Episode-Sub1-3 なんだか旅行したくなってきました

「はい、構いませんよ」


 自室でお祈りをささげていたフレア様は優しく微笑み返した。


 役職を持っている人間が長期の休みを得るためには上役の許可が必要となる。


 なので、聖騎士隊のトップである聖女様に許可をいただきに来た。


 俺は新生・第五番団の準備があるため正直期待は半分くらいだったのだが…‥思った以上にあっさりと受け入れてもらえた。


「ありがとうございます」


「ルーガ副団長にはずいぶんと頑張っていただきましたから、羽休めしても誰も文句は言いませんし、私が言わせません。ね、ライラ?」


「はい。ゆっくり休んできてくださいね、【お金玉公】」


 正式にフレア様のお世話係となったシスターが豊満な胸の上で手を合わせる。


 彼女は今まで通り懺悔室で活動もしつつ、フレア様の要請を受けておそばで頑張るらしい。


 二人の仲もよさそうでなによりだ。


【剣舞祭】の一件で距離も縮まったように思える。


「お二人にお褒めいただき光栄です」


「いえいえ、事実ですから。……ところで、お休み期間は何をされるのですか? 二週間となればかなりの遠出かと思いますが」


「実は両親から手紙がありまして、久しく顔も出せていないので故郷に戻ろうかと」


「それは素敵ですね!」


 瞬間移動!?


 離れていたフレア様が一瞬で目の前にやってきて、俺の手を握っていた。


 その瞳はキラキラと輝きに満ちており、子供のような純真さが垣間見える。


 余りの勢いに圧倒されそうだ。


「ぜひぜひ、ええ、素晴らしいです! ご両親もきっと会いたがっていらっしゃいますよ!」


「そ、そうですかね」


「それに会える時に会っておいたほうが良いです。職業柄、私たちはいつ別れが訪れてもおかしくはありませんから」


 ……そうか。


 きっとフレア様は自身の過去から俺に言ってくれているのだろう。


 フレア様のご両親との別れは突然に訪れた。


 特に俺は前回の戦いで生死をさまよったのは事実。


 団長格になれば、今まで以上に激しい戦場――魔王領への遠征も増えてくる。


 そうすればおのずと命を落とす可能性は高くなっていく。


「いつ出立するのですか?」


「できる限り早く、と思っています。それこそ許可をいただけたので明日には」


 これはカルラさんからもらったアドバイスだ。


 出るなら早く。許可はリオン団長ではなく、聖女様に貰えと教えてもらった。


「そうですか。馬車の手配はこちらでしておきましょうか? 行商人へと話を付けておきますよ」


「そこまでしていただいていいんですか?」


「ええ、手間でもありませんから」


 そう言って、ニコリと微笑むフレア様。


 あぁ……慈愛に満ち溢れていらっしゃる……。


 ……いや、これは慈愛なのだろうか。


 フ、フレア様はなぜか俺のことをLOVEしてくれている。これも彼女からのアプローチの一種……だなんてな。考えすぎか。


 フレア様はそんな私利私欲で行動するような人じゃないもんな。


「それではお言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」


「はい、もちろん。……そうだ。あなたが大聖堂を離れるならば、その前にいくつか決めておかなければなりませんね」


「決めること、ですか?」


「ええ、あなたは聖騎士たちを率いるリーダーとなるのです。これまではサポートをメインとしてきましたが、役目は大きく変わります」


 それもそうだ。


 団長と副団長ではやることなすことが変わってくる。


 これからは俺がすべての最終決断を下すことになる。


 それらの作業を円滑に進めるために必要なのは、やはり優秀な人員だろう。


 つまり、フレア様が言いたいことは……。


「単刀直入に伺いますが、副団長に任命希望する人物はいますか?」


「そうですね……」


 はっきり言おう。俺には人脈がない。


 異動もしていなければ、他の守護騎士団の聖騎士との交流もない。


 ぶっちゃけるならば第六番団から引き抜きたい。


 マドカは優秀な人材だが、彼女とのコンビでは互いに経験不足感がある。


 カルラさんがやってくれるのが俺にとって最も嬉しい結果なのだが……カルラさんそういうのやりたくないって昔言ってたもんなぁ。


 具体的な個人名が思い浮かばないので、人柄の希望だけ伝えることにした。


「自分は未熟なので支えてくださる方だと助かります。ぜいたくを言えば気兼ねなく接することができる人だと嬉しいです」


 そう告げると、聖女様は満足げにうなずく。


「わかりました。可能な限り要件を満たす人物に託すとしましょう」


「ありがとうございます」


「隊舎は以前と変わらず第五番団が使用していたものになります。清掃を手配しておきますから、そのあたりは心配しなくて構いませんよ」


「なにからなにまで……すみません」


「いえいえ。私から事前にお話しておくことはこれくらいですね。それでは旅行、楽しんできてください」


「はい。ゆっくり両親との時間を楽しんでこようと思います」


 失礼します、と頭を下げると俺は部屋を出る。


 フレア様とシスターが最後まで笑顔でこちらに手を振ってくれていた。








「いいですねぇ、【お金玉公】。頑張っていらっしゃいましたから、ご実家で休めるといいですね」


「ええ、そうね。彼は頑張ったもの。ご褒美が必要だわ。……ところで、ライラ」


「どうかしましたか、フレア様?」


「これはたまたまなのですが……私も旅行がしたくなってきました」


「ふぇ?」


「それもちょうど自然豊かな空気が美味しいところに」


「……え?」


「旅行の準備をします。あなたも世話役としてついてきなさい」


「えぇぇぇぇぇぇっ!?」

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