Episode-Sub1-15 男なら裸一貫

 見、見られちゃった……!


 私の秘密……!


 ルルくんのパンツを握りしめて、顔を近づけて……。


 こんな姿見られたら、嫌われちゃうに決まっている。


 な、なんて言い訳をすれば……! ルルくんもきっと怒って――


「……って、なんだ。ウルハか」


 ――あれ!? なんかめっちゃ落ち着いてる!?


「ちょうどよかった。俺もこれからウルハのもとへ向かうつもりだったんだよ」


 よっこいしょっと隣に腰を下ろすルルくん。


 ……え? 私の幼馴染、フルオープンで普通に座っちゃってるんですけど……あれ? これ私が可笑しい?


 ナニに何も言及しない方がいいの?


「ル、ルルくん? その、服……」


「ああ、別にいいよ。人間、いろいろとあるだろうしさ」


 いろいろとありすぎるよ……!


 その、服を盗んだ私が言うのもあれだけど、目のやりどころも困るというか……!


「それでウルハ。こんなままで悪いんだけど、少し時間くれないか。お前の今後の大切な話がしたい」


「う、うん! もちろんだよ!」


 そうだよね……こんなの衛兵に突き出されても文句言えない裏切り行為だ。


 幼馴染の匂いを嗅ぐために衣類を盗む変態なんて受け入れられるはずが……。


「お前が俺と結婚してまで王都についてきたい理由について、な」


「…………」


 パンツスルーされた!!






 それから私は彼に自分が抱えていた悩みを打ち明けた。


 ちゃんと自分の性癖が生まれた経緯とも絡めて。


「なるほどね。だから、俺のパンツを盗んでしまったと」


「ご、ごめんなさい……!」


 誠心誠意、頭を地面につけて謝罪する。


 だけど、彼に先に制止され私はゆっくりと顔を上げた。


 それでも内心どう想われているのか心配で、彼に尋ねてしまう。


「ル、ルルくんは引いたりしないの? その……私の性癖……」


「ん? あぁ、別に。さっきは不審者が俺のパンツの匂い嗅いでいるのかと思っただけだから。ウルハなら別に気にしないよ」


「ルルくん……!」


「世の中には色んな性癖の人種が存在するからな」


 ハハッっと彼は笑いながら指折り数えていく。


 どこかその顔は達観したような、悟りを開いたかのように映る。


「出会ってきただけでもベッドに夜這いに来る後輩。女性の心を持った男の娘。戦闘中に服を脱ぐ暗殺者……」


 王都怖い!


 ルルくんはそんな変態ひとたちと過ごす中である程度の耐性ができたのかもしれない。


「それよりも大事な話があるだろ。隣町の貴族の次男がお前と無理やり婚姻を結ぼうとしているんだな?」


 話を切り上げて、真剣味を帯びた表情に変わるルルくん(全裸)はとても格好いい。


 頬がかぁっと熱くなって視線を落とす。


 すると、今度はルルくん(全裸)のルルくん(全裸)と目が合いそうになって、体全体が火照ってきた。


「ウルハ? 辛いことなら無理に言わなくても」


「う、ううん、違うの。大丈夫だから」


 深呼吸をして心を落ち着かせ……あ、やばい。全裸なせいでルルくんの直の匂いが肺を満たしていく。


 幸福感に溺れていって――ダメダメ! ルルくんが真剣に向き合ってくれてるんだから、私が興奮している場合じゃないでしょう!


 ブンブンと頭を振って、煩悩を追い出す。


「村の人たちも反対してくれているんだけど、向こうが強引で……。でも、うちの農作物の取引も行ってるし、それも交渉材料にされて……」


 あの次男に関してはいい噂を一つも聞かない。


 近隣の村にたびたび訪れては立場を利用して女性を囲っているらしい。


『自分が神様』と勘違いしているかのような横柄な態度で印象も最悪だった。


「結婚もみんなが考えてくれた案で、村のことは気にしなくていいからって。でも、迷惑かけるし、私一人が犠牲になればいいと思ってた。でも、ルルくんが帰ってくるって手紙で知って、ルルくんならなんとかしてくれるんじゃないかって……私……」


