29 灯の点る地



道の両脇には綺麗に並んだ木が連なっている。

よく見ると小さな実がなっており、農園が辺り一帯に広がっているのだろう。時折生っている実が変わり、道の左右でも違う作物が育てられている所を見ると想像以上に多くの種類が育てられているのかもしれない。タスクとイオが見慣れない光景に目を奪われていると、長く続いていた農園がようやく途切れ集落が見えてきた。

目的地のホヒバの村に着いた2人は、村の中心地と思われる商店が立ち並ぶ賑やかな通りにやってきた。


イオによると、俺たちはこの辺りの伝統を調べている学生らしい。


イオが語伝の居場所を住人に聞いているのを頭の片隅で聞きながら、タスクは商店の店先に並んだフーイリではあまり見かけない果物に目を奪われていた。タスクが観察に夢中になっていると、不意に肩を叩かれ呆れたようなイオの声が聞こえてきた。


「タスク。ほら、行くよ」


「もう少しだけ」


「だーめ」


イオの案内で建物や農園が広がる緩やかな坂道を登っていくと、数軒の家屋が立ち並ぶ開けた場所に出た。


「語伝のお家は、左側の3件目…ここだね」


低い石垣に囲まれた一軒の家で立ち止まったイオは、早速家の扉を叩いた。しかし、中からの反応は無い。以前にもあったような状況に2人で顔を見合わせていると、後ろから声がかけられた。


