第5話 好きなんだよ

「ちゃんとした布団だぁ!」

「変な喜び方」


 結衣が来てから二回目の夜。


 部屋のクローゼットを開けたら意外と簡単に見つかった布団を敷くと、結衣はすぐさま布団に飛び込んだ。


「ホコリとかダニとか考えないんだな」

「そんなの考えてたら生きていけないよ」

「たくまし」


 思わず素で幼馴染のたくましさに驚く優志。


 しかし、いつも通り話しているように見えても、優志の心の中は穏やかではなかった。


「ふぁ~、あ、今なら寝るまでしりとりできるじゃん。『あくび』」

「ひつじが一匹」

「あ、眠い……私の負けだ……」

「雑魚め」


 なぜなら、今結衣の布団が敷かれたのは、優志のベッドのすぐ下だからだ。


「……この位置だと俺がベッドから下りたら踏むことになるな」

「確かに。逆にしようか」

「早く起きる奴が上行ったら余計踏むだろ」


 さすがに離した方がいいか、と結衣ごと布団を引っ張ると、テンションの高い結衣は「うひぃぁ~」と声を上げる。

 適度な重さにイライラする。


「……変わってねーなお前」


 ……本当なら、結衣のことを寝かせるどころか、自分の部屋に入れる気すらなかったのだが。


 ――『今日……優志の部屋で、寝てもいいかな』


 冗談のトーンでもなく、真面目な顔で言ってきた結衣。

 それを「アホか」の一言で一蹴することはできなかった。


 同じ部屋で寝たいというのはただ、「子供の頃と同じように寝たい」という意味だと優志も理解していたし。

 小学生の頃は、優志と同じ部屋に結衣が泊まることがあったのだ。


「十年ぶりくらいじゃない?」

「覚えてねぇ」

「あの頃は隣で寝てたのにね」

「……いや」


 そんなこと言われても、と結衣の方を見ると、結衣は数秒経ってから、


「……あ、隣で寝たいって意味じゃなく!」

「やめろ」

「えー何がー……?」


 優志は「……ただでさえ気まずいんだから」と言いかけて黙った。

 言うことでさらに気まずくなる空気を感じたのだ。


「……ひつじが二匹」

「ひつじが四匹」

「ひつじが八匹」

「ひつじが十六……頭使うから寝れなくない?」

「お前が始めたんだろ」


 優志は呆れながら言った。


 元々、優志は寝る前にスマホをいじって、目が疲れて眠くなるのを待つタイプだ。

 こうなるとやることがない。


「電気付けたままでいいか」

「眠れなくないじゃん」

「俺は眠れるけど」

「私は眠れないから消したい」

「……わかったよ」


 一日くらいは仕方ないか、と渋々リモコンを操作して消灯する。


 消灯したところで、落ち着くことはなかったが。


「起きてるー?」

「今の瞬間で寝てたとしたらそれは気絶だな」

「何話すー?」

「寝ないなら電気つけていいか」

「寝るから話すんじゃん」


 布団にくるまりながら、いつもより柔らかい声で話す結衣。

 その声を聞いていると、何だかおかしな気分になってくる。


「昔は、人と話してたらよく眠れたんだ」

「……今は違うのか」

「今も話してるよ」

「誰と」

「自分と」

「独り言か」


 独り言を言いながら眠る結衣を想像して少しおかしくなる。


「でもしょうがないじゃん」

「なんで」

「誰もいなかったもん、寝る時」

「……そりゃな」


 結衣につられて、自分も同じか、と優志は過去を振り返る。

 結衣も優志も、小さい頃は親が完全にいなかったわけじゃなかった。


 いつの間にか、誰かと眠ることなんてなくなっていたけど。

 最初から一人だったわけじゃない。結衣もそうだ。


 そう考えながら結衣を見ていると、寝返りをうった結衣と目が合った。


「私さぁ」

「ん」

「好きなんだよ、ゆーしのこと」


 目がとろんとしたまま夢の中で話すような結衣にそう言われて、優志は二、三秒動けなくなる。


「あ、幼馴染として……」

「わかってたけどムカつくなそれ」


 思わず鼓動を速くした自分が馬鹿らしくなる。


「優しいよ、ゆーしは……」

「酔ってんのかお前」

「お嫁さんにするならゆーしがいいなぁ……」

「寝言かそれ」

「うん、寝そう……」


 ベッドの上から覗くと、結衣はもう目を閉じていた。


 不思議といつも0時頃に寝る優志も眠くなってくる。

 人と話すと本当に眠くなる効果でもあるのかもしれない。


「ひつじが三十二匹」

「…………」

「おやすみ」


 暗闇の中。

 結衣が動かなくなったのを確認して、優志は寝返りをうって目を瞑る。


 同じ部屋で寝ようと言われた時はどうなることかと思ったけど。

 何の心配もなく、普通に眠れそうだった。


 元々、結衣にはだらしないところも好きなだけ見られている。

 今更寝ているところを見られることくらい、何とも思わないのかもしれない。


 確実に、自分の親と寝るよりリラックスしているだろうし。


 優志は自分に家族はいないと思っている。

 ただ、この感覚は家族に近いのかもしれないな、と思った。


「……俺も好きっちゃ好きだな」


 幼馴染として。


 眠りに落ちる前に、優志が半分寝言のようにそう言った後。


 直前まで寝息を立てていた結衣は、もぞもぞと布団を頭に被せた。

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