第166話・因幡武田氏。
鳥取城下 武田高信
戦は我らが勝った。
布勢屋形勢の大将は、猪武者の中村伊豆守だ。備えの薄い湯所口を打ち破り、城兵が少ない城攻略に先頭で突撃すると読んだ。そこで必中の場所に虎の子の火縄十丁を配置して大将を狙わせたのだ。
その乾坤一擲の策が見事に当たった。儂は快哉したわい、山から降ろしていた城兵ですぐに追撃した。
だが、予想外の事が起きた。戦の最中、千代川に船団が来ていたのだ。関船並の船が四隻にひときわ大きな船が一隻。どの船も見慣れぬ船だった、奈佐の船とも違う、商船の様に見えたが?
大将を撃たれた布勢屋形勢は、天神山城がある船団の方に一目散に敗走して行った。その時、凄まじい音と共に硝煙が上がり、敗走していく敵勢の前に数十の土煙が立ち上がった。その音と光景に敵味方の足が止まった。
大砲だ。
船団は軍勢が近付くのを嫌って、大砲を放ったのだ。
それで慌てて南に方向を変え逃げる敵勢を、我らは散々に追撃して西の山間に追いやった。ついでに味方の奈佐と塩屋の隊が、布勢屋形がある天神山城も奪った。これで因幡山名は当分立ち上がれぬであろう。
戦は我らの大勝利だ。
「船は大和山中の商船で、商いで諸国を廻る途次に立ち寄ったとのことです」
「これからの商いと入港の許可を求めております」
「許可する。商い船ならばこちらから願いたいぐらいだ。だが、民も避難している、しばらく商いにはならぬであろう。戦の後始末には時間が掛かると伝えておけ」
「はっ」
今城下は荒れている。それを言えば彼らは出直すのだと思っていた。だが彼らは、戦で荒れた町では無く、船の甲板に産物を並べて商人らに見せ始めた。その物珍しさに商人らの多くが足を運んでいる。当家の家臣らも実際に船に乗り込んで見物してきた。
商いは大和・熊野屋という廻船問屋が行なっているらしい。だが船は大和山中水軍の船で乗っている者は皆、屈強な兵士だという。海賊が横行する世だけに商船でも武装しているのだ。
「それで、どのような品物を持っているのだ?」
「はい、今回は航路開発のためにあまり品物を載せていないようですが、篭や行李などの竹製品、鍬・鎌などの鍛冶師が作った道具類、弓・刀・槍・防具などから火縄・大砲などの武器、需要があれば船まで売るそうであります」
「なに、火縄や大砲が城下で手に入るのか?」
「はい、火縄百・二百ならばすぐにでも納品できると」
「すぐにでもだと・・・」
わが家が持っている火縄は十丁だ。それでも今回の戦では大きな決め手となった。それなのに大和山中は数百丁も売ることが出来るのか・・・
最近名を聞くようになった大和山中は、畿内において三好・六角に匹敵する力を持っているらしい。ついこの前の事だが、宇喜多が一日で滅んで備前が山中のものになり、その影響で備中が中立宣言をしたのには驚いたものだ。
(あの噂は本当だったのか・・・)
毛利と大友が争う博多湊の復興に山中が入ったつまり両家の間に強引に割り込んだのだ。それを、毛利に寝返った豊前衆の者が嫌がり周防水軍と組んで陸海から同時に襲ったと言う。
だが周防水軍は山中商船相手に壊滅して、陸地で襲った者はみな討死したらしい。その上に山中隊の損害は極めて軽微だったという噂だ。
その時はそんな馬鹿な、と一笑に付したが、あの船団ならそう言う事も充分あり得るな。
今回の布勢屋形の勢などあの大砲だけで逃げ失せよう、我らとて同じか・・・・・・まさか大砲の玉は城まで届くまいな。
噂が本当ならば、大和山中は大国の毛利・大友でさえ怖れていない。平然とその境界に踏み込んでいるのだ。
それが因幡にも来た・・・・・・この事はどう考えれば良いのだ。
因幡は尼子に属していたが、毛利に囲まれた尼子はもはや先が無い、風前の灯火だ。そこで多くの国人衆は、尼子から毛利へと鞍替えをしている。
勿論、儂もそうするつもりだ。
だが、その大和山中が因幡に来た。
出雲の毛利・尼子の戦などまるで関心が無いようにそれを飛び越えて。これは毛利方に組みせずに、しばらく静観すべきか・・・・・・
「それにここで購った品物の代金は山中銭で支払うらしく、それを聞いた城下の商人どもの目の色が変わっており申す」
「山中銭か・・・」
あの硬貨は良いと商人どもが手放しで褒めている。だが因幡では、なかなか手に入り難いのが玉に傷だと。自力のある商人は備前まで行って手に入れている様だ。だがこうして城下に山中の船が来てくれるならば、それも解消するかも知れぬ。
山中銭が広まり領地の商いが発展すれば国力が増すというものだ。我が家でも商いを援助して国力を上げていかなければならぬ。
「火縄・大砲・船は幾らするのだ?」
「はい、火縄は六十貫文で堺出し価格と同じだと言っております。大砲は青銅製の物が二百五十貫文、最新式の物が五百貫文、小さい方の船が五千貫文と聞いておりまする。大船は桁が違うと」
「ふむ、それならば大砲は意外に安いな。火縄の四倍ほどだ」
「左様で、しかし大砲を一発撃てば、十貫文ほどの銭は掛るとの事でありました」
「・・・途方も無いな」
船団が放った大砲は二十発を優に超えている。それだけでも二百貫文以上の銭を消費したというのか・・・
傭兵百以上を雇える金額だぞ、わが家では、まだ大砲を運用する事はとても無理だな・・・・・・
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