第27話 菜々恵が泊まってくれた!
後片付けが終わってソファーのところへ戻ると、菜々恵が僕をじっと見ている。でも、これからすぐに菜々恵と愛し合う気になれなかった。
本当は今日菜々恵が部屋に入ってきた時に抱き締めて愛し合いたかった。菜々恵もそう思っていたのかもしれない。
5年前の二人だけの同窓会では僕はそうした。そうしないといけないと思った。でも今は違う。菜々恵はもう僕のものになっている。時間が空いているがそれは変わりない。昔のシャイな自分に戻っているわけではない。もっと心にゆとりのある大人になっただけだ。
「コーヒーを入れるけど飲む?」
「いただきます」
僕はコーヒーが好きだ。駅前のコーヒー店で気に入った豆を買って来ている。ミルで引いて、IHで沸かしたお湯を注いでドリップで入れる。お湯はすぐに沸くので一人前だとこれが一番簡単に入れられてうまい。
二人分でも同じだ。豆を2倍にするだけだ。でもカップが1つしかない。僕のカップは菜々恵に使って、僕は茶碗でいい。
すぐに二人分できた。菜々恵に砂糖とミルクを聞くとブラックでと言う。僕も最近はブラックが好きになった。豆の味が良く分かる。
「コーヒーを入れるのが上手ですね。美味しい」
「喜んでもらえてよかった」
菜々恵は僕の横でコーヒーを飲んでいる。
「じゃあ、お風呂を準備するよ。ちょっと待って少し時間がかかる」
「狭いけど、一緒に入る?」
「いえ、先に入って上がって待っていて下さい。後から入ります」
「分かった」
僕はお風呂の準備に浴室へ向かった。二人でも入れる広さはあると言っていたが、誘っても入るとは言わなかった。あの時は誘ったら入ってくれた。
給湯のスイッチを入れてから、今度は寝室の準備をする。寝室の照明を少し落とした。室温も丁度良さそうだ。
「お風呂が沸きました」のアナウンスが聞こえた。着替えを持ってお風呂に向かう。菜々恵はソファーに座って緊張した面持ちで僕を見た。
「じゃあ、お先に」
ここのお風呂は気に入っている。バスタブは深くなくて足を伸ばしてゆったり入れる。菜々恵も気に入ってくれるだろう。汗ばんでいた髪を洗うとすっきりした。菜々恵が待っているから早めに上がった。
お風呂から上がると菜々恵はもう入る準備をしていた。「どうぞ」言うと入れ替わるように入っていった。僕は冷たい水のボトル2本を寝室へ運んだ。そしてベッドに菜々恵の場所を作って待っている。
長いお風呂だった。大丈夫かなと見に行こうとしたところに菜々恵が髪をバスタオルで拭きながら入ってきた。薄い黄色の長いTシャツを着ている。胸はノーブラなのが分かる。僕の横に座ったので、ボトルを渡した。
菜々恵はそれを受け取るとゆっくり飲んでいる。僕はバスタオルで髪を拭いてあげる。髪が乾いてきたころ、僕は菜々恵を抱き締めた。その時、菜々恵が思いがけないことを耳打ちした。
「避妊しなくてもいいから」
「どうして」
「できにくいと思うから」
何と言ってやればよいか分からなかった。二人だけの同窓会のあの時、菜々恵は同じように耳元でアフターピルを用意してきたと言った。あの時はもっと妊娠の可能性は低かったはずなのに耳元であんなことを言った。きっと僕を鼓舞するためだったと思う。
じゃあ、今はどうして? 深く考えることはないのかもしれない。「分かった」といって僕が愛し始めると、あの時と同じように「めちゃくちゃにして」としがみついてきた。
◆ ◆ ◆
菜々恵は僕の胸に顔をうずめてしっかり抱きついている。僕は黙って髪を撫でている。髪はもうすっかり乾いていた。覚えていた菜々恵の身体よりもふくよかになっていて、肌に指が吸い込まれそうだった。あのときよりもずいぶん女らしい身体になっていた。
菜々恵は下着をつけていなかったが、Tシャツは最後まで脱がされるのを拒んだ。僕は気にしないのに手術の後を見られたくないと思ったのだろうか。でも僕は口に出してそれを言わなかった。
愛し合っている間に、菜々恵は何度か上りつめたようだった。僕に摑まっている手に力が入ったのでそう思った。
「大丈夫?」
「大丈夫です。でも腰がだるい。眠りたい」
「ゆっくり、おやすみ」
僕は二人の身体に夏布団をかけた。心地よい暖かさが眠りを誘う。
◆ ◆ ◆
明け方、菜々恵が覆いかぶさってきたので、目が覚めた。あの時と同じだ。
「どうしたの?」
「目が覚めたら、また、したくなって」
僕は覆いかぶさっている菜々恵を抱き締める。もう菜々恵の気のすむように好きなようにさせよう。ここでも菜々恵は3回くらい上り詰めていたと思う。
僕の上でぐったりしていたが、やっぱり重い。脇へ下ろしてそのまま抱きしめている。カーテンから朝の光が漏れている。
「ごめんね、我が儘をして」
「いいんだ、好きなようにしてくれて、君がそうして欲しいとは気が付かなかったから。あの時もそうだったね」
「これが最後と思ってしまって」
「今は違うだろう」
「そんなことどうして言えるの? 先のことなんか分からないわ」
菜々恵はスマホに手を伸ばして二人の写真を撮った。3枚ほど撮って一番気に入ったものを残して僕に見せてくれた。微笑んだ菜々恵の顔と照れた僕の顔が映っていた。
「随分感じやすくなったね」
「へへ恥かしい、自分で慰めていたからかな、それがよかったかも」
大胆なことを平気で口にしたので驚いた。
「あの二人で撮った写真を見るとあなたとのことを思い出して、でもそれが生きがいだった。あの日の思い出があったから生きてこられたと思っています。だから、最後に会った時の写真を撮っておきたいの」
「君のスマホに何枚も何枚も二人の写真が溜まっていくようにしよう。メモリがいっぱいになるまで」
僕はそう言って菜々恵を抱き締めてやった。
朝食は僕が作ってあげると言って身繕いをすると、お願いしますと言った。僕が部屋から出ると浴室に行ってシャワーを浴びて身繕いをして出てきた。僕は彼女が長いTシャツを脱いだところを最後まで見なかった。
菜々恵のアパートで作った朝食とほとんど同じになったが、喜んで食べてくれた。朝食を摂りながら、来週に引っ越しをすることに決めた。これから帰って、引っ越しの準備をすると言っていた。そして機嫌よく帰っていった。
僕たちは二人の時間をできるだけ長くとれるように、何事をするにつけ時間を空けない、時間を無駄にしないように心がけ始めている。
僕もこれから、菜々恵がいつ荷物を運び込んでも良いように部屋を整理することにしている。それから大きめの座卓も買いに行かなければならない。
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