 ……そうだ。私は昔から何も変わってない。


「ごめんね。ルルくんに頼ってばっかりで……私、何も成長してないや……」


「なに言ってるんだ。ウルハは十分に頑張ったじゃないか」


 そう言って、ルルくんは私の頭を撫でてくれる。


 ……懐かしい。この手の温かさが、優しさを感じられる手つきが安心させてくれるから、私は彼が好きになったんだ。


「だって、今も泣いていないじゃないか。小さかった頃はすぐに泣いていたからな。それに自分だけで問題を解決しようとした」


 方法は褒められたものじゃないけどね、と彼は苦笑いして続ける。


「昔のウルハを知っている俺が言うんだから自信を持っていいともさ」


 ……そんな風に言われたら、泣きそうになっちゃうじゃん。


 ルルくんのバカ。


「それに頼られるというのも嬉しいんだぞ」


「……そうなの?」


「ああ。俺はこの人の力になれているって思えるからな」


 きっとそんな風に言い切れるのもルルくんが根っからの善人だから。


 見た目はとても変わったけど、大切な部分は変わらない。


 そんな彼だから、きっとあんなにも婚約者の人ができちゃったんだろうな。


 こんなに優しくされちゃったら好きになっちゃうのも仕方ないよね。


「……じゃあ、もう一個お願いしてもいい?」


「おう。遠慮なく言ってくれ」


「このパンツと服貰ってもいい?」


「えっ、あっ、うん……」


「代わりになるかわからないけど、私のパンツあげるね」


「別にいらないかな……」


 私は勇気が出るアイテムをもらって、明るい未来へ向けて一歩踏み出した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「グッフッフ……。スティリアの娘もようやく観念したか……」


 サイラス・デバブ様へと書かれた手紙を持った俺は馬車に乗って、差出人であるウルハ・スティリアが住む村へと向かっていた。


 俺が生まれたデバブ家は辺境貴族とはいえ、こんな田舎では権力者だ。


 他都市との交流があるのもデバブ家の領地だけだし、そこそこな規模の市場を開いているのも我が領のみ。


 十分な後ろ盾のある俺の言うことに逆らえる奴はほぼいない。


 だから、好き放題に美しい女がいれば愛人として可愛がってやっていた。


 スティリアの娘もその一人として加えてやろうとしたのだが、村の連中が渋って手を出させなかった。


 俺の要求を断った奴らには当然の報いを受けてもらう。


 それが怖くなったのだろう。


 その結果が、この手紙の内容だ。



『サイラス・デバブ様


 伝えたいことがございますので、あなたのご来訪をお待ちしております


 ウルハ・スティリア』



 礼儀はなっていないが教育も行き届いていない田舎連中にそれを求めるのは野暮というものだ。


 第一、俺は美しく可憐な女を自分の物にできればそれでいい。


「楽しみだなぁ、あの娘がどんなふうに啼くのか」


 愉快な気分だ。ポンとデカくなった腹を叩く。


「サイラス様。フルール村に到着いたしました」


「そうか。どうだ、村の連中の様子は? 当然、歓迎してくれているんだろうな」


「そ、それが……その、一人のへんた……男が立っているだけでして」


「なに……? どういうことだ!?」


 俺は御者をどかして、地に降り立つ。


 フルール村の入り口。


 そこには――ふんどし一丁の男が仁王立ちしていた。


「な、なんだ、あいつは……」


 あんな若い男いたか? いや、そうではない。


 問題は、その格好だ。


 貴族である俺をたった一人の男が、しかも裸で迎えるのか……!?


 たかが一般人が礼節を欠くのはただの自殺行為だぞ!?


 うろたえる俺とは裏腹に男は堂々とした様子でこちらを見ている。


「お前がサイラス・デバブだな!?」


「ひっ!?」


 距離があるというのに耳をつんざくほどの大声に思わずひるんでしまう。


 それだけの気迫がこもっていた。


「男なら裸一貫で勝負だ」


 脳が目の前の光景の理解を拒む。


 理解できない、常識の範疇にない未知の恐怖がじわじわと心をむしばんでいく。


「ウルハを賭けて、俺と取っ組み合おうじゃないか」


 くそっ……!


 こいつは裸で何を言っているんだ……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る