第30話 王都観光(3)

 明るい真昼の市場通り。

 雑踏の中、花と鳥の珍しい衣装のお嬢様から目線を外さぬよう神経を尖らせながら、異国の巨漢はため息をついた。


「まったく。人の気も知らずに」


 ぼやく異国の従者に、本国の従者は思わず笑ってしまう。


「主のことは“信用”している。それでも“心配”してしまうって気持ちが、なかなか解ってもらえないんですよね」


 エリックの言葉に、ゲンはまたため息をつく。


「私は生後二ヶ月の頃からユイレン様の警護をしてきた。僭越ながら娘のように思っている。私にとってはまだまだ危なかしい子供だが。ユイレン様には、もう私は煩わしいだけの存在なのかもしれない。……寂しいものだ」


 どこへ行くにも「ゲン! ゲン!」と後をついて回ってきた昔が懐かしい。幼かった主に想いを馳せる同業者に、エリックは柔らかく眉尻を下げる。


「人はいつまでも同じではいられません。主人も……私も。確かにそれは寂しいことですね」


 エリックだって、フルールとの思い出は山程ある。


「しかし、変わっていく主もまた、私の主です。私は視野を広げ、色々なことを吸収していく主を嬉しくも思っております。そして、そんな主を一番近くで支えられる自分を誇らしく思っています。私にとって、主と共に成長できることは至上の喜びです」


「共に成長か……」


 ゲンは噛みしめるように呟く。


「貴殿の主は、尊敬できる方のようだな」


 その問いかけに、エリックは笑顔で答える。


「ええ、うちのフルールお嬢様は世界で一番素晴らしい方です。あなたもそうでしょう?」


 返されたゲンは、愉快そうに目を細めた。


「ああ。ユイレン様は、我が命を捧げるに値するお方だ」


 ……なんだかんだで、二人は従者バカ全開だった。

 市場通りから、大小の袋をいくつも抱えた令嬢達がこちらに向かって歩いて来ている。

 遠すぎて何を買ったかまでは見えなかったが、多分、郷里の親戚友人への土産物だろう。『目の届く範囲で短時間』という自由行動の約束は、きちんと守られていた。

 これなら頭ごなしに否定するのではなかったと、ゲンが後悔した……矢先。

 令嬢の行く手を遮るように、三人の若い男が立ちはだかった。視界から消えた令嬢に、従者達は咄嗟に駆け出す。


「君達、かわいいね!」


「俺らとお茶しない?」


 ……令嬢達は、典型的なナンパに遭っていた。


「いえ、連れが待っていますので」


 フルールがきっぱり断るが、若者達はめげない。


「誰も待ってないじゃん。荷物多いね。持ってあげるよ」


 若者の一人が、ユイレンの持ち物に手を伸ばした、瞬間。


「我が主に触れるな」


 大きな手がわしっと若者の頭を鷲掴みにした。


「なにす……ひっ!」


 反抗的に振り返った若者は、山のような巨体の大男に震え上がる。


「お気遣いありがとうございます。お嬢様方のお荷物は私共がお持ちいたしますので、どうぞお引取りを」


 その横でにこやかに佇む執事姿の青年に、若者達はすごすごと退散する。


「ご無事ですか? フルール様、ベルタ様」


「ええ。大丈夫よ」


「お世話様」


 荷物を受け取りながら尋ねるブランジェ家執事に、クワント王国の令嬢は頷く。

 一方、オリエン国の二人は……。


「ユイレン様、お怪我はありませんか? 痛いところなどは……」


「心配しすぎよ、ゲン。指一本触られていないのは、見てたでしょう」


 過保護な従者に主は呆れ口調で返す。それから、


「私、ちゃんとゲンの見える場所に居たでしょ? ゲンの視界の中にいる限り、私は安全なの」


「ユイレン様……」


 当然でしょ、とウインクする主に、従者は腰を折って目線を合わせて微笑んだ。

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