第28話・宝蔵院の説得。
かは-----駄目だこりゃあ・・・・・
松永から宝蔵院を説得せよと命を受けたが、肝心の胤栄さんは戦をやる気満々だ。ひと目見ただけで解ったよ。
こうなりゃあ仏の道を説く者が人を殺して良いのかなどと言っても聞く訳が無い。
・・・胤栄さんはおそらく、今までの調練の成果を実戦で試したいのだ。実戦でさらに得るものがあるかも知れないとも思ってもいるね。
つまりどうしようもない武術馬鹿だ。馬鹿に付ける薬は無い。
ううむ、どうしよう・・・・・
ふと俺の中に浮かんだのは、”馬鹿は死ななきゃ治らない”というフレーズだ。その意味は言葉通りだが、他にもっと馬鹿な者がいれば醒めるという意味もある。
・・それだ。それでいこう。
俺はもっと馬鹿になるのだ。
「我ら山中隊は無敵の竹槍隊を擁している。宝蔵院の兵も近隣に聞こえる強者の集まり。その両者が相まみえたのだ。ならばここで勝負致そう。如何か」
「・・承った。望むところである」
胤栄さん、乗ってくれたな。内容は竹槍か稽古槍での十人ずつの五番勝負と決まった。山中隊の編成は大隊長の新介に任せた。
早速、一番勝負が始まった。
こちらは、山中隊の副長格の山田の率いる竹槍隊十人だ。ここまで実戦を重ねて来た信頼できる者たちだ。
対する相手は素槍の稽古槍を持った僧兵らだ。筋肉隆々で厳めしい顔つきのとても僧とは思えない荒くれ者たちだ。
双方が宝蔵院門前の路上で向かい合う。審判は門前に立つ胤栄さんと反対側にいる俺だ。
「始め!」
両者、無言でスルスルと接近して構えをとる。途端に僧兵たちに戸惑いが露わになる。
うちの隊のビシッと並んだ槍衾に驚いたのだ。
素稽古槍も竹槍も長さはほぼ同じだが、うちの槍襖の戦い方は多数の兵で闘う戦を想定したもので、そういう稽古をして来なかった僧兵が驚くのは無理がない。
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
聞き慣れた掛け声と共に前進した山田隊に、僧兵らはたちまち突かれ叩かれて転がった。
「やめい。勝者、山中隊!」
胤栄さんの声で勝負が決まった。
「おおおおおぉぉぉぉぉ-----」とその場を響めきが包んだ。
次の出番の僧兵らが、師匠の胤栄さんと何やら話している。俺たちに対する戦い方の教えを受けているのだろう。うん、今度はそう上手く行かないだろうな。胤栄さんは山中砦で山中兵の調練も見ているのだ。
山中隊の次手は嶋清興が率いる隊だ、笠置の切山三五郎の顔も見える。彼らは鹿背山砦築城中に激しい稽古をして腕を上げたらしい。見ていても中々にチームワークが取れた集まりだ。
「始め!」
スルスルと出て来た僧兵が、清興隊を囲むように半円に展開した。個々の力を伸ばす稽古をして来た彼らの遣り方で戦う構えだ。
今度は我が隊に戸惑いが露わに出た。竹槍隊は側面が弱い、その側面を守るために清興と切山が左右に出た。
「えい!、やあ!、えい!」
「えい!、やあ!、えい!」
前進した兵が四人の僧兵を打ち倒した。だが同時に両側面から攻撃を受けて同数ほどの兵がやられた。しかも左右からの挟撃に一人、また一人と倒され切山もやられた。三方を囲まれた清興が粘ったが複数の素槍に足を狙われて転がった。
「それまで、勝者は宝蔵院!」
俺が声を出して勝負が決まった。
「おおおおおぉぉぉぉぉ-----」と、今度は僧兵らの声が響いた。
「くっそう!!」
清興は悔しそうだが負けは負けだ。
一勝一敗だ。これからどうなるのか予想が付かない・・・
むっ、北から僧兵どもが押し寄せてきた。二・三百はいるな。俺の隊に緊張が走る。
だが、すぐに南に多くの軍勢が駈けて来た。蔦紋の松永隊だ。五百はいるだろう。だがどちらも一定の距離をおいて停止した。
「山中どの、戦場での門前大試合とはまた面白き趣向かな。儂もここで見物させて貰うぞ。辛気くさい戦をしている場合では無いからな。今の勝敗はどうなっておる、どういう案配だ?」
松永どのも来られて大声で聞いてくる。辛気くさい戦とはな、僧兵らも聞いているぞ・・
「一勝一敗でござる。残念ながら、勝負の先は全く見え申さぬ」
「勝負が見えぬから見物していて面白いのよ。ぐははは」
まあそうだ。先が見えている勝負など面白くも無い。
うちの次手は・・・おっ、藤内隊が出るか・・
なるほど藤内隊は、乱戦にめっぽう強いからな。新介もここで白星を稼いでおきたいと考えたな。なにせ三勝すると勝ちだからな。
「始め!」
相手方から借り受けた稽古槍を持った藤内隊は、その場にバラバラに展開した。その予想外の動きに相手は足を止めた。どう対応して良いのか逡巡している様だ。槍衾を作った二隊とは真反対の動きなのだ。
「やあ!」
相手の様子など気にも留めない藤内隊の面々は、気合を出して自分のタイミングで攻め立てた。
柳生道場で修行していた面々は強くて、僧兵は瞬く間に打ち倒されている。隊長は三・四合と受けて踏みとどまって健闘したが、じきに藤内に打ち倒された。
「それまで、勝者は山中隊!」
