第93話・安宅の策の顛末。


安宅・大野隊 大野五兵衛


「執事殿、ご出陣ご苦労で御座る」

「福田殿、良い日よりで御座るな。戦日和だ。ではここで敵が動くのを待とうかのう」


 某は夜明けと共に大野城の城兵百五十を率いて河口へと向かった。澄み切った空が冷気を吸い上げてくれる絶好の快晴だ。湊では予定通り、左岸守備の福田良佐衛門殿が兵二百と共に待ち受けていた。

 外海からは見えぬ位置に腰を降ろして、敵の動きを知らせる斥候の報告を待つことにした。


「来ました。敵が上陸を始めました!」

 見張りが駆けてきたのは一刻ほど後だ。

「来たか。だが落ち着け。良いか、全員が上陸するまで気取られてはならぬぞ」

「はっ」


 ここでの戦いが全てを決めるのだ。逸ってはならぬ。必ず堀内を討つ。なに三倍の敵で三方から囲むのだ。いくら相手が強かろうが、じっくりと攻めかかれば良い。


堀内を討った次には周参見領を攻略する故に、出陣している周参見の兵を逃がしたくない。そこで峠の敵を囲む為に回り込んでいるのは、並木殿が指揮した本城の兵百五十だ。


上陸部隊を攻撃すれば当然河口の敵船も動くだろう。それに備えてお館様が船上で待機して居られる。関船二隻と小早三十隻、それが今の我が水軍の勢力だ。少々少ないが、川岸の百七十と河口の大向出城兵がおれば負けぬ。


「敵百程が上陸しました!」

「うむ」


「更に百程上陸!」

「うむ、そろそろだぞ、皆の者準備致せ」


「船が引き上げます。敵兵全員上陸!!」

「良し、出るぞ。法螺貝を吹け!」


「ブオゥワァー・ブオゥワァー・ブオゥワァー」


 勇ましい法螺貝の音を背後に聞いて、切り通しを越えて海岸に躍り出た。


敵、距離およそ八町、多い、いや報告通りの三百か、整然と並んでいる。こちらを認めたが驚いた様子は無い。平然としたその様子に一瞬、違和感を覚えた。

 いや、敵地に上陸したのだ。我らが攻撃する事は分かっていたはずだ。驚く理由は無い。気のせいだ。


「停止、陣を組め」

「陣を組め!」

 距離五町に止まって陣を組んだ。敵は整列したまま前進してくる。

四町、三町とズンズンと進んでくる。その威圧感は半端では無い。


 河口の敵船は?

 動かない。いや、扇状に広がって港から来る船を待ち構えている・・


「後方に三木隊二百が出ました!」

「やっと出てくれたか」


 背後の山中に潜んでいた味方だ。敵との距離は十町以上あるが突撃してくる。

 敵も三木隊に気付いた。さあ堀内、どうするな?


 えっ、どうもしない。そのままこちらに進んでくる。

 まずい!


「弓だ。弓隊を出せ、準備でき次第放て」

「弓隊用意、放て!!」


 大楯に守られた百の弓隊から一斉に矢が放たれる。海賊ゆえ弓が多いのだ。その代わり槍は船上で扱い易い一間柄の物が主流だ。

 だが、その弓もほぼ敵の大楯に遮られたようだ。距離二町を切ったが敵からの矢は来ない。三木隊が敵後方二町程まで迫って来た。

よし、挟撃だ。


「三木隊が・・」

 後方から来た三木隊の先頭集団がもんどり打って転倒している。

 弓だ!

 なんと堀内隊は進軍しながら後方に弓を放っているのだ。


「土井らの遊軍はまだか!」

「遊軍はまだ見えませぬ!!」


 間に合わぬのか。どうしたのだ?


