ひかりのにわ 掌編集 2

御剣ひかる

異世界人、肉を断つ(現代ファンタジー)

 住宅街にある竹林の中、道路から少し奥へと入ったところに、一振りの剣を持った若い男が佇んでいる。

 男の恰好は現代日本の住宅街にそぐわぬ異質なものだ。

 まず、髪の色が翠である。瞳はオレンジに近い赤。

 白人種のように白い肌と共に見ると、アニメ好きの外国人がコスプレをしているように見えるが髪は染めたものでもウィッグでもなく、カラーコンタクトを入れているわけではない。

 さらに服装はシャツとズボンの上に金属を編み込んで作った帷子かたびらをまとい、さらにところどころにプレートをつけている。まるで中世からタイムスリップしてきたかファンタジー世界から抜け出てきたかと言わんばかりの戦士のような格好だ。

 これだけでも異様なのに、さらに目を引くのが彼の目の前にあるものだ。

 彼の前に大きな肉の塊がゆるゆると揺れている。竹と竹に渡され結ばれた棒から吊るされているのだ。

 その下には、大口を開けて食べ物が落ちてくるのを待ち構えているかのように大鍋がおかれてある。

 男は肉をじっと見つめ、剣を構えた。剣道で言うところの八双の構えに似ている。

 男はさらに待つ。

 肉の動きがピタリと止まった。

「はぁっ!」

 気合いの声と共に男は続けざまに剣を振るう。軽く振られたかのように見えるが肉を断つ音が数度、空気を震わせた。

 どさどさと重い音を立てて肉が下に落ちる。そこには鍋が用意されていて、等しい大きさに斬られた肉塊は綺麗に鍋に収まった。

「よし」

 男は満足げにうなずくと納刀し、鍋を持って竹林を出た。

 彼が向かったのは竹林から二分ほどの場所にある肉屋だ。

「切ってきました」

「おー、アレックス、早かったな。ありがとなー」

 裏口から鍋をもって入ると大将が笑顔で迎えてくれる。

 大将はアレックスが斬った肉をいくつか手に取って確認した。

「うん、よく切れてるし大きさも申し分ない」

「よかった」

 合格をいただけてアレックスはほっと息をつく。

「しかしまぁ、異世界から日本こっちに来たって話にゃ驚いたな。最初、頭おかしいんじゃないかと思っちまったぞ」

「店の前で途方にくれてたのを保護してから今日で一週間ねぇ。よく働いてくれて助かるよ」

 おかみさんも上機嫌だ。

「ありがとうございます」

「これだけの腕前ならマグロの解体ショーならぬ牛肉のさばきショーもできそうだな」

「あんたバカだねぇ。銃刀法違反で捕まっちゃうよぉ」

「なぁに、交番の巡査さん達もアレックスのことは認めてくれてるんだし許可取ってやれば大丈夫だろ」

 アレックスは、あははと笑いを漏らす。

 いつ元の世界に戻っても大丈夫なように肉を使って剣の鍛錬をさせてもらっているのだが、人に見せるとなると話はまた違ってくる。

 だが彼があの場所で肉を斬っているという話はもうご近所のウワサになっているようなので、そのうち見物客が訪れてもおかしくはなさそうだ。

「これだけ上手に斬れるんだったら、つみれ用の竹筒なんかも作ってほしいわねぇ」

「なんですか、それ?」

 おかみさんがニコニコと笑ってタブレットで件の竹筒を見せてくれた。

 竹を半分に斬るだけなら何とかなりそうだが節を終点にとなると難しそうだ。

「精進します」

 アレックスが答えると肉屋の主人達は「頼むよ」と笑った。

「さ、着替えて来てお店手伝っておくれよ」

「はい」

 アレックスは着替えるために店の裏口から母屋の方へと小走りで向かった。

 さて、彼が元の世界に戻るのが先か、つみれ用の竹筒を作れるようになるのが先か。

 それは神のみぞ知る、のかもしれない。



(了)



Twitterにてお題募集。

お題:筒 結び 肉 開ける

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る