第4話




「クラリス。いつからそこに……」

「最初からよ」


 クラリスはアスランを睨みつけた。


「アスラン。いえ、アスラン樣。「美しいご令嬢達から愛されている貴方が、地味令嬢に無理矢理婚約させられて可哀想」だと皆樣が心配していらっしゃいます。そんな地味令嬢とは婚約解消すべきです」


 クラリスが強い口調で言うと、青ざめていたアスランがきっと目をつり上げた。


「婚約解消など出来ないぞ。何故なら、俺は……」

「では、私と結婚した後に愛人を囲うつもりなら、「白い結婚」が成立するまでは間違っても痴情のもつれとかで刺されたりしないでくださいね。私、未亡人になるのは嫌なので」

「なっ……」


 怒りのためか、アスランの顔が真っ赤になった。


「では、私はこれで」

「……っ、待て! クラリス」

「ついてこないでください! 気分が悪いので帰ります!」


 アスランは何事か喚いていたが、すべて無視してクラリスは足早に庭から走り出た。

 行きはアスランが迎えにきたが、帰りもあの男と同じ馬車に乗るのは嫌だ。辻馬車を拾おう。


 くさくさした気分で廊下を歩くクラリスは、拳を握りしめて吐き捨てた。


「地味令嬢で悪かったわね! 私だって、私だってどうせ婚約するならあんな派手な軽薄男じゃなくて、もっと……地味で誠実でクソ真面目な男性が良かったわよ!!」


 握った拳を振り上げた拍子に、クラリスは自分が小瓶を握りしめているのに気づいた。うっかり忘れていた。

 せっかくもらったものを割ってしまうといけないと、クラリスは小瓶を首から下げて服の下に隠した。


(せっかくだけど、恋の願いなんて当分の間、何も願えそうにないわ……)


 なんだか申し訳なくなって、クラリスは心の中で小瓶に謝った。


 そのクラリスの腕を、背後から誰かが掴んだ。

 驚いて振り向くと、むすっと不機嫌そうな顔のアスランが立っていた。


「放してください」

「……帰るんだろう」

「ですから、放してください」

「送る」

「一人で帰れます!」


 クラリスはアスランの腕を振り払おうとしたが、アスランはクラリスの抵抗に構わずそのまま引っ張られてしまう。

 結局は馬車に押し込められて、家まで気まずい無言で過ごす羽目になった。


(何なのよ……)


 クラリスは腹を立てていたが、もしかしたら、明日にも侯爵家から婚約解消の申し出が届くかもしれないと想像して気分が軽くなった。

 あれだけ言ったのだから、アスランだって腹を立てているだろう。いくら愛人と楽しく過ごすためのカムフラージュとはいえ、こんな気の強い妻は御免だと侯爵に泣きつくに違いない。


(はやく婚約解消したい……)


 クラリスははーっと溜め息を吐いた。



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