第190話・若狭街道の拡張。
永禄六年十一月下旬 若狭街道 水坂峠付近 山中隊・隊長竜玄
「皆様方、峠までいま少しで御座る。気張りませい!」
「「「 おおーー!!! 」」」
街道整備も大詰めだ。山中家が音頭をとって若狭から高島までの街道を両国が同時に整備することになった。
高島領内は高島兵と山中隊が拡げて、若狭領内は若狭兵二百を山中隊五十で指導しながら整備して来た。それも三日目、あと少しで国境の水坂峠だ。
南近江が山中国となって、若狭と高島が太い街道で結ばれると北回り廻船の荷を若狭から近江に運ぶ事が可能となるのだ。およそ十里の道のりは馬車ならば一日で近江に到着する。我らの生活物資や給金も近江山中国から運ばれてくるようになる訳だ。
この三日で若狭兵も土木作業に慣れてきたし、寝食を共にする内にすっかり打ち解けてもきた。そういう意味でも実に良い事業であったわ。
ん、峠から若い武士が駆け下りてきたな。あれは…
「竜玄どの、しばらくで御座る!」
「おお、生子どのか。近江に来ていたか」
特務隊の生子殿の御嫡子の生子義澄どのだ。五條で修業をしていたが今回の近江遠征に加わっていたようだ。
「はい。藤内様に願って連れて来て頂きました。今回は街道整備の指導と言う初めての大役を承りました」
「左様であったか。ご苦労でござるな」
うむ、五千もの兵が入った佐和山北の陣城には、人手の余裕があろう。それで若手を出して経験させていると言う訳だな。こういう若手が次の世代の山中国を支えるのだからな。良きかな…
「高島側が早かったか…」
「はい。殆どが平地で簡単な整備で御座りました故に」
それは若狭側も変わらぬ。殆どが平地で山道はこの峠界隈ぐらいなものだ。街道は馬車が余裕をもってすれ違える幅三間以上に拡げて土を固めてきた。高野山の参道整備比べると造作も無いことだったわ。
峠には高島と若狭の両関所がある。その間の広場に両国の兵が左右に分かれて並ぶ。両国の代表が進み出た。
「我ら山中家を通じてはじめて協力して街道普請を致した。今後は両国の荷駄が行き交うことになる。宜しく頼みますぞ」
「こちらこそ宜しく頼みまする」
船で運ぶ荷は膨大なものになる。十や二十の荷駄では足りぬ場合も出てくるだろう。そこで両国の話し合いの結果、荷駄隊が双方に行き交い、その荷駄には煩わしい関料を取らぬ事になったのだ。荷駄賃は山中国からまとめて両国に、個別の荷駄賃は両国から荷駄問屋に支払われるという仕組みだ。
「まもなく殿からお祝いの酒肴が届きまする。皆様方はその場で寛いで下され!」
生子どのの言うように、峠を登ってくる荷駄隊が見えている。初荷駄だな…ん、やけに長いな……馬が引く荷駄が何十も続いていて、その最後尾が見えない。いったい荷駄隊は何を運んで来たのだ…
「生子どの、やけに荷駄が長いが…」
「後続の荷駄のうち最初の一台はここで飲んで頂く酒肴の荷駄で、後の十台は後瀬山城への御礼の米、後は阿納尻への荷で御座る」
「なるほど。阿納尻への荷は何であろう?」
「はい。米俵・・で御座いまする」
「おお、米か…?」
何か変だ…阿納尻には兵糧は充分にある。生子どのが片目を瞑って合図しているわ。ここで、皆の前で言うことでは無いと言う事か・・
「おおおぉぉぉーーー」「女が・・」「なんと・・」
と、領国の兵たちの響めきが場を埋めた。
馬で引かれた荷駄が入って来た。馬上の御者は女で、しかも荷駄の後には十名ほどの女衆が続いている。皆、揃いの野袴に紺の小袖という武者姿に脇差しを差した魅力的な女子ばかりだ。その渋い着物が色白の女たちの魅力を一層引き立てている。
峠の広場が華やかな雰囲気と良い匂いで包まれた。
「さあさ、若狭と高島家の皆々様方。本日はまことにご苦労さまでございました。
我が殿山中勇三郎様からの差し入れでございます。私どもが酌など致しますので、心ゆくまで堪能下されますように」
「おおおおおーー!!!」と領国の兵たちが良い顔で喜んでいる。
