第28話 王都観光(1)

 王都の城下通りはいつも行き交う人で溢れている。

 令嬢三人は広場で馬車を降りる。


「わあ……!」


 辺りを見回し感嘆の声を上げたのは、十四・五歳の女の子。黒髪を一つ纏めに結い上げ、花や鳥の描かれた豪奢な衣を腰の高い位置で帯留めした彼女は、ユイレン。オリエン国出身のベルタの従妹だ。


「素敵! 煉瓦造りの建物が並んでる! とってもカラフルね。私の国では木造建築が主流なのよ」


「王都は雨が少なく空気が乾いているので、火事に強い建物が多いのですよ」


「綺麗なだけでなく実用的なのね」


 フルールは異国の街並みに大興奮のユイレンに解説しつつ、ベルタにも通訳していく。

 仲良くはしゃぐ令嬢三人の背後、十歩ほど離れた場所にはブランジェ公爵令嬢付き執事のエリックと……、もう一人、三十代半ばの厳つい顔の大男が立っている。ユイレンのボディーガードのゲンだ。背の高いエリックよりも更に頭一つ分大きく、肩幅も倍はあるのではなかろうかという体格の良さだ。引き締まった肉体と、頬にある大きな傷は、元軍人だと言われると納得だ。

 いつもは半歩下がって主に付いていく従者達は、令嬢の要望で距離を取って見守っている。


「王都の見所はどこかしら? 色々な名所を見てみたいわ」


「じゃあ、まずは王城へ行きましょう。平時は正門が開いているの。一般公開のエリアだけでも凄いのよ!」


 ユイレンの言葉を通訳されたベルタが胸を叩く。従姉妹の仲を取り持てるのは、フルールにとっても嬉しい。

 王城を見学して、美術館や大聖堂を巡る。王都育ちのフルールとベルタにとっては馴染みのスポットだが。初めてのユイレンの質問に答え、解説しながら歩いていると、いつもとは違う発見ができて面白い。


「ああ、楽しいわ!」


 城下通りのティールームで一休みしながら、ユイレンが満足気に息をつく。

 テラス席に人数分のティーセットと焼き菓子。この国では店でも紅茶はティーポットのままサーブするのが主流だ。一杯目は店員が、二杯目からは各自でティーカップに注ぐ。


「フルールは物知りね。歴史でも、建築様式でも、質問になんでも答えてるれるんですもの。お陰で観光が倍楽しくなったわ」


「そうなの。フルールは学園一の才女だったのよ。わたくしの自慢の友達よ!」


 誇らしげに語るベルタに、フルールは苦笑する。自分への褒め言葉を通訳するのは気恥ずかしい。

 ユイレンはパウンドケーキを頬張りながら、


「このお菓子、美味しい。中に木の実が入ってるけど、何かしら?」


「ああ、それはジュジュベと言って、オリエンでは……」


 フルールは翻訳しようとして――


「……あら?」


 ――単語をド忘れしてしまった。


「えっと、ジュジュベってオリエン語でなんて言ったかしら? ええと……」


 今まで完璧に通訳してきたのに、たった一個の単語が出てこない。

 フルールがおろおろしていると、


「失礼します、お嬢様方。お茶のおかわりをお入れしますね」


 違うテーブルで待機していたエリックが音もなく令嬢達の席まで来ると、お辞儀をしてそれぞれのティーカップに紅茶を注ぎ始める。そして、フルールのカップの番になった時、そっと彼女の耳元で囁いた。


「ナツメです」


「あ」


 ピコン! とフルールの頭に「!」マークが浮かぶ。


「そう、ナツメよ! ジュジュベはオリエン語でナツメだわ。ありがとう、エリック」


 ……せっかく、お嬢様にだけ聴こえるように教えたのに……。

 従者の手柄を皆に公表してしまう主に、エリックは苦笑いするしかない。


「あら、エリックもオリエン語できるの?」


 不思議そうなベルタに、エリックは恭しく返す。


「フルールお嬢様の習い事の付添いをしている内に、わずかながら覚えまして。勿論、私の語学力などお嬢様には遠く及びませんが」


「まあ。フルールが勤勉だと執事エリックも似るのね」


 茶化されると、フルールの頬は赤くなってしまう。

 そういえば、王太子妃の教育中、一番勉強に付き合ってくれたのはエリックだった。

 紅茶のサーブを終え、何事もなかったように自分のテーブルに戻る専属執事に、フルールは心でありがとうと呟いた。

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