第164話・花見の宴。
永禄六年三月 南都多聞城
多聞城の奥庭は、見事に咲いた満開の桜の花びらを春の風が揺らしている。一気に咲き一気に散る桜の花は、人の人生のようだ。一枚の花びらが俺の持つ盃に浮かんで心を喜ばせてくれた。
俺の横にいるのは十蔵と新介・藤内宗正の盟友だ。見事に咲いた桜の木に向いて座して酒を楽しんでいる。
実は今年の方針を伝えるために彼らを呼び寄せた。だが満開の桜を見て、友との貴重な酒を楽しもうと思ったのだ。俺も藤内も死にかけたのだ、これからこんな時を持てるのかどうかはまったく分からぬからな。
「殿、真に見事な桜ですな」
「ああ、桜にとっても年に一度の華やかな日だろうな」
「某も、この時にここ居られるのは感無量ですな」
「わっしも、今日はまさに絵に描いた様な素晴らしい日だと思ってやす」
そうやって桜見て杯を重ねた。
俺たちの背後には北勢差配の有市六郎、斥候隊隊長の杉吉、山中忍び頭の新造、乱派頭の空蔵に紀伊山中の松葉の里の龍神甚左衛門がいて、楓とお滝が酌をしてくれている。百合葉も楽な姿勢で聞いている。
「では無粋だが、周辺諸国の話を聞こう。まず十蔵、三好はどうか?」
「へえ、これが良くありませぬな。嫡子の義興様の具合が悪く、長慶様も良くないようですな。父子ともども南蛮医師に診て貰っているようです」
「ならば三好は、今年から来年に掛けて大きく揺れるかも知れぬ。我らや松永様はそのあおりを受けるのは必定。皆もそのつもりでいよ。次は東の織田だ、有市、織田家はどうだ?」
「はい、織田様は三河の松平と同盟を結び美濃を攻略中ですが、これがなかなか厳しい様でございます」
信長は苦労しているらしい、まだ家臣団が揃っていないからな。美濃制圧まであと三・四年というところか……
「うむ、織田はまだ尾張一国を掌握していないからな。だが必ず尾張と美濃を制するだろう。そうなれば織田家は、今の我らほどの石高はある。彼の者の野心は大きく狷介な面もある、織田から目を離さぬように」
「はっ」
「新造、六角はどういう状態だ?」
「へい、義治はそれなりに学や才気があるようですが、性格・言動に問題があるようで、義治と重臣らとの間が上手くいっていやせん。その溝は広がるばかりで家臣の中には義治廃嫡の機運もあります。先代・義賢は今でも実権を握っていやすが重臣の意見も尊重して、手をこまねいているようです」
「廃嫡は難儀でっせ。名目上とは言え義治は当主の座にある、それが廃嫡されて戻る場所などありますまい…」
十蔵の言うように当主を降ろされるのならば、監禁・幽閉という事になろう。そしてその後は密かに抹殺される可能性が高い。それを素直に受け入れる者であれば、今のような問題は起こっていないだろうな。
「その遠因は去年の戦にあるようです。長期にわたる大軍の遠征で兵糧不足の上に、田植えも満足に出来ておりませなんだ。そのツケが回って、六角家の財政はかなり逼迫しておるようです」
だよね。二万を越える兵を一年近くも遠征させていたのだ。おまけに山中に手を出したお蔭で、十蔵が廻りの兵糧を買って高い値で売ったようだし、六角家は大赤字だろうね。ひょっとして重臣の布勢を暗殺したのは義治かも知れぬ、悪評ついでに口うるさい重臣を始末したのかも知れないね……
「浅井はどうだ?」
「浅井は野良田で六角に勝ってから、次々と国人衆を掌握して大きくなっています。美濃の斉藤義龍が亡くなり六角との挟撃が消えて、今は虎視眈々と六角領を狙っているようですが仔細は分かりかねます」
「うむ、我らの近隣に越前・朝倉が後ろ盾の浅井家が新たに台頭してきた。そこで甚左衛門、特務隊の大滝六郎太と協力して浅井を探ってくれぬか」
