…ちょっと困った展開だぞ…



「あれは確かに大きいがこれ程工夫の無い城は初めてだ。つまり取り立てて策を考える必要も無かろう。赤尾殿、浅井隊がこの陣城を攻めた感じはどうだったのだ?」


「…某は攻めてなどおりませぬ。ですが見ての通りの単純明快な縄張りで御座いまする」


「ふむ、浅井殿ともあろう者が、こんな単純な陣城などに手こずるとは思えぬな。敢えて放置している理由は何か?」


 …まさか、義景様は山中隊の強さを知らぬのか?

この城は少数の兵では手も足も出ぬ事は、一目瞭然だろうに…


 それに放置しているのは何かだとは我らを愚弄しているのか、さすがに親朝倉派の儂もちょっと腹が立ってきたぞ。


「単純明快ゆえに難攻不落、見ての通りで御座いまする。精強な山中隊五千が籠もるこの城は、浅井の全軍二万でも手も足も出ぬ故に放置しているので御座いまする!」


 ……言ってしまった、見て分からないのかと…


「…浅井の全軍二万でも落とせぬだと、真柄、どう思うな?」

「はっ、拙者も些か手強き城かと感じまする」


「そうか。魚住は?」

「某も同様です。五千の籠もる城を攻めるのには、些か兵が足りぬかと」


「しかし、ここまで来てスゴスゴと引き返しては朝倉の名が廃る。前波、敦賀勢でひと揉みしてみよ!」


「えっ、某が…分かり申した」


 なんと、僅か五百の勢に攻めさせて様子をみるか。まあ五百ほどが取り付こうとしたところで磯野殿の様に追い払われるだけだろう。山中隊がどう出るか試すのだ…我らに被害が無ければ良いとするべきか。



「突撃!!」


 前波殿は悲壮な顔をして、城の四角形の角を目がけて縦列で突撃した。先頭は弓矢を防ぐ盾を重ねて防御している。成る程、さすがに考えておられるな。どうなるのか某も楽しみだわ。


 城の手前の矢倉川を渡っても敵の攻撃は無かった。前波隊を見る兵の姿が視認できる。気づいていない訳では無いが…まだ応戦が無い。


 何故だ…


「何だ、何故反撃してこない。魚住、何故だ?」

「某にも訳が分かりませぬ…」


 前波隊は城前面の傾斜に取り付いている。だが、土の傾斜は取り付くところも無く滑ってなかなか捗らぬ。そこに矢でも礫でも飛来すれば退却せざるを得ないだろうが、山中隊にその様子は無い。


 それを見て某は、ある予想が湧いて寒気がした。


「…魚住殿、もしこのまま前波隊が城中に侵入すればどうなりますか?」


「それは…、何も無いだだっ広い城内に入れば、多数の城兵に取り囲まれて・・…! 殿、このままでは前波隊は全滅しますぞ。退却の合図を!!!」


「むっ…、そうか。退却だ、退却させよ、急げ!!」


「どーん、どーん」と退却の太鼓が打たれた。前波隊は突撃したときよりも素早く帰ってきた。あのまま行けば、なぶり殺しに会った事を悟ってか、兵の顔はみな血の気が引いて震えていた。民兵の多い敦賀勢五百は寄り添うように小さく固まって恨みの籠もった目でこちらを見ている……



「済まぬ前波、儂が浅慮であった」

「いえ殿、それよりも山中隊とは恐ろしい者たちですな…」


事を悟った前波殿も震えている。

 …まさに、某も震えが来たわ。まさか突撃して来た敵に反撃もしないとはな、城中に侵入すれば、倍する敵も瞬時に倒すと言う山中兵が待って居るのだ。


 つまりは、只だだっ広いだけの城に例え味方五千兵が侵入しても相手にも成らぬと言う事だ。


 そんな城など聞いた事が無いぞ…


「義景殿は山中隊の事をどれ程ご存じですか?」

「知らぬ。三好の陪臣でどこの馬の骨とも知れぬ奴だ」


 やはりそうであったか。先陣とはいえ僅か一千で乗り込んで来られたのだからな。


「殿、我らも陣を作り後続隊と援軍を待ちましょうぞ」


「む、相解った。魚住、適当な場所に陣地を築きそこで後続隊を待とう」

「畏まりました」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る