Episode2-7 ルーガの根性が10上がった!

 この世界に存在する生き物は大まかに4つの種族に分けられる。


 人族、獣人族、妖精族エルフ、そのほかをひとくくりにして魔族。


 獣人族や妖精族は人間と違いはあれど、ともに魔族を倒す共通意識を持っている友好的な種族だ。


 マドカが付けている猫耳は一部の貴族に人気を博している獣人族からの輸入品。


「どうですか、先輩。あっ、ご主人様の方が良かったですかニャン?」


「ご主人様の方がいいな」


 ……はっ!? 思わず本音が漏れてしまった!?


 夢精で欲望を解放したせいか我慢する気持ちが弱くなってしまっている。


 今だけは気力を振り絞ってでも、立派な聖騎士の仮面をかぶらなければ。


「ご主人様。マドカを見た感想を教えてほしいニャー? ニャニャッ?」


「正直そそる(冗談はそれぐらいにして着替えておいで)」


 逆になってんじゃねぇか、俺の口!


 パシンと頬を叩く。


 くそっ。まずいな。こうなったらマドカに速やかに用件を済ませてもらってご退場願おう。


 後輩が慕ってくれるのは素直に嬉しいが、今ばかりは許してほしい。


「て、照れます……。今日のルーガ先輩はとても積極的です……」


「あ、あはは。自分の気持ちには嘘をつかないように心がけているんだ」


「私も見習います。では、ご主人様。猫耳メイドのマドカがお体拭かせてもらいますニャン」


「わかった。でも、それが終わったら戻るんだぞ。熱がうつったら本末転倒だから」


「その時はご主人様に看病してもらいたいです。寂しいから手を握って寝るまで隣にいてくださると最高です」


「そこまで素直に伝えなくてもいいんだぞ?」


 でも、ここまであけすけな好意は嫌いじゃない。


 マドカは俺を相当慕ってくれているみたいだ。


 彼女は遠い地の出だから、兄のようだと思ってくれているのかもな。


「それでは失礼しますニャ」


 とってつけた語尾も彼女なりに猫を演じようとしていると考えれば微笑ましいものだ。


 ベッドに上ると、彼女は丁寧に上着を脱がしていく。


「さすがです。鍛えられているのがよくわかります……ニャ」


「……俺は普段のマドカの口調の方が好きかな」


「……そういうところですよ、ルーガ先輩」


「気に障ったらごめんな」


「いいえ。今の私は絶好調です。褒められて、たくましい背中が見られて」


「はははっ、そうか」


「だから、抱き着いてもいいですか?」


 あれ? 背中拭くのでは?


 しかし、彼女の行動は素早く、柔肌を感じる。


「……ルーガ先輩、すごく固いです」


「筋肉がね! 鍛錬してるからね!」


「それじゃあ、このままこすっていきます」


「背中を! タオルでこすってくれるんだよな! ありがとう!」


「もちろんそうですが……どうかなさいましたか?」


「……いや、ちょっと自分を戒めていた」


「いつでも自分を律する心を忘れない……。さすがです、ルーガ先輩」


 違うんだよ、マドカ。


 俺は自らの性欲も制御できない男なんだ。


 だから、眩しい純粋な目で見るのはやめて。


 それから彼女はゴシゴシと汗をぬぐってくれる。


 ちょうどいい力加減で心地いい。


「……ふぅ。これでおしまいです」


「おっ、もう終わりか」


 心地いい時間はあっという間に過ぎる。確かにベタベタと不快感はなくなっていた。


「はい。背中は終わりました」


「おっと、そこまでだぞ、マドカ」


 マドカの妙な言い回しに気づいた俺は胸元に回ってきた彼女の手を掴む。


 企みを阻止された彼女は頬を膨らませていた。


「……私は前も拭こうとしただけですよ」


「こっちは自分でやるから大丈夫」


「ルーガ先輩も病人なのですから甘えてください」


「いやいや」


「いえいえ」


「「…………」」


 こればかりは譲れない。


 前に来られて不覚にも勃ってしまったら俺の剣聖への道は閉ざされてしまうのだ。


 制御が効かなくなっている今だけは絶対に拒否しなければ……!


「……わかりました。では、このまま後ろから前を拭くのは構いませんか?」


「……それならマドカに任せようかな」


 ここが妥協案だろう。


 後ろから抱き着かれるくらいなら堪えきれる。


 言い方は悪いがマドカは貧乳。


 柔らかさがなければ早々意識はしな――っ!?


「隅まできれいにしましょうね、ルーガ先輩」


 ……なんだ、この背中に当たっている突起は。


 ボタンか。ボタンだよな。


 だって、マドカはメイド服を着ているんだ。


 それ以外にあり得ない。


 ありえないはずなのに……昨日の大浴場での残像が頭に蘇る。


 バッチリと記憶してしまった後輩の桃色。


 それらが奇跡的に合致し、イケナイ妄想をどんどん加速させていく。


「んっ……しょっ……」


 大きい俺の体をきれいにしようとマドカは一生懸命に体を押し付けて、手の届く範囲ギリギリまで拭いてくれる。


 おかげで汚れと共に理性もゴリゴリ取り除かれていく。


「マ、マドカ。なにか話してくれないか? なんでもいいぞ」


「そうですね。……では、75、56、77。これが何の数字がわかりますか?」


「……いや、皆目見当つかないな。なにか法則でもあるのか?」


「法則ではありませんね。ただとある結果から計測された数字です」


「うーん……本当にそれは俺でもわかるのか?」 


「もちろんです。正解をお教えしましょうか」


「ああ、頼むよ」


「驚かないでくださいね。正解は……」


 えっ、なんで耳元に顔近づけるの?