「槍衾と楯で防御しろ。時間を稼ぐのだ」

「楯隊・槍隊構えろ。しばらく持ち堪えるのだ!!」


「接敵します!」

直後に、不気味な音と悲鳴とともに陣に衝撃が走った。前に居た兵が後ろ向けに飛んで来て、某もそれを受けて仰向けに引っ繰り返った。

慌てて這い上がろうとするも、上に乗った兵が邪魔で身動きが取れぬ。どうやら敵の突撃で、中央部が仰け反ったように引っ繰り返ったようだ。


 なんだ?

 敵の武器が見えた。槍より長い・・・竹だ、なんと竹槍だ。


 その時、三木隊が敵の後方に突撃した。

 だが、三木隊も同じ様に仰向けに引っ繰り返ったようだ。堀内隊は後方にも槍・竹槍隊がいたのだ。


(以前の堀内隊とは、なにか違う様な・・・)

 とよぎる頭に衝撃がはしって意識を手放した。




一方、峠に回り込んだ並木平左衛門


「ブオゥワァー・ブオゥワァー」という音が山々に響いた。

「合図の法螺貝です」

「よし、姿勢を低くしたまま進め」


「あと一町で峠。まだ敵兵は見えませぬ」

「気を付けろ。木々に隠れているかも知れぬ」


 さらに這うように尾根を進む。もはや峠は指呼の間だ。

「突撃せよ!」

「おおおー」と駆け上がる。

途端に向こう側から大勢の兵が飛び出してきた。槍を持ち、刀を抜いて接近する。


 ん、見覚えがある顔・・!

「待て、味方だ。止まれ!!」


 すんでの所で向こうも気付いて同士討ちは避けられた。矢田殿が指揮する勝山城の城兵だ。お館様からの挟撃の命を受けて峠の反対側から同じ様に進んで来たらしい。


「敵はどこだ?」

「見当たりませぬ!」


 何処へ行った。


「昨夕まで確かにこの付近に居ったが・・」

 矢田殿も首を傾げている。我らの気配を察して逃げたと言うのか。


「お館様の関船が燃えております!!」

「何・・」


 慌てて見晴らしの効く所に駆ける。すると確かに湊でお館様の関船から火煙が上がっている。それを見たか古武之森城の城兵が一斉に山を駆け下り援軍に向かっている。


「敵は足元だ。我らも急ぎ向かおうぞ」

「待て、矢田殿!」

「何故止める。並木殿」

「既に古武之森城の城兵が向かっている。今から動いても遅れを取ろう。我らは勝山城に入り状況を確認した方が良かろう。お館様の船は既に燃えているのだ」

「うむ・・」


 矢田殿の兵と共に勝山城に入る。そこから湊は眼下に見える。眼下の様子を見て、はっきりと敗戦だと分かった。

既にお館様の船は火の勢いが強く手に負えない状況だ。水面には多くの兵の死体が浮いていて、戦闘態勢を維持している小早は数隻しかいなかった。岸に降りた古武之森城の兵は為す術も無い状態だ。


 敵は堀内隊だけでは無い。いったいどうなっているのだ・・


「敵が見えるか?」

「対岸にいます。白地に山の旗の見慣れぬ部隊です」

「河口側に五三桐の堀内の旗もあります。敵の海賊船も続々と入って来ております」


「敵はどのくらいの数だ?」

「対岸にいる敵はおよそ五百、あ、あああ」


「なんだどうした?」

「本城に白地に山の大旗が上がっております」

「なんだと!」


 そちらを見るとたしかに安宅本城には、二本の大旗が上がっている。それは見慣れぬ白地に山の大旗だ。その上の八幡山城にも同じ旗が上がっている。



「いったいどうなっているのだ・・」


「矢田殿、今分かっているのは上陸部隊を襲った八百五十の兵はもういない。お館様の乗る関船は燃え、本城・八幡山城は既に敵に奪われたと言う事だ。

安宅の兵で残っているのは我らと古武之森城の者だけかも知れぬ」

「まさか、その様な事が・・」


「ああ、古武之森城にも、旗が上がりました!!」

「なんと・・」


 振り返れば背後の古武之森城に、白地に山の大旗が上げられている。


 もはや、為す術もない・・・

 全身の力が一挙に抜けて腰が砕けた。


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