「こんにちは。この家に何かご用?」


振り向くと2人よりも少し年上くらいの女性が不思議そうな表情で歩いて来ていて、近くにいたタスクが口を開いた。


「こんにちは。俺達は語伝の方にお話しを聞きたくて来たんですが、語伝の方は今居ませんか?」


「お婆ちゃんにご用?語伝は私のお婆ちゃんなの。今日は家にいるって言ってたんだけど…、天気が良いから農園に行っちゃったのかも」


その後、語伝を探しに行くと言う女性に同行する事をお願いして一緒に農園の間を通る道を歩き出した。


「現地に来てまで調べるなんて勉強熱心ね」


道中話しをすると、語伝の孫だと言う女性はリツカと言い2人よりも5つ程年上のようだ。今日は家にいると言っていた語伝の祖母に用事があったと言う。

物珍しげに周囲に広がる果樹を見回しながら暫く歩いていると、前方に小さな小屋が見えて来た。


「この辺にいると良いんだけど」


周囲を見回しながら歩いていたリツカが急に立ち止まると大きく手を振った。


「いた。おーい、お婆ちゃーん!」


リツカが手を振る方向を見ても全く分からなかったが、一拍置いて離れた木の影から大きな鍔のついた帽子を被った人がひょっこっり姿を見せた。

3人で小屋の前で待っていると、語伝のお婆さんが帽子を取りながら朗らかな表情でやって来た。


「待たせちゃってごめんなさいね。あんまり天気が良いものだから、つい出て来ちゃてね」


「そんなことだろうと思った。それより、語伝のお婆ちゃんにお客様だよ」


リツカの紹介で、イオが一歩前に出る。


「初めまして。私はイオと言います、こっちはタスク。前にご連絡をしていた、聖域についてお話を聞きたくて来ました」


イオの言葉に語伝のお婆さんは、僅かに考える様子を見せると何かに納得するように頷いた。


「あぁ、聖域について。確かにそんな話があったねぇ。あ、その前にリツカ、そこの台の上に置いてある籠を先に家まで運んでおいてもらえる?」


語伝のお婆さんは急に思い付いたかのように、近くの机の上に置いてあったカントが入った籠を指差した。


「いいけど、お婆ちゃんは?」


「道具を片付けたら行くから、お願いね」


そう言いながら語伝が籠を差し出すと、リツカは返事と共に受け取り、語伝と共に戻ると伝えた2人に手を振って来た道を戻っていった。


「さて、こんな所で申し訳ないけどお話しをしましょうか」


2人が言いたい事を察している様子の語伝に促され机の側の椅子に座ると、早速それぞれの使者の印を取り出した。


「私達はミール様のご命令で、各地の聖域を調べています。聖域の中核地である祈りの場に行ってもよろしいですか?」


語伝は初めにイオの使者の印を確認すると、続けてタスクの使者の印も確認し頷いた。


「確かに、ミール様の使者の印だね。話しは聞いているよ。ただ、本当にこんな日が来るなんて…なんだか複雑な気分ね」


苦笑いと共にゆっくりと首を振った語伝は、一つ息を吐くと顔を上げた。


「聖域への立ち入りは許可しましょう。ただ、道案内があった方が良さそうね」


2人が物珍しそうに辺りを見回していた事に気がついた様子の語伝は小さく笑って提案し、リツカに聖域への案内をお願いする事になった。




「リツカさん、用事があるって言ってましたよね。大丈夫ですか?」


「急ぎの用事じゃないから、後でも大丈夫。さっそく案内しようか」


イオの心配に笑顔で答えたリツカは、快く案内役を引き受けてくれた。

聖域は農園の広がる丘の上にあるようで、リツカの案内のもとタスクとイオは農園の間を通る緩やかな坂道を登って行く。


「すげぇな。この辺り、みんなカントの木だ」


はしゃいだ様に辺りを見回すタスクの姿に、リツカが笑みを浮かべる。


「この先には、また違う果樹もあるよ」


見渡す限りに並ぶ果樹には何が生るのかとリツカに教えてもらいながら進むが、言われなければその違いがわからないような見慣れない果樹ばかりだった。何度か角を曲がった所で農園が途切れ、代わりに森が目の前に広がる。綺麗に農園が途切れた先に広がる森に近づくにつれ、違和感を覚えたタスクは首を傾げた。


「ここの木はなんだか、小さくないか?」


「ああ、そうだね。ここの木は麓の木よりも小さいかも」


この森の植生が他とは少し異なっていると説明してくれたリツカは、この森から先が聖域になっていると話した。


「ここから、道が少し急になってるから足元に気をつけてね」


リツカの忠告通り、森の中の道は僅かに傾斜がきつくなり山道らしくなってきた。簡単に整備された道を登って行くと、不意に森が途絶え石が転がる開けた斜面に出た。斜面の上を見上げれば、遥か彼方に山の頂上が見える。これまでとは全く違う雄大な景色に、思わず辺りを見回してしまう。


「もう少し登ったら祈りの場だよ」


リツカの声に導かれて、腰ほどの高さの低い木が所々に生える道を進んで行くと目の前に広い平地が現れた。奥行きは数十メートルほどの広場なのだろうが、遮る物がほとんど無いためとても広く感じる。見渡す限り低い木と石があるだけの簡素な空間だが、広場の麓側に近づくと広がる光景に思わずため息が漏れた。それほど高い所まで登って来た感覚は無かったのだが、眼下に広がる森の先の農園と村の建物が随分と小さく見える。天気も良いため、見晴らしの良い爽やかな景色が広がっていた。


「気持ちのいい場所ですね」


思わず深呼吸をしたイオに、リツカが笑顔を向ける。


「ずっと登って来ただけあって、景色がいいでしょ。私もここの景色は好きなの」


頷き合う2人の後ろでは、タスクが広場の山側の斜面へ近づいていた。広場の端には、タスクの身長と同じくらいの大きさの石の柱が数本折り重なるように倒れていた。柱と柱の間に隙間が出来るように置かれている様子は、何かを模しているようだ。


「まるで、焚き火の木みたいだな」


タスクの言葉を聞いて、リツカが振り向いた。


「よく分かったね。それは、火を象徴する物として焚き火を模したものなの」


石の柱の周りに、イオとリツカも集まる。


「ホヒバの村の奥には火山があってね、今こうやって沢山の実りが得られるのは、大昔にもたらされた火山の火の恵みのお陰だって言われているの」


そう話しながら、リツカは遠くに見える山の頂きを眺めた。


「年に一度の豊饒のお祭りの時には、その石の前で実際に火を点すんだよ。村のいろんな所で火は点すんだけど、ここの火は一晩中燃やし続けて永く続く豊饒を願うの」


「一晩中って、すごいな」


所変われば品変わるであると、タスクは感心して頷いた。

フーイリでは常に風が吹いている事もあり、『火が風に誘われて何処かに遊びに行ったらいけない』と小さい頃から火の扱いには厳しく躾けられていた。その為、一晩中火を点け続けるのは新鮮な感覚である。


「私達、まだ調べる事があって時間がかかるのでリツカさんは先に戻っていてください」


暫くしてイオが言うと、リツカは首を傾げた。


「そお?森の中とか道は大丈夫?」


「来る時に覚えたので大丈夫です。暗くなる前に戻りますね」


「わかった。じゃぁ念のため、帰りにお婆ちゃんの家に寄ってね」


イオとタスクはお礼を言い手を振ってリツカを見送ると、改めて祈りの場を振り向いた。


「さて、始めますか」





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