 生暖かい吐息が当たってるのわかるんだけど。


 そんな荒ぶる俺の内情など知らないマドカは囁いた。


「私のスリーサイズです」


 鮮明に……! よりイメージが鮮明になってしまった!


 ぐぉっ……収まれ、愛棒! お前はお呼びじゃないんだ……!


「どうしました、ルーガ先輩? おなかでも痛いんですか?」


「い、いや? そんなことないぞ」


「でも、顔が赤いです。それになんだかおなか辺りを手で押さえて……」


「お、お腹が空いちゃったんだよ! それで音を聞かれるの恥ずかしいから、こうやって誤魔化しているのさ!」


「なるほど。もうそんな時間でしたか」


「だ、だから、お昼ごはんをなにか持ってきてくれると嬉しいんだが……」


「ご安心ください。昼食ならすでに用意が終わっています」


 マドカがそう答えた瞬間、新たな訪問者が現れた。


「おーい、マドカ。そろそろ交代の時間だぞ」


 今度はエプロン姿に身を包んだカルラさん。


 お盆の上には小さな土鍋が乗せられていた。


「もうそんなに時間が経っていましたか。……仕方ありません。代わるとしましょう」


 ど、どうやら助かったようだ。


 ありがとう、カルラさん。


 やっぱり第六番団にはあなたしか味方はいない。


「ああ、そうでした。ルーガ先輩にこれを渡すつもりだったのをすっかり忘れていました」


 そう言って、彼女はポケットから一本の小瓶を取り出す。


 そのまま俺の隣にそっと置いた。


「これは先日、とあるシスターさんからいただいたお薬です。なんでも飲めばたちまち元気になるのだとか」


「えっと……大丈夫なのか、これ」


「大聖堂に勤める方ですから信頼できます」


 大聖堂で働いているシスターなら問題はないか。


 あそこは聖騎士隊の本拠地とあって検査が厳しい。【看破】の加護持ちもいるから変な輩が出入りすることはできなくなっている。


 せっかくマドカが心配してくれたのだ。


 食後にでもいただくとしよう。


「そっか。ありがとうな、マドカ。おかげで体もきれいになったよ」


 心はもっと汚れたけど。


「先輩のお力になれたのなら私も幸せです。では、また明日。執務室でお会いできるのをお待ちしています」


 柔和な笑みを浮かべた彼女は小さく手を振って部屋を出る。


 入れ替わるように俺の隣に座ったのは見慣れない格好をしたカルラさんだ。


 さっきまでの話の流れを読むにお昼ご飯を持ってきてくれたのだろうか。


「ほらよ、ルーガ。アタシ特製の手料理だ……って言っても、おかゆくらいしかできなかったんだけどよ」


 彼女が土鍋の蓋を取ると、湯気が立ち込める。


 土鍋一面に広がる白米の海に鶏肉と緑の薬草が添えられていた。


 見た目も整っており、とても食欲がわき出る一品だった。


「すごくおいしそうです。カルラさん、料理上手だったんですね」


「いや、苦手だからレシピ通りにちゃんと作ったんだよ。調理途中にアレンジしても失敗するのは目に見えているからさ」


「それでもですよ。こんなにきれいに作れる人はなかなかいませんって」


「う、うるせぇな。ほら、冷めないうちに食っちまえよ。ちゃんと食べないと治るもんも治らねぇぜ」


「では、お言葉に甘えて……」


 お盆に置かれたスプーンを手に取り、おこめをすくう。


 見た目からして期待値は高い。


「いただきます」


 パクリと一口含む。


 その瞬間、引いていた汗が一気に背中から噴き出した。


「どうだ? 美味いか?」


「す、すごくカルラさんらしい味わいでいいですね」


「だろ? 途中で変えるのはよくないと思ったから、最後に一工夫してみたんだよ。おかゆって味気ないもんな。男のお前なら物足りないと思ってよ」


 一工夫入れる前の普通のおかゆで俺は満足でした。


 やばいです。なんか口の中がヒリヒリしてきてます。


 ダラダラと冷や汗が止まりません。


 逆にどんなアレンジしたら、こんな生酸っぱく、えぐみが広がった味付けになるのか想像がつかない。


「まだまだいっぱいあるんだ。ゆっくり味わって食べろよ」


「あ、あはははっ」


 目の前の土鍋一杯のおかゆを見つめる。


 不味い。はっきりと一言告げるのは簡単だろう。


 だが、カルラさんは親切心から俺に苦手な手料理を振舞ってくれたんだ。


 その気持ちがなによりも今の俺に必要なモノなんじゃないのか。


 誰かを思いやる聖騎士の基本となる精神が、夢精した俺からは抜け落ちている。


 ……覚悟を決めろ。やるしかない。


「う、うぉぉぉぉっ!!」


 一心不乱におかゆを掻っ込む。


 その俺の姿をニコニコと眺めるカルラさんだけが心の支えだった。

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