第54話 グレゴリーの来訪(4)
「メロディは僕のすることを何でも褒めてくれて、どんな愚痴にも共感してくれて。僕を……尊敬してくれたんだ」
懐かしむ口調のグレゴリーに、フルールは一つだけ反論する。
「わたくしも、グレゴリー様を尊敬しておりました」
元婚約者は頷く。
「うん、今なら解る。君がどんなに僕を尊重してくれていたか。でも……あの時は解らなかった」
悔恨のため息を吐き出す。
「僕は何でも肯定してくれるメロディに舞い上がってたんだ。だから僕は、君と婚約破棄してメロディと結婚するのが正しいことだと信じていた。僕が王太子であることは揺るがないのだから、婚約者が変わっても問題ないって。でも結果は……あの通りだ」
卒業パーティー後、新しい婚約者を連れて帰った息子に、国王は烈火の如く怒り狂った。直ちにグレゴリーは王宮に軟禁となり、メロディは国王に呼び出されて平謝りなスペック男爵夫妻に引き取られていった。
「その後、王宮で酷い冷遇を受けて、メロディを恨んだ。彼女がいなかったら、僕の人生は順風満帆だったのに、と」
随分勝手な言い草に、フルールは心底呆れてしまう。……が、
「でも、王太子の座がなくなって、ようやく気づいたよ。何もかも、自分のせいだって。僕の持っていた物に、何一つ不変な物なんてなかったのに」
何もかもが許されていたのは、彼が『王太子』という鎧を身につけていたから。それがなくなる日が来るなんて、思いもしなかった。
「少し前に、メロディの近況を知りたくてスペック家に手紙を書いたんだ。遠縁の後妻に入るって話はまだ本決まりにはなっていないが、毎日部屋で泣き暮らしているらしい」
……そりゃあそうだ。親より年上の男性に嫁げと言われ、婚約破棄の共犯であるグレゴリーからは毒婦呼ばわりで見捨てられたのだから。
「メロディの人生を狂わせたのは僕だ。だから彼女に会いに行って……メロディが許してくれるなら、二人で新しい土地で新しい人生をやり直したいんだ」
「……叶うといいですね」
メロディのためにも。
フルールはスペック男爵令嬢のことを名前くらいしか知らない。だからなのか、最初から最後まで恨みが湧くことがなかった。
……多分それは、フルールがグレゴリーに恋をしていなかったせいでもあるが。
「ああ」
元婚約者の励ましにグレゴリーは頷いてから、姿勢を正した。
「フルール。今日、君に会いに来たのは、王都を離れる前に顔を見て謝っておきたかったからだ」
「……え?」
「僕は卒業パーティーの日から……いや、もっとずっと最初から、君に謝ったことがなかった。でも……」
額が膝につくほど、深々と頭を下げる。
「婚約破棄のこと、先日の暴言暴力のこと、申し訳なく思っている。君を傷つけたことを後悔している。本当に、ごめんなさい」
「グレゴリー様……」
初めて見る真摯な彼の姿に胸が詰まる。
「顔をお上げください、グレゴリー様。何もかも済んだことですから」
グレゴリーは自分の行動が周りにどんな影響を及ぼすのか思い至らないくらい、愚かで尊大で……そして、子供だった。
取り返しのつかない過ちはある。代償として、グレゴリーは王太子という生来の地位を失った。それでも……。
フルールは元婚約者の両手を取った。
「幸せになってください。グレゴリー様」
彼らはまだ十代だ。やり直す機会があってもいい。
許す許さないは被害者次第だが、一番の被害者であるはずのフルールは、最初から婚約破棄には何の感慨も持っていないのだから。
ただ……、あの卒業パーティーの夜をきっかけに様々な感情を知ったフルールは、心から思う。
「あなたの新しい門出に、よき風が吹きますように」
俯いて立ち止まっているよりも、前を向いて進んで欲しいと。
「フルール……」
セドリックと同じ紫色の瞳が潤む。
「ありがとう。僕は……どうして君を選ばなかったのだろうね」
……そうれはもう、相性の問題としか言いようがない。
フルールは穏やかに微笑んで、彼の手を離した。
「エリック、馬車の手配を。グレゴリー様を送って差し上げて」
「畏まりました」
これから王家の庇護から離れ、別人の平民として生活することになるグレゴリー。どのような人生を送るかは……彼次第だ。
去っていくかつての婚約者を見送ると、すっと霞がかった視界が拓けた気がした。
……フルールも、そろそろ歩き出さないと。
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