第18話 ユージーンとデート(4)

 太陽が西の空を赤く染めていく。


「ああ、楽しかったわ!」


 馬車止めの広場へと続く道で、フルールは子供のようにはしゃぐ。


「わたくし、路上楽団なんて初めて見ましたわ! 本当に道の真ん中で始まって、みんなで歌い出すんですもの!」


「憲兵隊が来た時の撤収の速さも見ものだったな」


 あれから二人は、王都の下町を散策した。上流社会しか知らないフルールにとっては見るものすべてが新鮮で、とても充実した時間だった。

 セロー侯爵家の馬車が見えてくると、ユージーンは足を止める。


「フルール嬢、これからもこうして俺と会って欲しい」


 彼女は「ええ、勿論」と言い掛けて、


「これからは、恋人として」


 続く彼の言葉に、声を発せないまま口を閉じた。

 フルールは精一杯考えて、


「わたくし、今日はとても楽しかったです。ユージーン様のことを知ることができて嬉しく思っています」


 無表情の堅物、鉄壁侯爵と謳われる彼は、本当はよく笑う努力家の青年だった。


「でも、わたくしはまだ、恋という気持ちがよく解らないのです。もう少し、考える時間が必要なんです。だから……」


 おずおずと言葉を選ぶ。


「しばらくはお友達のままでいてくれませんか?」


 窺うようなフルールの視線に、ユージーンは一言。


「無理だ」


 ガーンと岩の落ちたような衝撃を受ける公爵令嬢に、侯爵はしっかりと意見を述べる。


「俺はあなたとは友達にはなれない。最初から、友達以上の存在として見ているから。俺があなたと会う時は、必ず下心がある。友情なんて安全な気持ちはない。俺は……いつでもあなたを俺のものにしたいと思ってる」


 俯いて黙ってしまったフルールに、ユージーンは困ったように微笑む。


「怯えさせてしまったら、すまない。でもこれが、俺の本心。俺はフルールに嘘はつかない。まだ選ばなくていいから、もしまた会ってくれるなら、俺をちゃんと男として見てくれ」


「ユージーン様……」


「あと、あなたが誰かに心を決めるまで、俺があなたを好きなことを許して欲しい」


 ……フルールは答えられない。自分がとても不実な人間に思えて、消えてしまいたくなる。

 なぜ、こんなに想ってくれる人に、自分は応えられないのだろう。


「さあ、帰ろう。遅くなるとお母上が心配する」


「……ええ」


 ユージーンは何事もなかったかのように、フルールを馬車までエスコートした。


◆ ◇ ◆ ◇


 ブランジェ邸に到着したのは、ギリギリ日暮れ前だった。


「今日はありがとうございました。ご令嬢を長く拘束してしまって申し訳ありません」


 玄関ポーチでフルールをブランジェ夫人に引き渡すユージーンは、完璧な『セロー侯爵』の顔をしていた。


「いいえ、娘がお世話になりました。お夕食の支度ができているの。ご一緒にどうかしら?」


「嬉しいお誘いですが、生憎これから予定がありまして。またの機会にぜひ」


「ええ、ぜひ」


 母と娘の同窓生の社交辞令の応酬が終わる。


「では、私はこの辺で。フルール嬢、


「ええ。また……」


 また会う時は、答えを出せているのだろうか?

 泣きたい気持ちで笑顔を向けて、フルールはユージーンを見送った。

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