だが………、
某は驚いている。若狭から来た山中兵もだ。
兵たちが驚いているのは、女がくノ一衆の小頭で・名前は知らぬが、つまりは女衆が雇った者達では無く山中家のくノ一衆であるからだろう。
だが殆どの兵が気付いていないだろうが、某が驚いたのはその事では無い。後続の荷駄が広場に入ってきて、その先頭に人が乗る馬車がいる。山中領では頻繁に往復しているが、他領や若狭では目にしたことが無い物だ。その馬を操る御者がなんと斥候隊の頭・杉吉殿であったのだ。
つまり荷駄は杉吉殿の斥候隊が率いて来たのだ。
「皆様は余計な事は言わずに、ここはお酒を堪能して下されませ!」
生子殿の注意で皆が我に帰った。まさしく左様だな。
「おう、みんな酒だ。要らぬ事を言わずに殿が用意成された酒を頂こうぞ!」
「「お・・おう!! 」」
危なかったわい。
某も他国の兵の前であらぬ事を口に出すところであったわ。
杉吉殿は殿の側を離れぬのだ。つまり、ここに殿が来ているということなのだ。
まったく、驚かしてくれる殿だぜ。
「竜玄どの、こちらに・・」
「おい、儂はあちらに行ってくるが皆、余計な事を口走るのでは無いぞ。大人しく飲んでおれよ」
「解っていますよ。隊長、おれらは綺麗なお姉様方に夢中でさあ!」
生子殿が某を呼びに来たのは殿の命だ。殿がおられるだろう広場の端に止まった馬車に向かう、途中にも米俵を満載している荷駄は続々と上がって来ている。だがやはり妙だな、後続の荷駄がやけに軽そうだ…・
「竜ちゃん、ご苦労だったな。これで何とか雪が降る前に、阿納尻拠点との最短街道も出来た。近江から一日で楽に来られるようになって、若狭も大分に楽になろう」
「と…、お久しぶりで御座います」
殿は近江に向けて解放した馬車で淡海を見ながら酒を飲んでいた。当然廻りは斥候隊がさりげなく佇んでいる。儂に与えられた盃に酒を殿自らから酒を入れて呉れた。
「うん、儂は赤虎重右衛門だ。そう呼んでくれ」
「あ・赤虎殿、どうしてこちらに」
「それよ。実はのう、朝倉軍が出て来たのだ。勿論目指すは南近江山中国だ」
「え・ええー」
「これ、声がでかい」
「失礼仕った。それでどれ位の勢力で?」
「それがのう。一乗谷を出たのが一千、敦賀で五百が加わって一千五百だ。浅井に一万で露払いせよと命じて、若狭武田に三千の援軍を依頼したという」
「一千! まさか冗談で?」
「いやそれが、本当なのだ。後続が九千程来ると言っているが」
「来ますかな、冬に越前勢が?」
「重臣らは出したくないようだな。それで義景は一千を率いて先行して後続隊の出陣を促したのだ」
「成る程。当主が出陣したのならば泡を食って後続を送り出しますな。では、浅井は一万出しますか?」
「浅井にとって一万は民兵まで総動員だ。今は西美濃でまだ対陣しているのだ、どう考えても無理だ。しかし朝倉との関係から一千以上は出そうな」
「武田は?」
「若狭武田は山中を選んだ。儂に状況を打ち明けて三百ほどは動かすかも知れぬが、山中とは敵対しないと言ってきた。今回の街道整備に来た兵を見ても分かるだろう」
「ならば朝倉軍の後続九千が来れば、総勢一万二千ほどですな。殿、佐和山北の拠点は一万二千で攻め取れましょうか?」
「藤内が精兵五千を指揮している。それに池田・目賀田など強力な国人も控えている。火縄銃や弓の数は圧倒的だ。時代遅れの朝倉軍など例え一万が三万でも落ちぬわ」
「でしょうな。ところで六角義治と朝倉義景はどっちが阿呆で御座るか?」
「それは難題だな、実は儂も悩んでおるのじゃ。義治は度しがたい阿呆だが義景は無知なのに傲慢でのう…」
「はっはっは。ところで殿、どんな悪企みを考えておられる」
「ほう、分かるかえ」
「若狭に米は不要で御座る。それを山ほど積んだ荷駄はやけに軽快で…」
「ほー、ほっほっほ」
さすがに竜ちゃん、鋭いな・・・
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