「承知!」
楓の父親である龍神甚左衛門が働き場所を願ってきたのだ。そこで六郎太と協力して浅井家を探って貰うことにしたのだ。甚左衛門は十名ほどの配下を連れてきている。
「今年は畿内が大きく動くと思っても良い。戦の準備をしておいてくれ」
「大将、畿内で戦があり、それに山中隊が出陣すると言う事でっか?」
「そうだ。そのつもりで十蔵も兵糧や役人の準備を頼むぞ。戦の後は大普請が待っておる」
「合点で!」
「新介と藤内も出張って貰わねばならぬ」
「我らに否応はありませぬよ」
「左様で御座る」
「大将、時期はいつ頃だと考えれば宜しいか?」
「まず、秋時分か。陣容は…………」
「・・・・・承知致しました」
永禄六年三月下旬 博多城
「殿、ようこそお出でになりましたな」
「うん、富田、高橋、博多湊は見違える様になったのう」
「はい、商人たちが日増しに増えて行きまする」
「某の領地も、材木が売れて某も民も喜んでおりまする」
「それはなによりだ。実は今、将軍家が大友と毛利の和睦を始めている。それが成って両軍が引いたならば、豊前の国人衆を取り込んでほしい。これは急がなくとも良い、じっくりと掛ってくれ」
「はっ、『防人の司』ですな」
「そうだ。争いの絶えない豊前はいずれ中立国にしたいが、その前に地道に国人衆を引き込むのだ」
「それで御座るが、殿は豊前守護を上様に願われぬのですか? 」
「うむ。守護など前世の遺物に過ぎぬ。そのようなものはいらぬ」
「左様で御座りますか・・・」
「高橋どの、殿は大和や紀伊でも守護になれという将軍家からの要請をお断りしているのだ」
「なんと・・・では某は、秋月らを味方に付けるべく動けば良いということですな」
「そうだ、だがそれを大友・毛利が知る時、一波乱もふた波乱もあろう。故に油断致さずに時間を掛けて密かにじっくりとするのだ。国人衆の方からこちらへの所属を願う様に持って行きたい」
「「 はっ 」」
大友・毛利共に豊前では多くの将兵の血を流しているのだ。例え帝からの命を受けたとしても、はいそうですかと簡単に引く筈が無い。それでは家中が納まらぬだろう。
我らがこれ以上目立った動きをすれば、両軍から攻撃されるやも知れぬ。戦では無く、ここはじっくりと国人衆を味方に付けるべしなのだ。
今年も南蛮交易船団が出発した。
大和丸二隻、熊野丸三隻の船団で、寿三郎が船団長として同行して、大和丸の船長は堀内氏虎と周参見氏長が担当する。氏虎は初南蛮行きだ、交易の人員は交替させて皆に経験を積ませる必要がある。
今回、寿三郎は呂宋に支店を作る。そして熊野丸一隻を現地に残し、それを運用して、周辺諸国から幅広く商品を集めるようにするそうだ。
俺は、残った船を率いて国内廻船の開拓中だ。
まずは北回りルート(日本海)を大和丸の津田照算船長に、扶養善五郎と九鬼嘉隆らの熊野丸四隻と五隻体制で出港した。その内の一隻の熊野丸は積荷専用の非武装船だ。
造船番長の嘉隆も熊野に籠もってばかりでは辛かろう、たまには外で暴れさせてやろうという考えだ。
また馴染みの無い土地では武力を見せる必要が出てくる事を考え、船団には竜玄を頭とする陸戦隊百五十名も乗船させている。
船には北勢衆の富永を乗せている。富永には北回り航路の拠点作りを担って貰うつもりだ。同じく北勢衆の南部は備前の九鬼春宗に預けてきた。二人の器量があれば、いずれ差配も任せられる様になろうと期待している。
働き場を願った北勢の国人衆の内、横瀬と海老名は桑名差配の有市に預けて、鹿伏兎は甲賀の調略を命じていた。
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