「おおおおぉぉぉぉ---」
主に松永勢が湧いた。さらに数を増やして見物している僧兵らからは、ため息が洩れている。
これで二勝一敗、あと一勝で我らの勝ちだ。
「大将、某が決めます」
山中隊から出て来た次手は、大隊長の新介自らが率いている。
自信満々だ。新介が四戦めで勝負に出たのだ。
・・だが次に出て来た相手に、胤栄さんが顔を顰めて俺の傍に来た。
「山中さま、当方の兵に重複する者があるが如何であろうか・・」
確かに次の隊には、今まで出て来た隊長クラスの腕利きが混じっている。彼らも勝負に後が無い為に出て来たのだろう。
うむ、どうするかな、しかしそういう事は予め決めていた訳では無い。俺は新介を振り返って見た。
「某は構いませぬ」
新介は潔く言い切った。ならば俺に文句は無い。胤栄さんに頷いて了承した。
「始め!」
闘いは切迫した。僧兵はどれも選りすぐりの者と見えて中々に手強い。新介の隊は三人一組となって相手に対して、僧兵はばらばらとなってそれを崩そうとする。
言わば隊と個々の闘いだ。その内に双方が半分ほどに減り、残った者同士が纏った形でぶつかった。激しい応酬の末、勝ち残ったのは新介ともう一人の兵だ。
「それまで。勝者、山中隊!」
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ-----」
三勝一敗。我ら山中隊の勝ちだ。
やったぜ。
「我ら戦って負けた以上は、山中さまに降伏し門を開けます」
胤栄さんの潔い言葉である。門前・門内に大勢いる僧兵達も下を見て口惜しさを噛みしめているが反論する者はいない。
ともかく、興福寺最強を誇る宝蔵院が降伏したのだ。さて、これで他の僧兵どもがどう出るかだ・・・・
ん・・見物に集まって来た僧兵どもが動かんな・・・
おまけに数が増えている。五百・・六百か・・対する松永軍も千を越える兵が集っている。
まさか、ここで決戦か?
胤栄さんも怪訝な表情だ。俺たちは両軍に鋏まれている状況だ。まあ、背後には路地があって後退することは出来る。
路地に入って、竹槍隊を先頭に押したててのトコロテン戦法ならば負けない。
だが、何か妙だな。空気が違う・・・
「院主、我らの負けは認めますが、勝負は五番。もう一番ありますぞ」
僧兵頭らしき男が胤栄さんに言う。
む・むむむ、確かに五番勝負だがもう勝負はついた。・・だが一勝三敗で終わるので無く、ひとつでも勝ち星を上げたい気持ちも解らんでも無い・・・
「新介、次手を用意してあるか?」
「ある訳無いでしょう。大将、観念しなされ」
観念って・・・俺か!
「わたしか!」
俺と同時に胤栄さんも悟ったようだ。でももう勝負はついたのだ。余計な事はやめようね・・・・
「おう、山中さまとの勝負は望むところです!」
って、俄然乗り気だし・・・・・
「そうじゃ。勝負は五番、最後の一番は当主同士の頂上決戦じゃ!! 結城、審判をせよ」
ありゃ、松永どのも待っていたのか。審判まで出してきて・・・・
でもね、流祖の胤栄さんは天下無双の槍使いだぞ。俺に勝てると思っているの?
負ければ、折角の降伏話も無くなるかも知れないし・・・
「十文字の稽古槍を持ってきなさい!」
ありゃりゃ、もうやるしかねえな。どうなっても知らねえぞ・・・
「始め!」
審判の声に俺たちは一礼をして構えた。ここまでは俺の屋敷の道場で何度もした稽古と同じだ。ただ見つめている数千人の目がある。その視線の圧力に押しつぶされそうになる。
いや、そんな事を感じている場合では無い。
胤栄さん本気だ。その姿が穂先の先に消えた。つまり俺は圧されている。
だめだ。
一旦下がった。
一つ息を吐いて構え直した。視線は穂先では無く相手の体全体を見る。力を丹田に込め全身の力を抜く。
人の生き死になんて、ほんのちょっと足が滑った位で決まるのだ。ジタバタしても無駄だ。なるようになる。考えても無駄だ。瞬間の体の動きに任せるのだ。
来た、瞬速の突き、腕が上がって僅かに逸らして反撃、それが巻かれる、巻き返して跳ね上げる、そのまま柄を滑らせて、下がる、付け込む、叩き落としのあと反撃、柄でそらす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「止め、勝負は引き分けとする!」
審判の言葉に俺は下がって一礼をした。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ--------」
いきなり大歓声が響いた。その声に我に帰ると体中が汗まみれだった。
攻防の間は無音の世界だったのだ。
稽古の時には聞こえる柄を打つ音や双方の掛け声も聞こえなかった。
いやそもそも自分が掛け声を出していたのかも解らない。ただ俺を見つめる胤栄さんの光った目だけを見ていた。
ふう・・何が何だか分らないくらい疲れた。
・・もう、戦どころでは無いな・・・帰って寝よう。
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