第2話
「貴方の婚約者、いつも通りの最低男ね」
伯爵令嬢のココナは夜会の会場からクラリスを連れ出すと、思い切り嫌そうに顔を歪めた。
「こっちからは断れないって知っていてクラリスをないがしろにしているのよ、絶対。本当、なんであんなクズ男がクラリスの婚約者なのかしら。クラリスも、黙っていないでなんとか言ってやればいいのに」
「別に。アスランが何をどうしようと私には関係ないわ」
クラリスは淡々と言った。
アスラン樣、と呼んだら「婚約者なのだから樣はいらない。敬語もやめろ」と命じられたので呼び捨てにしているが、そのことでまた令嬢達から「馴れ馴れしい」「調子に乗るな」と敵視されるので面倒くさい。さりとて、命令を無視すればアスランが不機嫌になって面倒くさい。今のクラリスはアスランに関わる全てがとにかく面倒くさかった。
「どうせ、あの手のタイプはそのうち奔放な相手を孕ませて「真実の愛に目覚めた」とか言い出して婚約破棄してくるわよ。もしくは、私をお飾りの妻にしておいて外に愛人を囲って遊びまくるとか」
「なんで、そんなに冷静なのよ?」
「婚約破棄なら自由になれるし、白い結婚なら三年経てば離縁できるじゃない」
クラリスが言うと、ココナは溜め息を吐いた。
「そういう問題じゃないわよ。私が心を痛めているのは、あのクズ男のせいでクラリスが「男の子と知り合ってトキメいたり胸を痛めたりする素敵な時間」を失ってしまっているということよ!」
「私みたいな地味な女にそんなの、元から縁のない時間よ」
自嘲ではなく、クラリスは本心からそう言った。
アスランと婚約する前も、そんな経験は微塵もなかったのだから、この先もきっとないだろう。
「もー! どうして貴方はそう枯れているのよ!」
「別に、枯れては……」
十七の令嬢を捕まえてさすがに言い過ぎだろうと、眉をしかめたクラリスの前に、ココナがずいっと手を差し出した。
「……何?」
「クラリスにこれをあげるわ!」
ココナの手に乗せられているのは小指の先ほどの大きさしかない小さな小瓶だった。口元が紐で結わえられており首にかけられるようになっている。
「何、これ」
「“恋の雫”よ!」
「こいの、しずく?」
首を傾げるクラリスに、ココナは目をきらきらさせて説明した。
「お父様が旅の途中にキャラバンから買ったのですって。「これに願えば、神樣が恋を叶えてくれる」っていう魔法のペンダントよ」
ああ。おみやげ品によくありそうだなぁ。とクラリスは思ったが、口には出さなかった。ココナは昔からおまじないとか大好きで、こういうものに目がなかった。
小さな瓶には確かにうっすらと色づいた液体が入っている。小さな瓶に色水を入れて売っているのだろう。
「自分が願い事すればいいじゃない」
「あら、私にはもう必要ないわよ」
ココナはニコニコと笑みを浮かべる。確かに、必要ないだろう。彼女はクラリスよりも二つ年上の十九で、幼い頃から婚約していた八つ年上の従兄と既に結婚している。新婚ほやほやでラブラブだ。
「受け取ってよ。私はクラリスには絶対に幸せになってほしいの」
そうまで言われては、受け取らない訳にもいかない。クラリスは礼を言って小瓶を受け取った。
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