静かな午後の忘れ物(現代・微恋愛)

 隠れ家的な喫茶店を見つけた。

 家から十分近く、住宅街の端っこの、線路沿いにある。

 休日に気まぐれでちょっと散歩した時に見つけてふらりと立ち寄った。

 四人掛けのテーブルが二つとカウンター席が四つの、そんなに大きくないところだけれど内装が落ち着いていて、店長さんの飼い猫なんだろうか、黒猫がカウンターの隅っこの床で丸まっているのが可愛い。

 そばの線路を時々電車が通過していく音が聞こえる。気になると言えば気になるけれどうるさすぎるわけでもない。

 ケーキセットを頼んでみた。ショートケーキとブレンドコーヒーだ。

 僕がケーキとコーヒーを楽しむ間、黒猫は時々伸びをしたりあくびをしたりって動きはあったけれどずっとおとなしくて、物静かな中年男性の店長さんも話しかけてくることもなくて、ゆったりとした時間を過ごすことができた。

 いいな、ここ。時々通おうかな。


 初めてここを訪れて半年、週末の午後に通うのが定番になった。

 ブラックというほどでもないけれどそこそこ忙しい職場で疲れた心を癒すのに最適な場所となっている。

 窓際のテーブル席が僕のいつもの席になった。

 隠れ家的なところだからか、コーヒーは美味しいのにそんなに流行ってない。だからちょっと長居しても店長さんは何も言わない。それをいいことに読みかけの本を持って行ってコーヒー一杯で一時間ほどゆったりと過ごすこともある。

 多分、店長さんが寡黙だから常連さんができにくいんだろうな。

 でも僕にとってはそれがいい。

 店に常駐しているのは黒猫だ。やっぱり店長さんの猫らしい。店の隅っこでごろごろしていることが多いけれど、僕を覚えてくれたのか気まぐれに足にすり寄ってくる時もある。

「撫でてもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」

 初めて注文と会計以外のやりとりをした時、店長さんは猫と僕を見てふわっと優しい笑みを浮かべた。

 余計なお世話だけれど、こんな人をひきつける顔で笑うんなら普段からもうちょっと愛想よくしていればお客も増えるだろうにと思った。

 時々店のそばを通過する電車の音にもすっかり慣れて気にならなくなった。

 ……気になる、といえば。

 二か月前、夏の暑い盛りが過ぎたぐらいから時々店に来るようになった女性がいる。

 二十代半ばぐらいかな。僕とそんなに変わらないと思う。

 彼女もカウンターではなくて僕の隣のテーブル席でケーキセットをよく注文している。本を持ってきて読んでいるのも同じだ。

 彼女の視線が時々黒猫に向けられてるから、きっと猫もここに通う目的の一つなんだろうな。他に目的があるのかは判らないけれど。

 本を読みながら時々軽く息をついている。切ない話なんだろうか。彼女がどんな本を読んでいるのか、ちょっと気になるな。

 話しかけてみようかな、と思いつつ、このご時世、嫌がられるだけならまだいい方でストーカー扱いされたらと思うと今一歩が踏み出せない。


 秋も深まってきたその日、三人と一匹の喫茶店はいつものように静かだった。

 けれど、彼女が店を出た後にふと本から顔をあげると、彼女が座っていた席に、封筒があった。

 薄い黄色の花がちりばめられた可愛らしい封筒だ。

 忘れ物?

 今追いかけたら渡せるかも。

 そう思った僕は立ち上がって手紙を掴んで、店長さんに早口で話しかけた。

「さっきの人、忘れ物。ちょっと見てきます」

 店長さんは驚いてたけれど、「お願いします」と軽くうなずいた。

 店を飛び出してきょろきょろとあたりを見る。

 彼女がすぐそばの角を曲がったのが見えた。

 踏切の警報機が鳴り始めた。すぐそばにあるんだっけ。

 走って追いかける。

 角を曲がると、彼女は踏切を渡り終えて、遮断機のバーが降りてしまった。

「あ、あのっ」

 声をあげる。

「これ、忘れ物」

 彼女が振り返る。

 僕を――多分持ってる手紙を――見て、驚いた顔をした。

 彼女が唇を動かした。独り言だろう。声は聞こえなかった。

 どうして。

 遠目だったから確信は持てないけれど、そう言ったんじゃないかな。

 どきっとした。手紙を持ってきちゃ駄目だったのかな?

 彼女は僕から目をそらすようにうつむいた。

 僕らの間を電車が轟音を立てて通り過ぎる。

 電車が通り過ぎた後には踏切の向こうの彼女がいなくなっているような気がした。

 電車が行ってしまうと、僕をじっと見てる彼女が、そこにいた。

 微笑みを浮かべているけれど、なんだか無理に笑っている気がした。

 遮断機があがる。

 彼女が、歩いてきた。

「ありがとうございます」

 手を差し出してきたから、僕は忘れ物の手紙を渡した。

 もう一度会釈をして、彼女はまた踏切を渡っていく。

 電車が通り過ぎるまでの彼女の動きと、それを振り切るような顔は、どうして……。

 疑問だけが残った。


 それをきっかけに、喫茶店で会えば彼女はよく話しかけてくるようになった。

 席も、僕と同じテーブルにつくようになった。

 お互いに読んでいる本の話なんかをして、楽しく余暇を過ごしている。

 一人で静かにコーヒーを飲むのが好きだけれど、……彼女と過ごす時間もいい。

 でもまだあの踏切の向こうでうつむいた理由は聞けていない。

 これは僕の勝手な想像だけれど、あの手紙はもしかして、店長さんへのラブレターだったんじゃないかな。彼女が読んでいる小説に、そんなシーンがあったんだ。

 忘れたんじゃなくて、わざと置いてきたのを僕が持って行ってしまったんだ。

 彼女は手紙のことには触れない。だから僕も聞けないけれど、いつかもっと親しくなったら話してくれる日が来るかもしれない。

 それぐらいに親しくなれたら、いいのにな。



(了)



お題:忘れられた手紙 踏切の向こう側 猫のいる喫茶店(Geminiから3つのキーワード)

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